第124話 父猫は認めない

文字数 2,091文字





 日頃、子どもたちを見てきたおれにはわかる。



 いや、それだけではない。



 術後、さんざん臭いと嫌がられたからこそわかるのだ。



正直に言ってくれ。

そう悪い感じではないのだろう?



うん……



くっ……!

やはりそうだったか……!




 悔しさが胸にドッと押し寄せる。



 まるでおれを慕ってくれる子どもたちの感情を、根こそぎ奪われたかのようだ。



おのれ、ニオイでたぶらかすつもりか!

許せんっ!



たぶらかされてるわけじゃないと思うんだけど 



では、相手のことを心から良いと思うのか!?



それが、なんかよくわかんないの



よくわからんとは、どういうことだ?


おれたち猫の嗅覚は優れているのだぞ!?

ニオイで大抵のことは判別できるほどだというのに



だけど、あまりニオイがしないってゆうか



ニオイが……しない?



ウニャウ。

薄っすらと煙っぽいニオイがしたくらい、ニャウ



煙っぽいのか?



うん



さては怪しい香りで子どもたちを誘惑しようと企んでいるな!?



ちょっと、お父さん。

そんな決めつけてかからなくても


疑いレベルが(きわめ)、ニャウ



人間を容易に信じてならんといっただろう!


とにかくアレコレ言うより、おれも嗅いでみることにしよう




 さりげなく男に近づき、その背面にまわり込む。



 着衣に顔を近づけ、鼻からスゥーッと息を吸い込んだ。



……たしかに、ニオイが薄いな




 おれは相手の背中から下の部位に目を留める。



 男は正座という座り方をしているので、足の裏が無防備にさらされている状態だ。



 ついでに足のニオイもチェックしてみる。



こっちのニオイもだいぶ弱いな




 なぜだ?



 おれの鼻が突然()かなくなったとは考えにくいが……。







もしかすると、服も靴下も新品なんちゃう?



新品?



ザックリ言うと、一度も着てないってことや


人によっては、わざわざ新しい服着てくるのもおるんや。

他の犬猫のニオイがついとると、猫が嫌がるとおもってな



そうなのか


つまりこの男は、そこまで猫のことを気遣っているというわけか?



たぶんな。

せやから怪しいヤツちゃうと思うけど




 するとファーマの発言に対し、アカリ婆とヒカリ爺が会話に交ざって意見する。



いや、そう判断するのはまだ早いぞぃ



警戒は怠らんほうがよい。

世間にはいろんな人がいるからのぅ



さすが先輩。

もっともな言い分や。

気遣い上手のフリして、悪巧みしてないとは言い切れへん



だとしたら……許せん!




 おれは男のツヤやかな頭部を睨みつけた。



 ふと横から視線を感じ、見つめ返せば……



 メデアの顔には、ほのかな笑みが浮かんでいる。



ねぇ、お父さん。

なんかこの人のニオイ、悪くなさそうな気がするがするよ



なっ……何を根拠に!?



煙のニオイを嗅ぐと、前に住んでた廃工場を思い出さない?



言われてみれば……。

あの廃工場には煙のニオイが染みついていたな



ね? 

親近感湧いてくるでしょ?


懐かしい、ニャウ……




 しみじみしたのも束の間、ムカムカと不快感がこみ上げ、現実にハッと引き戻される。



 次の瞬間、全身の血がカッと燃えあがった。



このままではおれの子どもたちが、あの毛無し男のモノになってしまうではないか~~~~っ!


ぐぬぬぬぬっ!

許さぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!




 強烈な怒りが爆発し、気づけば男の背中に爪を立てていた。



おっ、お父さん!



あっ、すまん! 

つい感情が高ぶってしまった……!




 服の繊維を貫くように食いこむ爪。

 それなりに厚みのある生地のおかげで、皮膚を刺してはいない。



 だがおれの知る限り、人間は激高しやすい生き物だ。



 おれは男の背中から手を離し、身をひるがえす。


 

おまえたち、一旦退くぞ!



ウニャ!


ウニャウ!




 みんなで床を蹴って駆けてゆく。



 自分で言うのもなんだが、猫の逃げ足は速いのだ。

 


 男が振り返ったとき、おれたちの姿はほぼソファーの裏側に隠れていることだろう。



後ろに何かいると思ったら、やっぱり猫だったんですね



サッと走っていっちゃいましたね



すごい勢いだったよ、バババッって



とても追いつけそうにないわねぇ



あの猫さんたちは、とくに俊敏なんですよ



俊敏なうえにパワーもありますね




 男はおれが爪を立てた背中を撫でさすりながら笑っている。



 意外だ……。



 大げさに痛がって、こちらの非を責めるつもりはないらしい。



お父さんってば、いきなり刺すんだもん。

ビックリした



おれもだ



エッ?


自分でやったのに、お父さんもビックリしたの?



それだけおまえたちが愛おしいのだ


いかに自制を心がけても、感情が乱れるのは止むを得ない……




 言い訳っぽく聞こえるかもしれないが、これでもだいぶ抑えているつもりだ。



 相手が誰であれ、我が子が関われば冷静ではいられなくなるもの。



 他の父猫(ヤツ)らはどうだか知らないが、おれはどうやらそういうタイプの親らしい。



とはいえ――


子どもたちのためを想ってこの場にいる以上、非がない候補者にちょっかいをかけるのはよくないな……




 もし、あの毛無し男の決意に揺らぎがなく、うちの子たちの里親になりたいのなら――



 おれとて本当にそれに値する人物であれば、涙を呑んで譲ろうと思う。



 だが、微塵もふさわしくない人間だとしたら――……



おれが貴様の本質を徹底的に見極めてやる!


覚悟しておけ!




























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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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