第67話 猫を釣ってからの再会

文字数 2,908文字



 


 どうやってみつきのいる部屋にツートンを呼び出すかについて、沈黙を破って声を発したのはメデアだった。



あっ!



ん? どうした?



そういえばさっき、ツートンはボール遊びがしたいって言ってたよ



そうか! 


ボールでツートンを釣って、みつきのいるこの部屋へ誘い込めばいいのだ!



いいアイデアね!



それならうまくいくかもしれへん!



ボール、いいなぁ……。

ぼくもボール遊びがしたい、ニャウ



わかった。

では、おまえとメデアを連れて、おれはプレイルームへ行く


イザベラとファーマは、ツートンに見つからないよう、どこかに身を潜めていてくれ



わかったわ



隠れるんやな。まかしとき!



わーい、ボール遊びができる♪


やった、ニャウ♪




 善は急げ、というわけでさっそく行動開始となった。



 そろーり、そろーり。



 まずは忍び足でプレイルームへと近づき、入り口付近で足を止める。



行くぞ!



うん!


ニャウ!




 めざすはボールだ。



 プレイルームの隅の床に、猫の顔よりも小さな球が一つだけ置かれている。



……




 室内にはツートンもいた。



 ひとり遊びに飽きたのか、いまは収納ボックスの上に寝転んでいる。



行動開始っ!




 親子そろって姿勢を低くし、すばやくプレイルームへと駆け込んだ。



 おれの足はここにいる誰よりも速い。



 あっという間にボールとの距離は縮まった。



 手のひらサイズの球体を口にくわえて拾いあげる。



アッ!?

それはオレのだぞ!



(――ここにあるものは、みんなの物だと聞いている)




 口がふさがっているので目でそう訴えて、さっさと次の行動に移った。



待て!




 駆け出すおれをツートンが追ってくる。



 思っていたより速い。だがそれも飼い猫にしてはというレベルだ。



ペッ




 口からボールをはなすと、走りながら前足でボールを転がした。



 小さな球は右から左へ、左から右へ、おれの手のあいだで(もてあそ)ばれながら移動する。



オオオオォォォォォォッ!

ボールが誘っている~~~!?




 こんなとき、猫の目は単純だ。



 ツートンも例に()れず、右往左往するボールの動きに釘づけになっている。



パスだ! 受け取れ!




 おれは入り口付近にいる子どもたちのほうへ、ボールをはじき飛ばした。



まかせてっ!




 瞬時にメデアが手を伸ばし、イソルダよりも先に受け取る。



 メデアは手元のボールをちゃちゃっと(さば)くと、



こっちに渡して、ニャウ!



おっけー!




 さっそく通路の奥へ移動したイソルダのもとにボールをパスした。



キャッチ、ニャウ!




 ボールを受け取ったイソルダは、忙しいながらも楽しげだった。


 

 小さな球を前足で突きつつ転がしつつ、全力ダッシュしていく。



そのタマをよこせ~~~!




 迫るツートン。イソルダの後ろから猛追する。



ふぬぬ……っ!




 イソルダはツートンに危うく追いつかれそうになりながらも懸命に走り抜いた。



 みつきの部屋のそばに到着すると、



釣られろ、ニャ~ウ!




 勢いよく前足でボールをはじき飛ばす。



 床を滑る丸い球が、角張ったドアと壁のあいだをするりと抜けて、室内へ直進していく。



ボォォォォルゥゥゥゥゥ!




 思惑どおり釣られたツートンは、猫部屋へ跳び込んだ。



 おれたちは部屋には入らず、通路に隠れたまま中をのぞき見る。



はわっ!?

ついにこの時が来たでござるか……!




 ケージの中で座っていたみつきは、急いで腹を広げた。



 イザベラに教えられたとおりの仕草で、ツートンに誘惑の秘技をくり出す。



うにゃ~ん♡








――!?



……………………っ!




 ためらいがちだったみつきの表情に浮かぶ、焦り、焦り、焦り。




 これは……まさかの不発か!?




 一方、誘惑の秘技を喰らったはずのツートンは……







 みつきを完全に無視して、ボールにじゃれていた。






 あまりの出来事に、みんな呪いをかけられたように沈黙するしかない……。




 しばらくして、廊下に佇むイザベラがかすれた声を絞りだす。




誘惑が効かないなんて……!



こんな事態が起こるとは……!




 同じオスとして信じられん!



 これが去勢のもたらす効能だとしたら、凄すぎる……!



あああ、失敗でござる~~~!


殿方の前であられもない姿をさらしておきながらしくじるとは……、

なんたる恥辱~~~っっっ!




 せっかく体を張ったというのにスベり倒してしまい、みつきはショックを受けてパニック状態だ。



フオオオオオ~~~ン! 





 ほとんど半狂乱になって、みつきが叫びだしたときだった。




そんな悲しい声で鳴いて、どうしたの?



あっ――!?




 ぞわりと身の毛が立つ。



 異変を感じ、目を見張る。



そそっ……、

その感じは、もしや――!?



ん?

何をそんなに驚いてるの?



あ、いや、それは……




 言い淀むみつき。



 真っ向から、おまえはキャラが多重にブレているとは指摘しづらいだろう。



 ツートンは足元のボールにはもう目もくれず、みつきのそばへ寄っていく。



急にオレがここへ来たから、驚いてるの?



まぁなんというか、しばらく会えぬものと思っていたので



フフフ、そっか。

キミはオレに会いたかったんだね



えっ? 

……えぇ、まぁ



うれしいよ。

オレもキミに会いたかったんだ



げぇ……




 かすかな声でみつきが(うめ)く。



ん?

まだ体調が良くないのかい?



い、いやいや、なんでもないでござるよ


ところで、なにゆえ急に拙者のところへ?



キミが叫んでいたからだよ。

キミの悲痛な叫びは、オレの心を揺さぶる


そう――、

気づけばこうしてキミの前にいたんだ



……




 とうとうみつきはポカ~ンと口を開けたまま何も言えなくなった。



 突然の猫格の変貌ぶりと、気取ったキャラのえげつなさに、閉口するのも無理はない。



 その辟易(へきえき)させられるくらいのキャラを()の当たりにして、おれは確信した。



――間違いない!

ヤツはまぎれもなく、みつきラブのツートンだ!



じつは今日はね、キミに話があるんだ



拙者も……話があるでござる



じゃあ譲るよ。

キミのほうから言って




 などとみつきに話を促すツートンは、優しさの塊のように見えなくもない。



 要はその顔に裏表さえなければ不満はないのだ。



 が、



 その裏表のキャラが邪悪すぎる。



 そして筋縄ではいかない以上、いまはみつきを頼るほかない。



拙者の願いは、ただ一つでござる!


(くれない)親分をここから追い出そうとするのをやめていただきたい!



オレは追い出そうとなんかしてないよ



なれど、悪巧(わるだく)みがすぎると聞いたでござるよ


家主のグラスを割って親分様に罪をなすりつけるなど、言語道断ではござらぬか!



へぇー、知らなかったな。

そんなことしてたんだ



まるで他所事(よそごと)でござるな



そりゃそうだよ。

だってオレの仕業じゃないんだから



んなっ――!?




 ツートンはぬけぬけと知らん顔を決めこみ、宙を仰ぐ。



話を聞くなら、シャドーに聞いてみたら?



シャドー?



オレの中にいる、もうひとりのツートンさ


おそらく、彼がすべての事情を知っているよ



なんと!



貴様っ!

よくもぬけぬけと……!


自分が多重猫格だと自覚していたのだな……!



別にダマしてたわけじゃない


オレは知っていて、ツートンが知らないだけさ




 余裕さえ感じられる笑みを浮かべて――



 ツートンではないその猫は、自分がまったく別の存在であることを暗に認めたのだった。




















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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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