第89話 かわいさに引き寄せられて

文字数 2,672文字




 ついに生まれた愛しい子どもたち。



ミィミィ


ミャーミャー


ミャアミャア


ニィニィ








 生まれたばかりの子猫たちは、それぞれ押し入れの敷物の上に並べられている。



 その小さな体をおれとイザベラは左右から挟むようにして身を横たえている。



 おれたちは互いの顔を向き合わせながら話を始めた。



子猫たちの名前は何にしようか



悩むわねぇ



あとに生まれたふたりはメスだから、イザベラの名にちなんだ名にするのはどうだ?



じゃあ先に生まれたオスのふたりは、紅様の名に関連づけたものにする?



フフッ、それも悪くないな




 すると押し入れの外にいるファーマが言った。



夫婦水入らずのとこ悪いけど、名前はつけへんほうがええで




 おれは軽く半身を起こし、畳の上にいるファーマを見下ろしながら問いかける。



なぜだ?



先に名前をつけると、あとでオーハラさんらが子どもたちに名づけたモンとごっちゃになってまうからや


そっちではハナコ、あっちではクサコみたいな感じでな



しかし、おれたちは本来の名と別に命名されているが、さほど不便には感じてないぞ



そら紅さんらはオトナ猫やから、呼び名に違いがあっても対応できるやろ。

せやけど、ちっちゃな子らは混乱しかねへんて


ってか、大抵わけわからなくなって右往左往(うおうさおう)するか、呼んでもけえへんようになる



なるほど。

それは由々しき問題だな



おとなしくこの家の人たちが名前を決めてくれるまで、待ったほうがよさそうね



ああ。

少々残念だが、そうするより他にないな




 再びイザベラと子猫たちのほうへ向き直って、ぬくぬくしていると――




 フングルルル

 フングルルル




 荒い鼻息が聞こえてきた。




 突如、近づく気配。

 肌がピリつくような異様な熱気。



 振り返れば、異常に興奮した猫の顔がそこにあった。



子猫に胸キューン……!



変態かっ!




 とっさに起き上がって、おれは侵入者と対峙(たいじ)する。



 ツートン――ではなく、その心の中に出現した新たなキャラ――エンドレアと。







出ていけ!

押し入れにまで入ってくるな!



わたくしとて入ろうと思ってここに来たわけではないのです


ですが気づけば勝手に足が動いて、子猫たちのもとへ引き寄せられてしまっていたのです



何をたわけたことを



たわけたことではありませんわ。

子猫のかわいさは、まさに神秘の象徴


まるで魔法にかけられたように、かわいさに引き寄せられてしまう


そしてついフラフラ~ッとそばへ近づき、飽きることなく眺めてしまう


生まれたての子どもとは、そんな神秘的かつ魅力的な存在なのです




 そう言ってエンドレアは前のめりになって子猫たちのほうへ顔を寄せ、再び「フングルルル」と鼻息を荒くした。



オホーーーッ!

なんて愛らしいのかしら!


わたくし胸がときめきすぎて、爆発してしまいそうですわ!



勝手に爆死しろ



あらヤダ!

冷たい物言いですわねぇ


わたくしは子猫の可愛らしさに魅せられた、ひとりのか弱い女子にすぎませんのよ



女子て……




 ファーマの口から、呆れたような引き気味のツッコミが飛ぶ。



本来のツートンのキャラを知っているだけに、強烈に違和感でござる……!




 みつきもドン引きの顔で押し入れの手前に立ったまま、エンドレアを見上げていた。



とにかく、おまえは近くに寄ってくるな。

外へ出ていけ



近くで見ているだけなのに、出ていけだなんてあんまりですわ



エエから早う下りてきいや


イザベラちゃんは子ども産んだばかりで疲れてるんやから、しっかり休ませてあげんと



さようでござる!

奥方様の休息を妨げる者は、拙者が成敗するでござるよ!



まぁ、そう敵視しなくても


ちょっと落ち着かないけれど、子どもやわたしたちに手出ししてこなければいいんじゃないかしら?



いつキャラ変するかわからんのだ、油断はできん


痛い目見ないうちに早く部屋から立ち去れっ



そんなことおっしゃらずに、少しくらい触らせてくださってもよろしいじゃありませんか



断る!



わたくしを警戒しているのですね。もちろん爪なんて出しませんわよ


指先でほんのちょっと触れる程度でよいのです



ダメだ!



ほんのちょっとでもいけないだなんて、ケチくさいですわね!



ケチくさいだと?



てゆーか、なんでそんなに触りたいんや?



もちろん、かわいいからに決まってますわ


誰しもかわいいものを見ると、じかに触れたくなるものでしょう?



その気持ちはわからんでもないが……、

この子たちはさきほど生まれたばかりなのだ


触れるのは、この子たちが姉兄(きょうだい)猫であるメデアとイソルダと触れ合ってからにしてくれ



わかりましたわ


では触れるのが無理なら、せめてそのニオイだけでも嗅がせていただけません?



断る!



ニオイを嗅ぐだけでもいけないだなんて……!



いくらなんでも厳しすぎますわぁぁぁぁぁぁっ!








うるさい! 話は済んだ。

とっととここから出ていけ!



さきほどからおとなしく聞いていれば、出ていけ出ていけとぞんざいな扱いばかり


わたくしの心は、悲しみのあまり張り裂けてしまいそうですわ



そうか。

ならば遠慮はいらんぞ


破裂してしまえ!



イラッ……!



ちょ、ちょっとあなた!


ヘタに刺激して、ワルにキャラが出てきたら一大事よ!



それはそうだが……




 おれが口ごもると、エンドレアは胸を反らし、やや傲慢とも思えるような態度をとった。



わたくしは猫ですが令嬢なのです!


令嬢とは、すなわち高貴な存在。

あなたがた庶民とは比べ物にならないほど尊いのです!


庶民は令嬢を敬うのがスジではありませんか!?



バカを言うな。

猫に令嬢も何もあるかっ!



せやな。

所詮はみんな、ただの猫や




 おれの発言にファーマとみつきも同意する。



自称(・・)令嬢より、ボス猫のほうが尊いでござる!



自称ではありませんわ。

わたくしは生まれながらに令嬢なのです!



やかましいっ!




 幼い子どもがそばにいるので大声で威嚇はしないが、容赦なく相手を睨み据える。



 周囲の空気がトゲトゲしさを帯びてくると、



ツートン。

押し入れに入ったらダメよ~




 まるで険悪な雰囲気を察知したかのように、オーハラが階下から訴えてきた。



ほら、オーハラさんも呼んどるで


てか、さっきも部屋を出るよう言われたばかりやんか



ですけれど、子猫のかわいさがわたくしを惹きつけてやまないのです



それはおれたちとて同じだ。

だがこれ以上おれたちの邪魔をしないでくれ



ツートン、ファーマ、みつき。

早く下りてきて~



ほら、行くで



はぁ……、

もうお別れだなんて、せつないですわ


せめて子猫たちと、お別れのチューくらいさせてくださらない?



お別れのチューだと!?


余計にダメに決まってるだろうっ!




 不満を垂れるエンドレアを一喝し、おれはその体をグッと押しのけて追っ払ったのだった。





















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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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