第112話 決着

文字数 3,035文字





 メデアとイソルダは、果敢にワルに跳びかかっていく。



覚悟ぉぉぉぉぉぉっ!


思い知れ、ニャーウ!




 急接近する子どもたちを前にして、途端にワルのシッポがブワッと逆立つ。



 ワルは動揺しつつも後ろに飛び退く。



 子どもたちの突進をどうにか回避すると、



クソガキどもがっ!




 ワルの反撃。



 前足を乱暴にふるって、子どもたちを傷つけようと躍起になる。



メデア! イソルダ!

伏せろ!



ウニャ!


ウニャウ!




 メデアとイソルダは、勢い余って前へ倒れ込みそうになった。が、堪えてその場に踏みとどまる。



 空を切るワルの攻撃。



 両者の攻撃は不発に終わったものの、戦意は衰えず、さらなる一手をくり出そうと睨み合う。



 緊張状態も束の間、相手のすっかり膨張しきったシッポを見て、子どもたちはからかいだした。


 

でかいネズミみたい!

ビビりすぎ!


猫なのに、ネズミ……、

ネズミ猫、ニャウ!



アホなこと言ってんじゃねーぞ! ガキどもっ!



ガキ言うなっ!


そのガキに成敗されるクソワル、ニャウ!




 ふたりは同時に跳躍し、ワルに跳びかかった。



 メデアとイソルダのWパンチが、ワルを左右から挟撃するように襲いかかる。







喰らえーっ!


まずは腹パン、ニャーウ!



クソッ! 

すばやいガキどもめっ! 




 ワルめがけて突き出したふたつの拳が、相手の体を打ち据える。



クッ……!

威力はないが、ガキに殴られるとムカつくぜ……!



パンチ! パーンチ!


連続ネコパーンチ!




 とめどなく放たれる連続攻撃。



 ワルはかわすが、そのすべてをよけきれない。



 メデアの拳がワルの額を打ち、イソルダの平手打ちが頬を叩く。



こ――この小さな肉球のなめらかな感触は――!? 




 驚愕に揺れる瞳。



 体が傾き、勢いに押されてその場に崩れる。



知ってる……!

オレは知ってるぞ! 


このプニプニの感触を!




兄ちゃん……!


兄ちゃん……!




弟たち……!








兄ちゃん……!




妹……!








そうだ……!

オレには昔、こんなふうにじゃれ合う弟や妹が……いた!?



ついに、過去の記憶に触れたか!



イタアアアアアアアアッ!


頭が痛いぃいいいいいいいっ!



ちょっ――どうしたの!? 

ツートンってばさっきから様子が変よっ



子猫様たちがツートンにじゃれたと思ったら、今度はひとりで喚いてる……!



ツートン大丈夫!?



あのときと同じや! ゴマ団子が消滅したときと……!



ならば、とうとうワルが消えるということか……?



なんにせよ、誰も傷つかなければよいのじゃが……




 ワルは激しい唸り声をあげた。



 それは獣の咆哮にも似た、凶悪な叫び――。



オレを消すなど……させるものかぁぁぁっ!

怒りの力、思い知れぇぇぇぇぇぇぇっ!




 床にガリッと爪を立て、体を起き上がらせる。



 息つく間もなく、子どもたちへ襲いかかった。



クソどもがぁ! 

突き刺してやるっ!



触れさせはせん!




 おれは床を蹴って子どもたちの前に跳び込んだ。



 むき出しの牙が目前に迫る。

 俊敏に動けば、かわせる攻撃だった。



 だが、おれはよけない。



 相手をグッと睨みつけたまま、あえて正面から受ける。



……ッ!




 ワルの爪が毛を散らし、表皮をかすめた。



 横顔に痛みが走り抜ける。



神猫様!



ツートン、ダメだよ! 



本気のケンカはよくないよ!

お願いだから、仲良くして……!




 人間たちが注意しても、ワルは耳を貸す気などないらしい。



 おれの動きを警戒しながら、疑問をぶつけてくる。



なぜよけなかった!?



貴様がいつも先住猫を優先しろとうるさいから、一撃目を譲ってやったまでのこと



ナメるなぁぁぁぁ!



遅いわっ!




 おれの拳が閃く。



 勝負は一瞬。



 ワルの体ごと、視界の隅へはじき飛ばす。



ウガッ!



貴様はおれの訴えを無視した。

できれば穏便にカタをつけたかったが、話し合いに応じなかった貴様が悪い!


そしてツートンのためにも、消えてやってくれ!



ウウウゥゥゥゥゥ!


ウワアアアアアアアアアアアアアッ!




 這いつくばったまま激しく鳴く。



 部屋を突き抜けるような悲鳴が続いた後……



 やがて声が静まった。



 魂の抜けたような体が、何事もなくスッと起き上がる。



……




 すでにワルの気配はなかった。



 ギラついた雰囲気は、異次元に呑まれたように消え失せている。



 彼の顔には、闇の深淵にたゆたう霊がまとわりついたような濃い影が差していた。



シャドーか!?



そうだ。オレはシャドー。

ツートンの影をなす存在



ワルはどうなったのだ!?

ツートンの中から消えたのか?



ワルは消滅した。

もう二度と出現することはない



ホンマか!



驚きじゃのう。

とうとう消え去ったか



悪いヤツがいなくなって、めでたいことじゃ。

これからは争いも減ってくれるじゃろう



とはいえ、本当に消してしまってよかったのだろうか?



むろんだ。

ワルを消滅に導いてくれたこと、礼を言う



礼……?



ワルはツートンが過去に遭遇した悪しき人間たちに感化され、出現したキャラクターだった


つまりツートンにとって、最も好ましくない存在でもあった


ヤツをどう処置すべきか、オレは日々考えあぐねていたのだ



そうだったのか


しかし記憶に触れた者を消すばかりでは、いつまでもツートンは精神的に成長しないのではないか?



心配無用。

いずれツートンには、辛い過去と向き合えるときがくるだろう


オレはそのときまでに、できるだけツートンの精神状態を整えておきたかったのだ


ワルが消えてくれたことで他の者達との衝突は確実に減る。

(いさか)いが減れば、健全な精神が保たれやすくなるだろう



すべておまえのおかげだ、紅。

ツートンに代わって礼を言う



礼を言われるほどではない。

今回の件でもっとも活躍してくれたのは、メデアとイソルダなのだからな


ふたりとも、よくやった!



てへへ。やればできるもん♪


姉弟パワー、ニャウ♪




 メデアとイソルダは、うれしそうにシッポをピンと立てた。



 そこへ唐突に、ひとりの猫がこのプレイルームへと駆けこんで来た。



あなた! 



イザベラ!



心配で駆けつけてきたの……ハァハァ……。

この騒動を耳にして、メデアとイソルダが急に部屋から出ていってしまったから……


メデア、イソルダ!

無事でよかった……!



敵は撃退したから、もう安心だよ


お母さんと子猫たちをいじめるヤツは成敗した、ニャウ




 荒い息をつく母猫のもとに、子どもたちは歩み寄っていく。



 その姿がいつもよりひと回り大きく感じられて、ふとおれの心は感動に揺さぶられた。



子どもたちよ……、

すっかり頼もしくなったな




 体を撫でようとおれが近づくと、ふたりは顔を見合わせて顔をしかめる。



クサッ


嫌いなニオイ、ニャウ



なんだ、つれないな。

まだそんなことを言っているのか



だって臭い、ニャウ


お父さんのこと、嫌いになったわけじゃないんだけどね。

やっぱ臭いのはシンドイじゃん



そういうことを遠慮なく言わないでくれ。

他の者達もいるのだぞ



あ、みんながいるならちょうどいいかも





伝えておきたいことがある、ニャウ



伝えておきたいこと?



なんだそれは?



あたしたち、この家を出ようと思ってるんだ



は?



家を出る、だと……?




 気が動転して頭が真っ白になる。



 たとえかつての仲間たち全員に裏切られたとしても、これほどの衝撃は受けないだろう。



出るとは……野良に戻るつもりか?



ううん、そうじゃないよ


里親のもとに行く、ニャウ



里親のもとに行くって……



はあああああああああああああ!?


おまえたちは何を言っているのだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?




 全身が燃えそうなくらい、血が沸騰していた。



 百戦錬磨のおれでも、さすがにパニックに陥らずにはいられない。




 メデア! イソルダ!




 一体おまえたちに何が起こったというのだ……!?






















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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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