第40話 みんなの説得

文字数 2,625文字




 大地は心に傷を負っている。




 おれは里子に出されたことも、里親に引き取られた経験もないから、その痛みを想像することしかできない。



 だがこの少年猫の境遇を思うと、心に雨が降るようだ。







 もしもある日、なついていた人間の元から離れなくてはならなくなるとしたら……



 とても受け入れられないだろう。

 けれども、受け入れなくてはならない。




 その人たちのことがどんなに好きであっても――



 その場所にどれほど思い入れがあっても――




 決定に従って、別の場所へ旅立たばなければならないのだ。




大地……。

いまはさぞ辛く苦しいだろう


だが人間たちを嘘つきと言い切るのは、少し早まった考えではないか?



そんなことないヨ!

みんな嘘つきダ!



いや、そう思い込むことで人間を憎もうとしている。

違うか?



ち、違う!

これは思い込みなんかジャナイ!



では根拠もなしに、これまで尽くしてくれた人間たちの行為を嘘となぜ言い切れる?


ファーマやヒカリやアカリのように、長年この家で暮らしている者達は、そのような不平不満を並び立てはしないぞ



先住(せんじゅう)さんたちはあの人たちに飼われているからネ!


だから里親に出されることもナイし、ずっとここで暮らしていけるんダ!


立場が違うのに、ボクの気持ちなんてわかるわけがないヨ!



ひどい言い草やなぁ

そうやって勝手に決めつけんといて~



先住でも新入りでも、みんな優しくしてもらってるじゃない。

待遇だって、違いはほとんどないはずよ




ファーマとアミ!?

いつの間に……っ!?



なんや、話に夢中でアタシらの気配に気づかんかったの?

こっちには大地の声がめっちゃ聞こえたで



じゃあ、ボクの様子を見に来てくれたのカ?



せやで


アナタが一番幼いんだし、無視するわけにはいかないでしょ



そうカ……




 大地は心なしかうれしそうだ。



 手に込めていた力がゆるみ、顔には安堵(あんど)したような笑みが浮かんでいる。



 アミの言うように、大地はまだ幼い。構ってもらえたり、気にしてもらえたりすると、それが喜ばしいあまり周囲の関心を引きたくなるのだろう。



 だからといって、他の者達を振りまわしていいとはならない――。



ねぇ、大地。

飼い主に捨てられて(つら)いだろうけど、悲しみをいつまでも引きずるのは()めにしたら?


里親さんだって、良い人そうな感じだったじゃない



良い人なものカッ!

所詮、ボクの体に流れる『アビシニアン』の血統に食いついただけに決まっている!


ボクはミックスだけど、見た目はかなりソレっぽいからネ!



ふぅん……。

見た目を好きになってもらえただけでも充分だと思うけど


逆に好きでもない外見なのにかわいがれっていうほうがハードル高いでしょ


相手にだって、選択する権利はあるんだから



そんな言い分はズルいヨ!


ボクは見た目で選んでほしかったわけじゃないんだカラ!



まぁまぁ、そんな否定ばかりしたらアカンよ


もっと前向きにならへんと、この先ずっとしんどいままやで



フン、そんな簡単に前向きになんてなれるものカッ!

みんなとは事情が違うんダ! 


人間はボクを捨てた!

人間は嘘つきダ! 


彼らを信用して裏切られるのは、もうコリゴリなんダ!




 大地は再び木の柱に手を当て、鬱憤(うっぷん)をなすりつけるかのようにガリガリと爪を研ぐ。



過去に捨てられたことが、相当深い心の傷になってしまっているのね……



そりゃあ捨てられたら悲観的にもなるよね……


心ズタボロ、ニャウ




 イザベラだけでなく、メデアもイソルダも、ケージの中から(あわれ)れむようなまなざしを幼い猫に向けている。



 おれも同感だった。



 世間の厳しさを知っているだけに、大地の人に対する不満は充分すぎるほど理解できる。



 いや、理解できるからこそ、その心の奥底に隠れているものが見えてしまっていた。



それだけじゃないだろう?

前向きになれない理由は



えっ?


まだある、ニャウ!?



大地よ。

自分の内なる声にしっかりと耳を傾けてみるといい


本当は、この家の人間たちに不満などない。

……違うか?



なにをバカな……っ!

キミは話を聞いていないのカッ!?



いいや、聞いているとも。

おまえはただ単に、オーハラやトラヒコのもとを離れたくないだけなのだ


それにこの家には、ファーマやアミのように慣れ親しんだ者達もいる


みんなと別れるのは(さび)しい。

もっと生活を共にして、オーハラたちだけでなく他の猫にも甘えたい……


だが里子に出されることになり、それもできなくなってしまった。

ゆえに不満をいだいている。

そういうことではないか?



ち、違う……! 

さみしくなどない!


さっきもそう答えたばかりジャナイカ!



いいかげん、自分の本心と向き合ったらどうだ?


さみしいからこそ、

構ってほしい……

自分にだけ注目してほしい……

誰かに甘えていたい……

それがおまえの本音なのだ


ああやって声高に不満を並び立てるのも、まわりの気を引きたいからに相違あるまい



違うっ!

ボクはまわりの気を引きたくなんか……!



大地。

おまえはまだ幼い。ほんの小さな子どもだ


子猫は本来、甘えたがる生き物。

それゆえ幼いおまえから子猫気分が抜けないのは、やむを得ないことだろう


だが、まわりの迷惑をかえりみず(なげ)いてばかりでは、幸せにはなれないぞ



どうせ……幸せになんか、なれっこないし……



そう悲観するな。

考え方を変えれば、未来は明るくなる


ある犬が、おれに教えてくれたんだ


〝もし人の世話になりたいのなら、彼らの行動をしっかりと観察して、時にはその人たちに合わせることも大切だ〟とな


〝人間を利用するんじゃなく、良いパートナーになろうって気持ちが大事なんだ〟

とも言っていた


おれの言っていることが、わかるか?



そんなのいきなり言われたってわからないヨ!


仮にこっちが良いパートナーになろうとしたって、相手が人間じゃ気持ちなんて伝わらないし……


どうせ裏切られるに決まってる!



そんなことあらへんて。

一緒にいれば、気持ちはちゃんと伝わるで


言葉でやり取りするのは無理でも、想いはきっとわかってもらえるわ



フン! 伝わるわけナイ!


ボクはオーハラやトラヒコにもいっぱいおねだりしたんダ! 

ずっとここにいたいってネ!


なのに、アイツらは……ボクの要望を聞き入れてはくれなかった!


きっと猫の面倒を見てもおカネにならないし、世話をするのは手間だから厄介払いしたんダ!



甘ったれるなっ! 



うぅぅぅぅぅ……!



ウワアァァァァァァァァン!




 おれが一喝すると、大地は猛スピードで走り去っていってしまった。



















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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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