第8話 おお、神よ!
文字数 2,688文字
しばらく移動を続けていると、先導してくれているイザベラが歩みを止めた。
アパートの敷地へ入り、ゴミ捨て場の横を通って、奥の部屋へと向かう。
念のためゴミ捨て場をチラリと見たが、ニオイがするだけで目ぼしいモノは何一つない。
窓のそばにある、洗濯機だったか何だったか――とにかく細長い箱のようなものに跳び乗ると、メデアとイソルダもそれに続いた。
最後にイザベラがぴょんと空いた隙間に収まると、洗濯機のフタは猫だらけになって、猫額の狭さになる。
おれたちが移動し終えたところへ、さっそく耳をつんざくような絶叫が飛んできた。
おれたちのほぼ正面の窓から猫オタの姿が丸わかりだった。
顔の向きを戻して再び猫オタを観察する。
しばらく
猫オタは顔を険しくゆがめ、唸るような声をあげる。
猫オタ男は、身近にあった紙をクシャクシャに丸めて握り潰す。
猫オタは猛々しく怒声をはき出して、握り潰した紙を壁に投げつけた。
すると、激高していた猫オタが凍結したかのようにピタッとその場に固まった。
猫オタ男は興奮気味に鼻息を荒くして寄ってくる。
しかし足取りは慎重そのもので、そろーりそろーりと、こちらを気遣うようだ。
何を思ったか、猫オタ男は身をひるがえすと、そそくさ部屋の奥へ引っ込んでいく。
ガサゴソと慌てた様子で何かを漁って、また戻ってきた。
猫オタ男は窓を全開し、掌に載せたものを近づけてきた。
おれは猫オタの指先から掌にかけて、入念にスメルチェックをおこなった。
それからエサのニオイを丹念に嗅いで検分する。
猫オタ男はそれを凝視するわけでもなく、遠慮がちにチラチラ見ながら興奮めいた声を
試しにおれはキャットフードを一粒舌ですくって、口にほうり込んだ。
じつに食べ応えのある感触だ。
めったに食することのない味わいが口の中いっぱいに広がっていく。
おれは窓辺に立つ猫オタと、窓の隙間に目をやった。
間合いを見切って、部屋の中へジャンプする。
一瞬で知らない空間へ体が吸い込まれていく。
枯草のような妙なニオイのする場所へストンと降り立つと、肉球から伝わる感触を確かめた。
足場は地面よりも柔らかくて、外の世界とはまるで違うなめらかさだった。
(ログインが必要です)