第18話 心の空白

文字数 2,057文字








 無性にイライラする……。



 気持ちは乱れるばかりで、まったく落ち着かない。



……




 遠くでイザベラの声がする。



(くれない)様……!


紅様ぁ……!




 声に導かれて目を開けると、(かたわ)らにメデアとイソルダがいた。



あ、よかった


起きた、ニャウ



少し眠っていたか



うん。さっきから声かけてたんだよ。

なかなか起きないから、心配で


体の具合大丈夫、ニャウ?



問題ない。

少々疲れが溜まっているだけだ



なら、いいんだけど……


ウニャ



あのさ……





眠ってるとき、お母さんのこと呼んでたよ



そうか……




 毎日、ずっと一緒だったイザベラがそばにいない。



 離れ離れになることがこんなにも不安な気持ちにさせるとは……。




 いまより数時間前のことだった――。






 おれは水に濡れた地面を蹴って、イザベラのもとに駆け寄った。







ケガはないか!?



大丈夫よ。

だけど、捕まってしまったわ


ごめんなさい……




 檻の中に囚われたイザベラは、恐怖におびえ、その場に立ちつくしている。



謝るのはおれのほうだ


もとはといえば、おれがこんな傷を負ったばかりにおまえを危険に晒すことになったのだから……



そんなことないわ。

わたしが失敗しなければ、こんなことには……




 イザベラは罠にかかり、明らかに落ち込んでいた。彼女の体に触れて慰めたいが、どうにもならない。




 クソッ……! 



 互いを隔てる金属の囲いが憎い……!




 そこへメデアとイソルダが警鐘を鳴らしつつ走ってきた。



 子どもたちはイザベラの過去に触れたせいか、人間の出現にひどく動揺しているようだ。



に、人間たちが近づいて来るよ!


要注意、ニャウ!




 薄闇にまぎれて、公園の入り口から接近してくる二つの人影。



 姿形はおぼろげでも、その正体は足音でなんとなく想像がつく。



 この捕獲器を設置した人間たちと背格好も酷似していた。



 おそらく同一人物に違いない。



人間どもめっ! 

ここに来るまでが早すぎる!

近くで見張っていたかっ



あなた、逃げて!

このままでは人間に捕獲されてしまうわ!



しかし……!



もし保健所なんかに連れていかれたら、二度とここへは戻ってこられないかもしれない!


メデアもイソルダも、急いでこの場から離れるのよ!




 そう言ってイザベラは、逃げ場を探すように捕獲器の中をグルグル回りだした。



 イザベラがパニックを起こすなど珍しい。



 きっと過去に背負わされたトラウマが混乱の引き金になっているのだろう。



 それとは関係なしに、おれも気が動転していた。

 



 ――イザベラを奪われる――




 そう直感的に察した途端、頭の中でギューーーンと血が昇る。




 とにかく人間たちを退(しりぞ)けなくては……!




どけぇ!

イザベラを解放しろ~~~っ!


イザベラを連れていくなぁぁぁぁぁ!




 猛犬さながらに鳴いて叫んで、(うな)りまくる。



さっさと、ここから出ていけーっ!




 人間たちはおれの動きを気にしつつも、イザベラの捕獲器のほうへ接近していた。



 ヤツらは何かをしゃべっていたが、激高しているおれの耳にほとんど入ることはなかった。




 そして、ついに恐れていた事態が起こった。




 人間の一人が、イザベラのいる捕獲器を手に掴み持ち上げたのだ。



あっ、お母さんが……!


連れ去られる、ニャウ……!



させるかぁーーーっ!




 牙を剥き、跳びかかる。



 狙いは、捕獲器を持つ人間の手だ。



 だがおれの動きに気づいて、人間はその場から走りだす。



 もう一度噛みつこうと、体勢を立て直すが――



……っ!




 もう一人の人間が、威嚇するおれにライトの明かりを向けてきた。



 行動の自由を奪う、まばゆい光。



 猫は強い光に弱い。



 目がくらんで、体がその場に縫いつけられたように動かなくなってしまう。



あなた、逃げて~~っ!




 泣き叫ぶイザベラの声。



 なんとかしなければ……!



 しかし焦れば焦るほど、どうすれば彼女を救えるのかわからなくなってくる。



 イザベラの姿も、彼女を助けだす手段も、どんどん遠のいていくようだ。



紅様……!



待ってくれ……!


イザベラを連れて行かないでくれ……!




 おれの願いに反して、またたく間に遠ざかるイザベラの声。



 このままでは彼女が手の届かないところへいってしまう――!



 そんなのは、嫌だ……!



イザベラァァァァァァァァァッ!




 心から発する痛烈な叫び。



 けれどもどれだけ叫んでも、現実は無情だった。



 力及ばず、イザベラは人間たちに連れ去られていった――。







お母さん、連れていかれちゃったね


いま、どこにいるんだろ……?



……



もう会えない、ニャウ……



そんなことはない。諦めるな。

必ず再会できる!



どうやって?



わからんが、何か手立てはあるはずだ




 やがて夜が明けた。



 雨が上がり、白んだ空気が去って、園内や木立の向こう側まで見渡せるようになる。



 水飲み場にたまった水を飲んでいると、後ろのほうから聞き覚えのある声が響いてきた。



猫様方(ねこさまがた)ぁぁぁぁぁ~!


その御姿(おすがた)は、神に相違ございませんかぁぁぁぁぁぁ~!?




 自転車というものにまたがって、一人の男が園内に突っ込んでくる。



え、あれって……!?


猫オタ、ニャウ!






















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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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