第80話 訪問者③

文字数 3,653文字




 頭が痛いと苦しみつづけるゴマ団子。



うわああああああああああああ!



おいっ、ゴマ団子! 

しっかりしろっ!?



フゥウウウゥゥウウゥゥゥッ!




 おれがそばに近寄るよりも早く、ゴマ団子は(うな)りだす。



 いや――



 それが本当にゴマ団子なのか、もうおれにはわからない。



 すでに多重猫格のツートンの中で変化が起こって、異なる別の顔が現れていてもおかしくはないからだ。



どうしたのかしら?

ツートンったら、急に不機嫌そうな声を出して



まさか、神猫様(かみねこさま)が現れたからじゃないよね?



疑うなよ。

おれのせいではないぞ!




 鋭い視線をトラヒコへ向け不服を唱える。



 すると、近くで見ていた客たちがおれを横目で見ながら言った。



あら、ずいぶん雄々(おお)しい猫ですこと


まるで小さな虎のようだ


顔は凛々(りり)しいけれど、気性(きしょう)が荒いのは好きじゃないわ



黙れ!

おれのことを知りもしないくせに、勝手に顔で性格を決めつけるなっ!








 こんな人間相手に遠慮するのもバカバカしい。



 おれは相手の一方的な決めつけに(のっと)って、シャーッと牙を()き、おもいきり威嚇してやった。



はぁ~あ、威嚇されたわ。

これだから反抗的な猫は嫌なのよ




 女の客はウンザリしたような目で宙を(あお)ぎ、わざとらしい溜息をつく。



 その(かん)、苦しげに(うめ)いている猫のことなど気にかけもしない。



自ら里親になりたいと申し出て訪問したくせに、なんてヤツらだ!



ウウウゥゥゥゥゥウ!



大丈夫かっ!?



ウウウゥゥゥゥゥ……




 苦しみあえぐ声が徐々に引いていくと、




みつき……





 見覚えのある顔が目の前に現れた。




ゼロか!?



ああ、そうさ……


ねぇ、みつき。

早くここを去ろう……



去る?


まだおぬしの焼きカツオが、器に少々残っているでござるよ



そんなものは、いらないよ



いらない!?

こんな美味なものを食べぬとは、なにゆえでござるか!?



焼きカツオ好きは、ゴマ団子だけなんだ。

マメ大福は、チュール好きだし



なぜ急にゼロになった? 

突如苦しみだしたのは、ゴマ団子だったはずだが



その話はあとにしてくれないか。

とにかく、いまはここから逃げたいんだ……



逃げる?



ここにいる人間たちの話は、ゴマ団子を通じて、心の中のオレたちにも伝わっている


オレはゴマ団子とは違うから、好物をチラつかされても、人間性の腐った里親のもとになんて行きたくない


それに――



みつきと一緒にいられないなら、オレはここを出て行くつもりはないんだ!



本気か!?



本気だよ!


ここ数日、オーハラさんたちから里親の話が出始めてからというもの、オレたちの心の中は荒れっぱなしだった


なんでかって、心の中の大半のヤツらがここに留まりたいって考えているからさ



せやからアカリ婆やヒカリ爺にケンカ売ったり、ハンモックに尿ひっかけたりしたんか



そうだよ! 

オレだってそうしたいわけじゃない


けど、ムシャクシャしたりイライラすると、どうしようもないくらいに心の中のワルが(うず)きだすんだ



かといって、暴れていいというものではないぞ




 だがこの件に限っては、非難ばかりするのも違う気がする……。



こんなに色々と受け入れがたい状況なのに、里親候補者(コイツ)らはさっさと訪問してくる始末だ


思ってた以上に中身はカスだし、オレたちがピリつくに決まってるだろ!


でも、一番の問題は――



あぐぐぐぐぐぐっ!




 これ以上話させまいとするかのように、ゼロの状態に変化が起こる。



大丈夫かっ!?



クソ……ッ!

精神が……安定しない……!


キャラ変したくないのに、アイツが出て……くる……!



アイツ?




イラッ!


イライラッ! 




 邪気がゆらゆら立ちのぼる。



 煮えたぎる怒りをみなぎらせて、ツートンの中からツートンではない別のキャラが出現した。



この腐れ外道どもがっ!


だぁれがオマエらのところになど行くものかぁぁぁぁぁあっ!




 その殺気立った顔つきと好戦的な物言い――ワルかっ!



ハァッ――!




 ワルはまず、客の一人に狙いを絞った。



 中年男のもとへ跳びかかり、その手におもいきり噛みつく。



このっ――!




 男はワルを払いのけようと、乱暴に手を振り上げた。



フンッ!




 ワルの体は宙に投げだされるが、決してバランスを失うことはない。



 見事な着地をキメ、今度は中年女の手に襲いかかる。



思い知れぇぇぇぇぇぇぇぇえええっ!




 尖った牙が手首に喰らいついた。



 その腕に両手を絡ませて身動きを封じると、両脚をふるって猫キックも放つ。



ちょっと、もう――やめてちょうだい!




 女は慌てて手を引きはがすが、その表面はすでに小傷だらけだ。



 薄っすらと血の滲んだ赤い筋も刻まれている。



なんと生意気な猫だっ!

こんなに反抗的な猫はいらん!



えっ!? 

じゃあ、やめるんですか?



ああ、やめさせていただく!


まったくとんだ見込み違いだったわ!

こんなに暴力的な猫だったなんて!



事前に気まぐれな性格だとお伝えしたはずですが



そうですけど、ホームページの紹介文には、穏やかな猫って書いてあったじゃありませんか



それは……いままでこんなふうに人に噛みついたことなんてなかったものですから



猫の状態もまともに把握していないだなんて、ボランティアとしての責任能力に欠けるんじゃありません?



――!?


そんな言い方はあんまりです……!



根拠もなしに、失礼じゃないですか!



失礼ですって?

反論するなら、もっときっちり管理してほしいものね!


ほら、善人(よしと)

帰るわよ



はぁ~。

どうせやめるんなら、最初からこんなとこ連れてくんなよ



あなたまで反抗的な態度取らないでちょうだい



うっせー、カス。

保身まみれとか、超絶だせーわ



汚い言葉は、よしなさい!



いちいちキレんなよ、めんどくせーな




 その場から立ち上がって、早々とリビングを出ようとする客たちをトラヒコが呼びとめる。



あの~、(ひじり)さん。

差し出がましい口を利くようですが、よろしいですか?



なんですか?



これは忠告ではなく、私個人からのお願いです


今後動物と関わること自体、できればやめていただきたいのです



余計なお世話だ!



いいえ、わたしからも言わせてください


ああやって噛みつかれるくらいで本気で腹を立てるなら、猫の飼育に向いているとは言えません


生涯、猫は飼わないほうがいいと思います!



オレもその意見に、さんせ~い



コラッ!

わかったような口をきくな!



所詮、ボランティアなんて頭のおかしい人ばかりね!

関わるだけ無駄だったわ!




 3人の客たちは玄関に向かうと、靴を履いて家を出ていった。



はぁ……、

さんざんだったわね



うん……、

つくづく身勝手な人たちだったね



ごめんね、トラヒコさん。

はじめから無理せずに断るべきだったわ



仕方がないよ。

相手はこの町の議員さんなんだし


これも経験とおもって次に活かせばいいさ


それにあの人達がひどかっただけで、みんながあんなふうに利己主義ではないはずだよ



そうね。

そうであってほしいわ……




 何を話しているのかわからんが、ひとまず落着したらしい。



 おれは戸口に立って、オーハラたちの様子を見ていたが……




 妙だぞ?




 ふと背後から漂う気配が気になり、振り返る。



ム……?




 ツートン――ワルを取り巻く雰囲気があきらかに変わっている。



 ひと言でいえば、闇――。



 相手の立ち姿には、光さえも(かす)むような薄暗さで満ちあふれている……。



その気配、シャドーか?



そうだ




 感情的なワルとは打って変わって、言葉の響きに抑揚がない。



ゴマ団子はどうなったのだ?



ゴマ団子は消滅した



なっ――!?


消滅しただと!?




 何を言っているのだ、コイツは?



 ひとりのキャラクターがいきなり消滅するなど――!? 



触れてはならない記憶に触れれば、消滅する。

それがツートンの心のうちに生きる者達の定め


これまでもそうやって、ツートンの中にいた幾多の者達が消去(デリート)されてきたのだ



……嘘でしょ!?


あり得ない、ニャウ!



あんなにふてぶてしかったゴマ団子が、一瞬で消えるなんて……



そんなの、信じられへんわ!




 いくら心の中に生きる存在だからといって、たやすく消されるなどということが起こりうるのか――!?



オマエらが信じようと信じなかろうと、オレにとってはどうでもいいことだ


だが、真実であることに違いはない



存在を消すなどと、一体誰がそのような真似をしたのだ!?



ツートン――


より正確にいうならば、ツートンの中にある〝防衛本能〟だ


触れてはならない記憶に触れると、その防衛本能が働いて、消去対象となるキャラクターを頭の中から消し去る



頭の中から消し去るなどと……!

なんということじゃ……!


では本当に、あの焼きカツオ好きの毒舌家は、遠くへいってしもうたのか……?



消された者が復活することは、二度とない



そんな……っ!









 おれには未だに信じられない。



 それまで元気そうにしていたヤツが、唐突に消されてしまうなど――。



 まるで突然命を奪われる野良猫のようではないか。




シャドーよ。

その触れてはならない記憶とは、一体何なのだ!?



……





 シャドーは答えず、沈黙を保っている。



















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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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