第67話 猫を釣ってからの再会
文字数 2,908文字
どうやってみつきのいる部屋にツートンを呼び出すかについて、沈黙を破って声を発したのはメデアだった。
善は急げ、というわけでさっそく行動開始となった。
そろーり、そろーり。
まずは忍び足でプレイルームへと近づき、入り口付近で足を止める。
めざすはボールだ。
プレイルームの隅の床に、猫の顔よりも小さな球が一つだけ置かれている。
室内にはツートンもいた。
ひとり遊びに飽きたのか、いまは収納ボックスの上に寝転んでいる。
親子そろって姿勢を低くし、すばやくプレイルームへと駆け込んだ。
おれの足はここにいる誰よりも速い。
あっという間にボールとの距離は縮まった。
手のひらサイズの球体を口にくわえて拾いあげる。
口がふさがっているので目でそう訴えて、さっさと次の行動に移った。
駆け出すおれをツートンが追ってくる。
思っていたより速い。だがそれも飼い猫にしてはというレベルだ。
口からボールをはなすと、走りながら前足でボールを転がした。
小さな球は右から左へ、左から右へ、おれの手のあいだで
こんなとき、猫の目は単純だ。
ツートンも例に
おれは入り口付近にいる子どもたちのほうへ、ボールをはじき飛ばした。
瞬時にメデアが手を伸ばし、イソルダよりも先に受け取る。
メデアは手元のボールをちゃちゃっと
ボールを受け取ったイソルダは、忙しいながらも楽しげだった。
小さな球を前足で突きつつ転がしつつ、全力ダッシュしていく。
迫るツートン。イソルダの後ろから猛追する。
イソルダはツートンに危うく追いつかれそうになりながらも懸命に走り抜いた。
みつきの部屋のそばに到着すると、
勢いよく前足でボールをはじき飛ばす。
床を滑る丸い球が、角張ったドアと壁のあいだをするりと抜けて、室内へ直進していく。
思惑どおり釣られたツートンは、猫部屋へ跳び込んだ。
おれたちは部屋には入らず、通路に隠れたまま中をのぞき見る。
ケージの中で座っていたみつきは、急いで腹を広げた。
イザベラに教えられたとおりの仕草で、ツートンに誘惑の秘技をくり出す。
ためらいがちだったみつきの表情に浮かぶ、焦り、焦り、焦り。
これは……まさかの不発か!?
一方、誘惑の秘技を喰らったはずのツートンは……
みつきを完全に無視して、ボールにじゃれていた。
あまりの出来事に、みんな呪いをかけられたように沈黙するしかない……。
しばらくして、廊下に佇むイザベラがかすれた声を絞りだす。
同じオスとして信じられん!
これが去勢のもたらす効能だとしたら、凄すぎる……!
せっかく体を張ったというのにスベり倒してしまい、みつきはショックを受けてパニック状態だ。
ほとんど半狂乱になって、みつきが叫びだしたときだった。
ぞわりと身の毛が立つ。
異変を感じ、目を見張る。
言い淀むみつき。
真っ向から、おまえはキャラが多重にブレているとは指摘しづらいだろう。
ツートンは足元のボールにはもう目もくれず、みつきのそばへ寄っていく。
かすかな声でみつきが
とうとうみつきはポカ~ンと口を開けたまま何も言えなくなった。
突然の猫格の変貌ぶりと、気取ったキャラのえげつなさに、閉口するのも無理はない。
その
などとみつきに話を促すツートンは、優しさの塊のように見えなくもない。
要はその顔に裏表さえなければ不満はないのだ。
が、
その裏表のキャラが邪悪すぎる。
そして筋縄ではいかない以上、いまはみつきを頼るほかない。
ツートンはぬけぬけと知らん顔を決めこみ、宙を仰ぐ。
ツートンではないその猫は、自分がまったく別の存在であることを暗に認めたのだった。
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