第109話 真相

文字数 2,859文字




 静かなる真夜中。



 おれはひとり、和室の押し入れに籠って眠っていた。



 ところが、静寂を破って小さな音が聞こえてくる。



ム?




 耳を澄まして様子を窺うと、音の正体は明らかになった。



 接近してくるのは、足音だった。



あなた……



イザベラか……



こんなところにいたのね……




 おれは身を起こし、戸口をのぞき込んだ。



 イザベラはどこか悲しげな表情をおれに向けつつ、ゆっくりと部屋の中へ入ってくる。



 それから薄暗い押し入れの中に跳び込むと、おれのほうへ身を寄せてきた。



ごめんなさい、あなた……


寂しかったでしょう?




 イザベラの顔は、猫部屋で会話したときと打って変わって申し訳なさそうだ。



 あれほどニオイを嫌がっていたのにもかかわらず、おれの体を舐めてくれる。



なぜここに?

おれがいないほうがいいのではなかったのか?



いないほうがいいだなんて……、

あんなの本心ではないもの


あなたを遠ざけるために仕方なかったの……



おれを遠ざけるため?

なぜだ?



それにはワケがあるのよ


とにかく向こうの部屋へ戻りましょ




 イザベラは周囲を気にしながら、忍び足で移動していく。



 事情はわからないが彼女が警戒しているので、おれもひっそりとあとについていくことにした。



 猫部屋に着くと、ドアの隙間にスッと体を差し入れる。



 何時間ぶりかで、子どもたちのいる部屋に戻ってきた。



やはりみんなのいる空間は、ひとりでいた場所よりずっとあたたかく感じられるな



スヤスヤァ~


スヤスヤァ~



スヤスヤ


スヤァ


スゥスゥ


フィ~




 気持ちよさそうに眠る子どもたち。



 見ているだけで心が安らぎにつつまれる。



それで、ワケとはなんだ?

事情を教えてくれ



じつはあなたが手術で病院に連れて行かれたとき、ツートンがこの部屋の入り口までやって来たのよ



ツートンが?

一体、ヤツが何しに?




 ツートンは術後のおれをいたわってくれた。



 あのあと肩を並べて飯を食った仲でもある。



 これまで色々と揉め事はあったが、彼に対するわだかまりは解けたといっていい。



わたしがいるときに部屋にやって来たのは、おそらくツートンではなく、ワルだと思うわ



ワルが!?



ええ。

なぜワルが出現したのかわからないけど、彼がここへ来る前、階下でみつきと口論する声が聞こえたの


たぶんみつきと接触したことでイライラが発生し、ワルが出現したんじゃないかと思うわ



懲りずにみつきにアタックして、拒絶されでもしたのだろうか



かもしれないわね



それで、ヤツは何の目的があってこの部屋に近づいてきたのだ?



ワルはわたしを脅してきたわ


「オマエらは目ざわりだから、見せしめに子猫たちをいじめてやる」って



クソッ! アイツめ……!




 拳をふるって八つ裂きにしてやろうかと、怒りがこみ上げてくる。







仮に口先だけの発言だったとしても、イザベラや子猫たちを脅すとは許し難いぞ!


 


 さきほども言ったが、ツートンとは昨日の去勢以降、少し打ち解けた。



 だが、彼の中にいるその他のキャラは別だ。



 とくにあのワルは、トラブルを量産する問題児でもある。



 仮にツートンと無二の親友になったところで、ヤツが存在しつづける限り、平穏に落着することはないだろう。



しかし、意味がわからんな。

見せしめに子猫をいじめられなきゃならないほど、ヤツに何かした覚えはないというのに


ワルはおれたちの何が目ざわりだというのだ?



わたしたちが仲良くしているのが、相当不愉快みたい。

以前プレイルームで、アカリ婆とヒカリ爺にケンカを売っていたこともあったでしょう


単純に仲睦まじいのがムカつくっていうか、許せないんだと思うわ



フン、結局妬みか。

心の狭いヤツめ



その出来事のせいで神経が張りつめてしまって……。

帰宅したあなたのニオイがまるで別物だったこともあって、パニックになりかけたの


だけど、それだけであなたを遠ざけるなんてあり得ない。

あなたはわたしにとって、かけがえのない存在だもの


ヘタにワルを刺激すれば子猫たちだけでなく、あなたにも害が及ぶかもしれないと思って、一時的に離れてもらうことにしたのよ



そうだったのか。

おれはてっきり、よほどニオイがダメなのかと



たしかにメデアとイソルダはパニックになっていたけれど、わたしはあそこまで騒ぎ立てるほどではなかったわ


本当は離れていたからこそずっと一緒にいたかったし、あなたの術後の傷口を舐めて労わってあげたかった


でも、ワルのことがあって……、

不本意だけど、ひと芝居するしかなかったの



猫は耳がいいからやむを得ん。

事前に伝えるにしても、盗み聞きされる恐れもあるしな



ええ……



いまは大丈夫だろうか?



たぶん安全だと思うわ。

彼は人との共存生活が長いからか、深夜帯になるとガッツリ寝に入るタイプみたい


だからこの会話が盗み聞きされる可能性は低いと思うし、いまこうしてあなたと共に過ごしていても気づかれる心配はないと思うわ



なるほど



それで、提案なんだけど……


ひとまずワルを刺激しないよう、家族の触れ合いは深夜帯に留めておいたほうがよくないかしら?



いや……、

おれは時間を問わず家族と共にいたい


そもそもツートンがワルのキャラになっていなければ、こうしてイザベラと一緒にいても目の敵にされることもないのだ


だから、時間帯を限定せずともよいのではないか?



う~ん……



いっそ拳でカタをつけてしまいたいが、そういうわけにもいかんだろうか?



そうね。

それじゃ根本的な解決にはならないわ



ムゥ……。

ヤツがいる限り、火種は絶えんな




 いっそツートンがこの家から出ていってくれれば話は早いが、彼が里親へ行く話は流れたままだ。



なんにせよ、おまえに嫌われたわけではなくて安心した




 おれはイザベラの隣に腹を出してゴロンとなった。



 イザベラもおれと向き合ってゴロンと横になる。



あなたを嫌いになるなんて不可能よ


あなたは優しくて思いやりがあって、わたしにはもったいないくらいだもの



イザベラ……



紅様……




 じっと見つめ合ってから、互いの毛を舐め合う。



 イザベラはおれの体に触れても嫌そうな顔をせず、丹念に舌で毛を撫でてくれた。




 よかった……。




 この時間が戻ってくれて、本当によかった……。







なあ、イザベラ。

子猫たちと触れ合ってもいいか?



ええ、もちろんよ



やった♪




 ミヌ、カンタ、ヒスイ、まれ。



 みんなを起こさないよう、そっとケージの中へ足を踏み入れる。



 子猫たちに顔を近づけると、小さな体に頬ずりをした。



フゥ……落ち着くなぁ




 この時間を永遠に保存できたら、どれだけいいだろう。



聞くところによると、人間たちは『猫吸い』をして、猫から癒しを得ているそうよ



猫吸い?



ええ。

猫の体に顔をうずめてニオイを嗅ぐ行為を猫吸いというらしいわ



よし、おれもやってみるか



特におなかのあたりがいいらしいわよ



わかった




 おれは一番近くにいた、まれの腹部に顔をうずめる。



 小さな寝息を立てて横たわる、まれ。



フィー……



スー……ハー……


ああ、これはたまらん!

至福のひとときだぁ



ふふふ。

あなたのその笑顔を見ると、心が癒されるわ




 イザベラが嬉しそうに微笑む。



 と、そのとき――



 彼女の後ろでメデアとイソルダがモゾモゾと動き出した。




















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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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