第110話 発覚

文字数 2,916文字




 

 イザベラと話し込んでいる最中――



 渦巻(うずまき)スタイルで眠っていたメデアとイソルダだったが、



ムニャ……?


ムニャウ……?



目覚めたか?




 ふたりは寝ぼけ(まなこ)を宙に向けたまま、起き上がるわけでもなくボーッとしている。



 やがて両目を閉じると、



スィー


スィー




 子どもたちは何事もなかったかのように、再び眠りの世界へと旅立ってしまった。



また寝るのか



あなたに気づいているふうでもなかったわね



さっきはあんなにニオイが嫌だと騒いでいたくせに



眠くてぼんやりしてるのよ。

でも、いまはまだそっとしておいたほうがいいかも



そうだな。

ひっそりしていよう




 おれは子猫たちのいるケージから出ると、その入り口付近でイザベラと横になった。



 互いの体が密着していても、去勢のおかげで激しい欲求に巻かれることもなく、穏やかな気持ちでいられる。



(くれない)様。

手術、おつかれさま



イザベラも大変だったな。

子どもたちの面倒を見ながらワルに絡まれたりと、気の休まる暇もなかっただろう


ゆっくり休んでくれ




 イザベラはホッとしたように息をつき、両目をゆっくり閉じる。



彼の存在は厄介だけれど、ここはいい所だわ。

食事は不自由しないし、清潔な寝床もある


外に比べればずっと安全……。

ある程度のことは、我慢しなくちゃならないのかも



ある程度のこと、か――




 おれへの嫌がらせだけならまだしも、家族への妨害行為を〝ある程度のこと〟などと割り切れるわけがない。



 もっと受け入れがたいのは、いちいちヤツの顔色を(うかが)って、深夜限定でしか家族と触れ合えないことだ。



はっきり言って、バカげている……!



えっ?



いや、なんでもない



そう……




 つい不満をこぼしてしまったので、口元をキュッとひきしめた。




 ――いっそここを出て行けば、ワルに悩まされることはなくなるのだが……。




 とはいえまだ子猫は幼いし、イザベラはここでの育児を望んでいる。



 家族で脱走するにしろ、いますぐ実行に移すのは得策ではない。



 まず優先すべきは、ワルをどうにかすることだ――。



どうすればいい……?




 しばらく家族と過ごしたあと、おれは和室に戻った。



 これといって何もすることはないが、空に陽が昇り、窓辺に光が射し込む時間帯になると、階段を下りてリビングへ向かう。



おはよう、神猫様(かみねこさま)



傷は痛くない?




 オーハラとトラヒコはすぐおれに気づいて、ダイニングテーブルの椅子から立ち上がった。



 桃寧(もね)はアカリ婆とヒカリ爺を連れて散歩へ行っているらしい。



 二人はこちらへ近寄ってくると――



 片手でサッとシッポを掴み上げて、おれの尻をジロジロ見始める。



問題なさそうね



よかった




 満足げにニッコリ微笑む人間たち。



 なぜそれで笑顔になるのか、おれには意味不明だ……。



わからん……。

なぜおまえらは、わざわざ尻を見るのだ?


それほどまでに、おれの尻が好きなのか?




 すると、ソファーのほうから声がした。



 ひと足先にこのリビングへ来ていたファーマが、こちらへ歩みながら教えてくれる。



いやいや、尻好きちゃうで。

術後の経過を見てるだけや


ニャンタマ縫ったから、念のためその傷口のチェックをしてくれてんねん



ああ、なるほど。

そういうことか




 オーハラたちは、おれのそばにしゃがみ込んだまま会話を続ける。



じつは昨日、トンデモナイことに気づいたの



え、なに?



わたし、神猫様に申し訳ないことをしちゃったかも



申し訳ないって、どうしたの?



先日和室に設置しておいた見守りカメラを回収したついでにね、そこに録画されていた映像をチェックしたのよ


そしたら、ツートンが神猫様の子猫をくわえてさらっていく場面が映っていたの



えええっ!?



幸いさらわれたのはそれ一度きりのようだし、子猫も無事だったけれど……


まさかツートンがあんなことをしているとは思わなかったわ



うん……ビックリだね



おぉっと!

どうやらオーハラさんたち、ツートンの悪行に気づきはじめたようやで



そうか! 

やっと気づいたか!




 まさか自分たちの会話が筒抜けだとは思ってもいないだろう。



 オーハラとトラヒコは、しょんぼりしたように目線を下に向けながら、さらに話を続ける。



前にここで神猫様がグラスを割ったことがあったでしょ?

じつはあれも、神猫様の仕業じゃないのかも……



ツートンがやったかもしれないって?



実際にそうだったのかはわからないわ


けど、町議会議員さんがツートンの里親を希望してうちに来たときも荒れてたじゃない?


もしかするとツートンって、かなり裏表のあるコなのかも……



裏表かぁ。

あんまり猫さんのことを疑いたくはないなぁ



そうねぇ



まだツートンのことを話しているようだが……


もしやおれがヤツに()められた件も無実だとさとったのか?



せやな。

オーハラさん、反省しとるわ



ふむ……



とにかく、もし神猫様が何もしていないなら悪いことしちゃったよね


あ、そうだ!

あとでお詫びに、おやつでもあげる?



そうね。

そんなことくらいしかできないものね



それにしてもツートンは静かなコだと思っていたから、意外だったなぁ


ストレスが溜まっているのかな?



でも体調に変化はなさそうよ。

食欲もそれなりにあるし


遊んであげれば、少しは気も晴れるかもね



じゃあ後でツートンをプレイルームに連れて行って、ボール遊びにつき合ってあげよう



むしろおれがプレイルームに行って、ヤツの足が立たなくなるまで遊んでやってもいいくらいだ!








なんや、ギラついとるな



昨日、ワルがイザベラに脅しをかけてきたのだ



アイツ、そんなことしてたんか



本音を言えば、この爪で引き裂いてやりたいだっ!


だが、イザベラもこの家にいる者達も平和的解決を望んでいる


どうにかして、ワルだけを排除する方法があればよいのだが……



ワルだけを排除、かぁ。

ん~……


あ、こーゆうのはどやっ?



自信ありげな顔だな。

名案なら歓迎だぞ



にゃっは! まかしとき!


まずはあのゴマ団子のこと、思い出してみてや



ゴマ団子か。

ツートンに消されたと、シャドーが言っていたが



つまり、ツートンの過去の記憶に触れたモンは消去(デリート)される


せやったら、ワルに過去の記憶を思い出させればええんちゃうか?


グーパンチいらずで、勝手に消えてくれるで!



……なるほど



なんやノリ悪いなぁ。

そこは名案やん! って、もっとアゲてほしいところやのに



いや、悪くないアイデアだ。

しかし、いささか非道ではないか?



非道? 

細かい事情は知らへんけど、直接ブン殴るよりマシやろ?


家族の身の安全が大事なんやったら躊躇(ちゅうちょ)しとる場合やないで




 おれはファーマと違って、シャドーからツートンに関わる過去を聞いている。



 たしかにワルは迷惑な存在だが、悲しい思い出を利用するのは気が引ける。



ムゥ……どうしたものか……



迷うより実行や!

さ、プレイルームいっとこ



いまからか!?



そや。

先にプレイルームに入っとかんと、うるさいやん


先住猫(せんじゅうねこ)のオレがいるのに入ってくるなって、絶対騒ぎだすに決まってる



たしかに



それに、善は急げってゆうやろ



……




 果たしておれのしようとしていることは善なのだろうか。



 疑問を感じながらも、足はリビングを出て、プレイルームへと向かっている。






















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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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