第52話 脱走
文字数 2,682文字
オーハラの家からの脱走に成功したおれは、ひたすら道を走りつづけていた。
いつもより息苦しい。
しばらく室内生活が続いていたせいだろうか。体がなまって体力が落ちている。
しかし速度は緩めても、歩みは止めない。前進あるのみだ。
――猫に行き止まりはない――
細い道、大きい道、T字路、壁……
よほどの難所にぶつからない限り、移動は可能だ。
目的地までの道のりはなんとなくわかる。
視覚やニオイ、そしておれの中に備わる野性のカンがおのずと答えに導いてくれる。
だから、道に迷うことはない。
追放された身でありながらヤツらの縄張り内にいるところを目撃されれば、因縁をつけられる恐れがある。
最悪、ケンカになりかねない。
大抵の敵なら返り討ちにできるが、あの
おれの心配をよそに、移動中、危険な存在に出くわすことはなかった。
休みなく移動しつづけ、ようやく廃工場に到着した頃――
すでに日は傾いて、青空は暮色に変わっていた。
呼びかけても、返事もなければ物音もない。
辺りは憎たらしいほどの静けさにつつまれている。
それまで乗っていた塀から下り、敷地を歩いて入口へ進んでいく。
薄暗い工場内に足を踏み入れて、中を探索しようとしたときだった。
――獣の息遣いを感じる!
目を凝らせば、積みあがったガラクタの上に一匹の猫がいるではないか!
マウティスはニヤニヤしながら、探るようなまなざしを向けてくる。
一瞬、コイツを叩き出してしまおうかと攻撃的な考えが湧く。
以前、このマウティスとは一戦交えた。
食えないヤツだが、ケガが治ったいまならば勝てない相手ではない。
マウティスは、さっさと帰れと言わんばかりに、だらんと垂れたシッポを左右に大きく振った。
おれは言葉もなく、身をひるがえして歩き出す。
だがハッとして振り返り、したたかな猫を見上げて問いかけた。
そこはおれたちが廃工場を拠点にしていたとき、多くのマタタビを収穫していた森だった。
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