第8話 おお、神よ!

文字数 2,688文字



今回は一部過激な表現が出てきます。

平和をこよなく愛する方には刺激が強いかもしれませんので閲覧の際はご注意ください





 しばらく移動を続けていると、先導してくれているイザベラが歩みを止めた。



たしかこの辺りよ。

猫オタの住処(すみか)



ほぅ。

なかなか大きな家ではないか



これはアパートといって、建物の中で細かく部屋が分かれている仕組みになっているの


だから猫オタの人の住む場所は、あの奥の一部屋だけというわけ



そうだったのか。

アパートという建物の名前まで知っているとは、さすがだな



昔アパートで暮らしたことがあるから、ちょっと知っているだけよ


それより、さきほどから住人の声が聴こえるわ



例のオタクか?



そのようね。

先日聞いた声とまったく一緒だわ



独りでこれほどわめき立てているのか。

騒々しいヤツだな



窓に近づいて見てみたい


のぞき見、ニャウ



外に人の気配はないが、何が起こるかわからんからな。

おれが先頭を行く


おまえたちは後からついてくるんだぞ



はーい


フォロー、ニャウ




 アパートの敷地へ入り、ゴミ捨て場の横を通って、奥の部屋へと向かう。



 念のためゴミ捨て場をチラリと見たが、ニオイがするだけで目ぼしいモノは何一つない。



 窓のそばにある、洗濯機だったか何だったか――とにかく細長い箱のようなものに跳び乗ると、メデアとイソルダもそれに続いた。



 最後にイザベラがぴょんと空いた隙間に収まると、洗濯機のフタは猫だらけになって、猫額の狭さになる。



 おれたちが移動し終えたところへ、さっそく耳をつんざくような絶叫が飛んできた。



うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

また落ちたぁぁぁぁぁぁぁ!


今度こそいけると思ったのにぃぃぃぃぃっ!



なんだ!? 

突然、やかましいな



うぅぅぅ……、

覚悟はしていたけど、おひとり様の猫の里親は、こんなにもハードルが高いのか……!


保護猫団体はもう何度も断られてるし、うちの役所は里親募集してないし、野良猫がいそうなところを捜しまわっても見つからないし……



俺の猫ライフ、完全に詰んだ……!




 おれたちのほぼ正面の窓から猫オタの姿が丸わかりだった。



あれが猫オタか



思ってたとおりの感じ


期待を裏切らない男、ニャウ



独りで泣き叫んでいるようだが、あれはどういう状況なのだ?



う~ん……


保護猫と里親というキーワードから連想するに、おそらく猫が欲しかったけれど、ダメだった的な結果にむせび泣いているのかしら



それほどまでに猫が飼いたいとは……




 顔の向きを戻して再び猫オタを観察する。



なぜだ!?

一体、俺の何が不満なんだ!?


まだ大学生だからか!?

18歳を過ぎれば、みんな成人ジャナイカ!


……わかってる。わかっているさ。

社会人になって、仕事が安定してから猫を飼えって言いたいんだろ?


そんなことは俺が一番よくわかってる!



だがそれでも、猫と暮らしたいんだ!



うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!


このアツイ想いを、なんでわかってくれないんだぁ~~~~!




 しばらく嗚咽(おえつ)し、泣きやんだと思ったら、今度は怒りがこみ上げてきたらしい。



 猫オタは顔を険しくゆがめ、唸るような声をあげる。



クッソォ~!

そもそも今回の譲渡がダメになったのは、どこぞの大バカ野郎が猫虐殺事件など起こしたせいだっ!


犯人は、またしても男!

一人暮らし、未婚、彼女ナシ


なんてタイミングの悪い!

ただでさえ里親希望者は、男というだけで最下層に位置づけられているというのにっ!


弱きものを虐げることでしか自己表現できない邪悪な毒物め!

こんな非道なクズなど、極刑にしてしまえ!




 猫オタ男は、身近にあった紙をクシャクシャに丸めて握り潰す。



苦痛なく死なせるなど甘っちょろいことはするなよ!


ボットン便所に落ちて、あらゆる汚物にまみれながら、生き地獄を味わい尽くすがいい!



動物を虐待するような愚か者には、人間便所がお似合いだ!




 猫オタは猛々しく怒声をはき出して、握り潰した紙を壁に投げつけた。



やけに()えているが、人間とはあんなものなのか?



さすがにあんなにイッちゃってるのは珍しいんじゃない?



なんとも言えないけれど、わたしたち猫に対する想いは相当なようね



溺愛、ニャウ




 すると、激高していた猫オタが凍結したかのようにピタッとその場に固まった。



ん? 

あの男、おれたちに気づいたようだぞ



あら? ホントね。

こっちを見てるわ



……っ!?


窓の外に、お猫様が……!?




 猫オタ男は興奮気味に鼻息を荒くして寄ってくる。



 しかし足取りは慎重そのもので、そろーりそろーりと、こちらを気遣うようだ。



うっはっっっ! 

間違いないっ! 本物だっ!


しかも4体もおられるとは……っ!



だいぶ興奮しているようだな。

目がとび出しそうなくらいひらいてるぞ



ちょっと怖いくらいね




 相手に害意はないとはいえ、人間恐怖症のイザベラには異常に映るのも無理はない。



お、お猫様方……!

どうか逃げないで、その場に留まっていてくださいっ!




 何を思ったか、猫オタ男は身をひるがえすと、そそくさ部屋の奥へ引っ込んでいく。



 ガサゴソと慌てた様子で何かを漁って、また戻ってきた。



お猫様方、よろしければこれをお食べください!




 猫オタ男は窓を全開し、掌に載せたものを近づけてきた。



肉っぽいニオイがするぞ



キャットフードだわ



じゅる……


じゅるじゅる……



いきなり食べるのは危険よ。

毒が入っていたら、殺されてしまうかもしれないわ!



格別アヤしいニオイはしないが、念のため確かめてみるか




 おれは猫オタの指先から掌にかけて、入念にスメルチェックをおこなった。



 それからエサのニオイを丹念に嗅いで検分する。



 猫オタ男はそれを凝視するわけでもなく、遠慮がちにチラチラ見ながら興奮めいた声を()らした。



な、なんちゅーかわいさだ……! 


これは神が遣わした天使か!?


いや、あるいは神そのものかもしれないぞっ!




 試しにおれはキャットフードを一粒舌ですくって、口にほうり込んだ。



 じつに食べ応えのある感触だ。



 めったに食することのない味わいが口の中いっぱいに広がっていく。



あなた、大丈夫なの!?



問題はなさそうだ。

念のため、猫オタが妙なものを隠し持ってないか調べてみる




 おれは窓辺に立つ猫オタと、窓の隙間に目をやった。



 間合いを見切って、部屋の中へジャンプする。



 一瞬で知らない空間へ体が吸い込まれていく。



 枯草のような妙なニオイのする場所へストンと降り立つと、肉球から伝わる感触を確かめた。



 足場は地面よりも柔らかくて、外の世界とはまるで違うなめらかさだった。







うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!

お猫様が自ら俺の家に!?


よかったぁ……!

生きててよかったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!























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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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