第6話 犬の説教

文字数 2,760文字







ママー、一匹ケガしてるみたいだよ




 大きい人間を中心に、左右から小さい人間がおれを凝視する。



痛々しいわね


かわいそう……。

病院に連れて行ってあげたほうがいいのかな


連れて行くにしても、まずは猫を捕獲しなくちゃならないわ。

こっちに寄って来てくれるようには思えないけど


たしかに警戒してるから全然近づいてきてくれない


でも、この猫カッコイイよ!

マンガに出てきそうなラスボス感ハンパないもん!




 人間のオスにしては高めな声が興奮したようにはね上がる。



 おそらくこの小さい人間は、少年と分類される存在なのだろう。



なぜだ?

なぜ人間たちは、おれをジロジロ見てくるのだ……?


なぁ、イザベラ。

ヤツらはおれを見て、なんと言っているのだろうか?



う~ん……、

早い口調でしゃべっているから、正確にはわからないわ


でもさっきの人間と違って、敵意は感じられないわね




 すると人間たちの後ろにいた柴犬が、ずいっと前へ進み出てきた。



やあ、僕は柴犬のパンフー


君たちは、ねこねこファイアー組の猫かい?



そうだが、なぜわかった?



犬の情報網を侮らないでほしいな


この近辺をうろついている猫といえば、ボスの紅が仕切っていたねこねこファイアー組と相場が決まっているからね



そういうことか。

おまえの言うとおり、おれがそのボスの(くれない)



へぇぇ~、君がボスの紅くんか。

どうりで傷だらけなわけだ



フン、噂が広まるのは早いものだな


だったらすでにうちの組が、ジロリ組に敗れて解散になった話も耳に入っているわけか



うん、知っているよ。

だけど、敗者の君たちがこんな住宅地に来ているなんて意外だな


一体どうしてなんだい?



それは……




 「行き場に困って、人間を頼ろうと調査している」



 などと、見ず知らずの相手に打ち明ける気にはならない……。



 言葉に窮したおれを見かねたらしく、イザベラが会話に交ざってきた。



ご覧のとおり、紅様は深手を負っています


せめて治療だけでも受けさせてもらえればと思い、人を頼ることにしました



いや、おれのケガは放置でも構わんのだ


それより子どもたちとイザベラ、そしてイザベラのおなかの中にいる子を助けてくれないだろうか



なるほど。

事情があるんだね


ところで君たちは知っているかな?


数日前にうちの飼い主さんたちが、ねこねこファイアー組のワルたちに襲われたんだ



ええっ!?



まさかそれって、トウとリャクの仕業じゃ……?


強盗、ニャウ……!



そのせいで飼い主さんたちはとても嫌な思いをさせられた


僕はその場に居合わせなかったけど、もしその場にいたら、身を盾にしてでもみんなを守ろうとしただろうね



……



そのドッグフードだけじゃなく、君たちはこれまでに人から物を盗んだことだってあるはずだよ


それなのに、君たちは人間をアテにしようと考えているんだよね?



虫のいい話だとは自覚している……



そっか。

少しは話の分かる相手でよかったよ


じゃあ奪われたドッグフードを返せとは言わないけれど、誠意をもって飼い主さんたちに謝ってくれないかな



謝る?

人の言葉などしゃべれんぞ



もちろん猫なりの方法で構わないから



本当にそれでいいのか?



うん



承知した



あなた、大丈夫……?



ああ、問題ないさ。

心を入れ替えると誓ったからな


必要なことがあれば、そうするまでのことだ




 言っておれはその場にやや小さく丸めた。



 どこの誰の家かも知らない花壇の縁に座っている体が、横に生えている草花よりもコンパクトになる。



 自己主張せず身を小さくすると、おれは自分を見つめる人間たちからプイと目を反らしてみせた。



……




全然反省しているように見えないよ



くっ……!




 そう言うだろうと思った。



 続いて二度目の反省のポーズだ。



 おれはパンフーの指摘を受け、顔の向きを戻す。



 歯の裏側まで見えるほどの大口を開けると、ゆっくり息をはき出した。



くああぁぁぁぁぁ~~~



え、あくびって……


もっと反省しているように見えないよ……!



仕方があるまい。

これが猫の謝罪といわれる代表的な仕草なのだ!




 普段見せることのない姿をじっくりと観察されて、少々気恥ずかしい……。



う~ん……、

悪いけど、それじゃ何度やっても伝わらないかもね








 そんなおれたちのやり取りには気づかず、こちらを観察しながら意味のわからないことを囁き合う人間たち。



あの猫、また縮こまってるわね


寒いのかな


風邪ひいてるんじゃないの?


猫も風邪ひくの?


風邪くらいひくわよ


風邪をひかないのはバカだけでしょ。

アンタみたいな


バカにすんなよ。

姉貴がモラハラしてくるって周りに言いふらすぞ



……


……やっぱり伝わってないようだね



だったらもう凝視するのはやめてくれと、飼い主たちに伝えてくれ。

ケンカを売られているようで愉快じゃない



僕の飼い主さんたちは心の優し人たちだ。

ガンを飛ばすなんてことはしないよ



でも、落ち着かない


角逐(カクチク)、ニャウ




 メデアとイソルダが不満をぽつりと()らすと、ちょうど空からも(しずく)がぽつりぽつりと降ってきた。



あらヤダ。雨だわ



ヒゲセンサーが感知していたが、もう降ってくるとはな



いけない、洗濯物を干したままだったわ

急いで帰らないと


でも、猫が――!


残念だけど、わたしたちの手には負えないわ


ほら、パン。

行くぞ!



君たちと話せてよかったよ。

最後に一つだけ言っておくね





もし人間にお世話になりたいのなら、

彼らの行動をしっかりと観察して、時にはその人たちに合わせることも大切だよ


猫は気まぐれって、みんな理解してくれているけれど、飼うほうだって大変なんだ


だけど、その分君たちに好かれたいって思っているんだよ



好かれたい?



そうだよ


君たちだって、愛おしい存在からは好かれたいだろう?

それと同じさ



だけどわたしたちはまだ頼れる人も見つかってなくて、人間に好かれるどころの話では……



大丈夫。

しっかりした心構えさえあれば、引き取り手は見つかるよ


人間を利用するんじゃなく、良いパートナーになろうって気持ちが大事なんだ


生涯飼い主さんの心に寄り添えるのは、僕たちペットだけなんだから



わかった。

その言葉、胸に刻んでおく



いきなりお説教しちゃってゴメンね。

どうか達者で


また会えるといいな



ほら、パン。

早く!




 少年に急かされ、パンフーは歩き出す。



 きちんと飼い主の足並みに合わせて、早すぎず遅すぎず、絶妙な速度で。



なんかちょっと不思議な感じ。

犬に説教されたのなんて、初めて


貴重(レア)、ニャウ



狩りや戦いに明け暮れてきたおれにとっては、ある意味新鮮な話だったな



あの犬はきっと、あなたが話の分かる相手だと見込んだからアドバイスしてくれたのよ


なんにせよ、雨脚が強まる前に移動しましょうか。

まだ候補は残っているのだし



次の候補先は、どういうところなのだ?



それがね、ちょっと変わってるのよ



変わってるとは?



あれはオタクっていうのかしらね、だいぶ猫に傾倒している人物だったわ





















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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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