第153話 かわいいあの子は誰の手に?

文字数 3,153文字





 おれのかわいい子猫たち。



 外は湿気にまみれの梅雨空でも、室内は子猫たちがはしゃいでいるから陽気な熱に満ちている。



追いかけっこミィー!



負けないミャー!



ヒスイが一番早いミャア!



ビリでもがんばるニィ!




 子猫たちの成長はめざましく、ヨチヨチ歩きはもう卒業だ。



 歩調はトコトコ歩きへと変わり、瞬発力や加速力も増してきている。



あとどれくらいこの子たちの成長を見守ることができるのだろう……




 ふと感慨に誘われて、かすかなつぶやきが洩れた。



 おれの独り言に反応して、イザベラが答える。



元来、親と子は離れ離れになるものよ


落ち着ける環境でおだやかに子育てできるだけでも幸せなことだわ



寂しくはないか?



いまは満足感で胸がいっぱいよ。

時間に限りがあるからこそ、一分一秒を大切に育てたいわ




 イザベラは子どもたちを見つめて微笑み、愉快そうにシッポを振った。



そうだな。

大切に育てよう




 イザベラの意見に同意はしたが、本音を言えば子どもたちと一緒にいたい。



 できることなら手放したくない……。



 だが、こればかりはどうしようもないことだ。



 子どもたちの未来のため、よい引き取り主を見つける。



 それがおれたち猫にとって、あるいは人にとって、最良の道であると思い直したのだから――。



いまのところ、パンフーの家にふたりの子猫が引き取られる予定になっているな



ええ。

ミヌ、カンタ、ヒスイ、まれ。

誰が引き取られるかは、まだ正式に決まっていないのよね



うむ……








考えてもわからんし、ひとまず下へ行くか



そうね




 昼食を取った後、イザベラと共に下へおりた。



 他の者達への挨拶と巡回とを兼ねて、家の中をウロウロする。



 リビングへ入ると、甘いニオイが漂ってきた。



 ダイニングテーブルを囲うオーハラたちが、菓子をつまんで世間話をしているようだ。



ねぇ、あなた。

オーハラさんたちが、うちの子について話してるみたいよ



ほぉ?




 背後に忍び寄って立ち聞きをする。



いまのところ幸田(こうだ)さんは、ミヌとまれを希望しているようね



はは~、そうじゃないかと思ったよ。

ミヌとまれはあの家の子どもたちにナデナデされてたもんね~



相性がいいのかしら



かもしれないねぇ



じゃあ、まだ他の子たちは決まってないんですね!



決まってないわよ。

希望者はたくさんいるけれど



その希望者の中から、里親候補者が選ばれるんですよね?



ええ、普通はそうやって選ぶものだからね。

幸田さんが例外だっただけで



そうですか……




 会話が止まったところを見計らって、おれは並んで椅子に座っているオーハラとトラヒコのそばへ寄る。



 二人の足元を行ったり来たりしながら、おれなりの〝おさわりしていいぞアピール〟を試みると……



あら、神猫様。

そばに来てくれたのね



こんなの初めてじゃないかな。

うれしいねぇ




 さっそく気づいたオーハラとトラヒコが身を屈め、おれのほうへ手を伸ばしてきた。



首の付け根がカユいのだ。

掻いてくれるなら、触らせてやってもいいぞ?



あらあら!

神猫様、シッポがピーンってなってる!



いまなら触れそうだよ?



そうね、チャンスだわ!




 二人の手がおれの額と顔に触れた。



いいコね~



かわいいね~




 頭を掻かれるのも悪くはない。むしろ心地がいい。



だが、いま求めているのは首根っこなのだ。

わかるか? 

オーハラ、トラヒコよ


おれの気持ちを汲んで、首根っこを掻いてくれ!




 軽くシッポを振りながら目で訴えると、二人は手の位置を動かして首回りをまんべんなく掻きはじめた。



 偶然にせよ、ちょうどカユいところに指が当たって、おれの抱えていたストレスは一気に解消される。



あぁ、気持ちがいい~♪



ふふっ、あなたのそんな姿が見られるなんて。

意外に甘えん坊さんなのかしら



あまりからかわないでくれ。

こんなところを見られるのは、恥ずかしいのだ


だがファーマは人間に癒しを与えてくれと言っていた。

飼い主と猫、互いに共存する者同士、こうした歩み寄りは必要だろう



そうね。

わたしも見習わなくちゃ




 すると猫オタが席を立ち、床に這いつくばった状態でおれのほうにすり寄ってくる。



かっ、神猫様ぁぁぁぁぁっ!


おれにも愛の触れ合いを~~~~~っ!



愛……?




 何を興奮しているのだ、おまえは。



 猫オタは、脈ナシのメス猫に少しでも近づこうとするオス猫ばりに片手を伸ばしてくる。




 が、




 おれは体を引いて、その暑苦しい動きをサッとかわした。



触るな!

もうカユいところはない!



うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!

また触らせてもらえなかったぁぁぁぁぁぁ!




 無意味に涙を放出させ、消沈する猫オタ。



 猫以上に猫背の姿勢をとって、そのままトボトボと部屋を出ていく。



あら、井伏くん……?



行っちゃったね……




 どうやら猫オタは洗面所へ行って、トイレに入ったようだ。



 しかし個室に籠ったところで、猫の聴力は些細な音を拾ってしまう。



 猫オタはトイレットペーパーをカラカラしながら、独り言をこぼしはじめた。



はぁぁぁぁぁぁ、俺の愛はまだ神猫様に伝わらないのかぁ……


神猫様をうちに迎えたかったけれど、オーハラさんたちが飼うことになっちゃったしなぁ……


せめて神猫様の子猫様を譲ってもらえたらなぁ……


ヒスイちゃん、かわいいよなぁ……


あんな子がうちに来てくれたら、人生バラ色だよなぁ……



――!


猫オタは、(ヒスイ)のことが好きだったのか……!




 おれはイザベラと廊下へ出て、洗面所の入り口で待ち伏せた。



 猫オタがトイレから出てくると、質問を投げかける。



おい、猫オタ!

おまえはヒスイが好きなのだな!?



あっ、神猫様!

今度こそ敗者復活的なチャンスをいただけるんですか!?




 会話が噛み合ってない気がするが、そんなのはいつものことだ。



 猫オタはおれの前にしゃがみ込んで、指先を近づけてきた。



 指の内側から、トイレットペーパーのニオイがする。



 そのような手でおれに触れようとするとは――!



やめろっ、ニオイをつけるなっ!




 おれは平手で猫オタの手をピシャリと打った。



あぁぁぁぁぁっ! 

やっぱり触らせてもらえないぃぃぃぃぃぃっ!



バカ者! 

そんなことで落ち込んでいる場合かっ!


いいからおれの質問に答えろ!




 しかし猫オタは愚図(グズ)っているばかりで、ちっとも話は先へ進まない。



 それからほどなくすると、猫オタはオーハラたちに呼ばれた。



 おれもそのあとを追いかける。



じつは折り入って相談があるんだけどね



はい?



井伏くん、猫を飼いたがっていたわよね?



飼いたいです! 

めちゃくちゃ飼いたいです!


飼えないままに死んだら、成仏できずに幽霊になるくらい、猫への想いは銀河級に果てしないですっ!



そうかそうか。

じゃあ神猫様の子どもの里親になりたい気持ちは、充分に備わっているわけだね



ええええええっ、神猫様の!?


いっ、いいんですか!?



ええ、さっきトラヒコさんとも話し合ったんだけれどね


井伏くんにはいろいろ協力してもらったし、きちんと面倒を見られる人だってことがよくわかったから



井伏くんなら神猫様の子を安心して任せられるって、結論に至ったんだよ



そうだったんですか!

いやぁ、うれしいなぁぁぁぁ!



希望の子は、いる?



でしたら、ヒスイ様を俺にください!




 猫オタのその発言は、おれにも理解することができた。



いきなりヒスイをくれだとぉ!?




 おれの全身の血は、熱く煮えたぎる。



貴様ァァァァァ――!







妙なところでぶつ切りとなりましたが、これは作者が趣向を変えてクイズ形式にしてみたかったからです


さて、「貴様ァァァァァ――」のセリフのあと、紅はなんと言ったのでしょう?




①ふざけているのかっ! 娘はやらんぞ!


②血迷ったか、愚か者め!


③おれにケンカを売るとは上等だ! 血祭りにしてくれる!



どれも似たような感じですね。

もう少しボケたかった気もしますが、あまりふざけるのもよくなさそうなので控えておきます


正解は、次回のお話で!




















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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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