第64話 おかしな猫の秘密

文字数 2,659文字





神猫様、おいで~




 おれを呼ぶトラヒコの声には温かみがあった。



 近づいても悪い扱いを受けるようには思えない。



 けれど……



……!




 ツートンのおかした悪事をおれが疑われるはめになり、心の中では不満が増大している。人の呼びかけに応じる気になどなれない。



 階段に留まったまま動かずにいると……


 

 ファーマがトラヒコの足元をするりと抜けて、階下へ寄ってきた。



ちょっとええか?

話があんねん



なんの話だ?



2階の猫部屋、行っとこか



わかった




 おれたち家族は先を行くファーマに続き、2階へ上がっていく。



あらら、ファ~マ~?


え~、みんなも行っちゃうの~?




 後ろからトラヒコの残念そうな声が聞こえてくる。



 少々ためらいが生じたが、おれは歩みを止めず進み、振り返りもしなかった。



 ファーマは猫部屋へ入ると、目と鼻を働かせて周囲に目を配る。



ツートンはおらへんようやな



ヤツはおそらく1階のプレイルームにいる。

かすかな寝息を立てて眠っているようだ



ほな、余計なのがいないうちに聞いとくわ



さきほどのことか?



せや。

ここの(ルール)は〝争い禁止〟と言うたはず


なんでツートンとモメたん? 



モメたというか、ヤツが一方的にグラスを落として割ったのだ



一方的に割ったぁ!?



そうだ



なんでや……、

なんでそんなことしたんや?



よほどおれが気に食わんからだろう


ツートンがオーハラの大切な物を壊したのも、おれをこの家から追い出すために違いない



出ていかせるって……



ヤツがそう企んでいるのだ!

おれにグラスを破壊した罪をなすりつけ、信頼を失わせ、ここから出ていかせようとな!



アイツ、しょうもないこと考えとるなぁ


けど幸いなことに、オーハラさんらはその手に引っかかってないで



同じことが繰り返されればどうなるかわからん


今回の騒動も、オーハラたちはおれの仕業と思っているようだからな



不当、ニャウ!


どうにもならないの?



疑いを晴らす(すべ)はない。

無実を証明するのは……はっきり言って不可能だ



納得いかない、ニャウ!



不服だけれど、どうしようもないわ


人に無実を訴えるよりも、二度とあんなことはしないようツートンに聞き入れてもらうしかないわね



言って聞くなら苦労はないが……



ツートンがそこまで底意地悪いなら、なに言うても結果は微妙やろなぁ


アタシや、アカリ婆やヒカリ爺ら古株が注意したって、聞く耳持たへんやろうし……



このままだと、いつかお父さんは追い出されちゃうの?



アタシにはなんとも言えんなぁ


せやけど、もしツートンの思惑どおりになったとしても、オーハラさんらが(くれない)さんをすぐ外へ戻そうとはせえへんはずや



なぜだ?



だって、去勢(きょせい)してへんやん



きょっ――






 去勢とは、オス猫が子作りするためのモノを切って、完全に機能を失わせることをいう。




ニャッハ!

みんな野良猫やから、驚くのも無理あらへんか


せやけどオス猫が保護されたら、去勢されるのは当たり前のことなんやで



むろん、噂には聞いているが……




 去勢……。



 オスには重い響きだ。



 局部が切り取られる場面を思い浮かべるだけで恐ろしくなるというか、股間にキィーンと痛みが走るようである。



そう、青い顔せんといてや。

去勢なんてみんなしとるで? 


大地はまだ子どもやったから未去勢やったけど、ツートンだって手術済みや


アイツのおしりの下にちっさいポンポンがついてるの、一度くらいは見たことあるやろ?

アレは元々タマやで



ああ……




 ファーマの言うとおり、ツートンは去勢している。そんなことは初見からなんとなくニオイで感づいていたことだ。



 だが、何かがおかしい。



 ツートンが去勢しているという事実に、強烈な違和感が伴う。




 なぜだ?



 なぜ……?




 …………なぜなのだ…………!?




キミにはぜひ、オレの子を産んでほしいんだ



――!?




 カチリ――



 記憶の中で欠けていた何かがはまって、音がしたようだった。



改めて聞くが、ツートンが去勢しているという事実に間違いはないのだなっ!?



あらへんよ



だが、ヤツはみつきに言っていた。

子を産んでほしい


イザベラもあの場にいたから聞いていたはずだ



あっ……!

たしかに、言ってたわ!



え……?

ナニナニ? どーゆうことなん?



つまり、だ。

ツートンは自分が去勢されておきながら、その事実を忘れているとしか思えない発言をしていたのだ



えええええっ!? 


そんなことってありえへんよ!

頭ボケてる並みにおかしいやろっ!



けど、ツートンはまだ若いし、ボケの兆候などないはずよ



原因はそんなことじゃない。

そもそもの問題は、ヤツの一貫性がなさすぎる態度にある!


おれに対し強気な態度でケンカを売ってきたと思ったら、急に弱腰になったり……


みつきに熱烈な想いを寄せていると思ったら、急に興味を失ったように冷めきった素振りを見せたり……



もちろん変な猫とは思っとったよ


けど、他に理由があるんか!?



考えられる理由はただ一つ


おそらく――ツートンの中には、別の猫格(キャラクター)がいる!



ええええええええっ!?



それって、二重猫格ってこと!?



果たして、二重で済むかどうか……



じゃあもしかして、多重猫格とか……!?


どっちみちキャラ濃すぎ、ニャウ……!



確たる証拠はないが、そうとしか考えられん


思い返してみると、ヤツのおかしな挙動もすべて辻褄(つじつま)が合うのだ



いままでおかしな猫とおもっとったけど、まさかそんな秘密をかかえたなんて……





 ファーマの発言を最後に、重い沈黙がのしかかってきた。



 みんな驚きの波に呑まれてしまって、言葉も出せずにいる。



 いずれ驚きの感情が去ったとしても、残されるのは謎ばかりだろう。




 その謎を奥底にかかえたツートン自身が真実をさとっているのか、おれには見当もつかなかった――。












あ、どーも。

近頃出番少なめのアイ・キャットでーす


念のためお伝えしておきますと、今回登場した

『多重人格(猫格)』の設定はフィクションです


昔、作者の家にいた猫さんには不思議な一面がありまして……


その猫さんは、

撫でられてゴロゴロいっていたら、突然ハッと目を見開き

「アンタ誰よ?」みたいな顔をする。

おなかをゴロンとみせて甘えてきたと思ったら、ゾンビから逃げるエキストラばりの猛ダッシュで走り去っていく、など他多数……


それを見て、キャラが安定しないというか、まるで二重人格みたいだな~と思ったエピソードから着想に至りました


その他の理由についても語りたいところなのですが、文字数が多くなってしまうので次回に持ち越すことにします


最後までお読みくださり、ありがとうございました。

それでは、また明日~
















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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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