第120話 父猫はダメ出しする

文字数 3,162文字




 洗面所で里親候補者の女の話を聞いていると――



 入り口に長毛種の猫がふわりと毛を揺らして現れた。



 ファーマだ。



 そのそばには、アカリ婆とヒカリ爺もいる。



話は聞いたで



声がやかましいから、廊下からでも聞こえたぞぃ



どうしようもないことをグズっているようじゃのぅ



さきほどからこの女は何を嘆いているのだ?



要点をザックリまとめるとやな


金を節操なく推しキャラにつぎ込んだ結果、家がグッズまみれになっとるらしいわ



家がグッズまみれに……?



せや。

あげくにそれを他人に見られとうないんやと


もし見られれば汚部屋と思われ、大事な推しキャラグッズを人目に晒したから(けが)れる、ホンマにそう思い込んどるようや



ただの被害妄想ではないか



そうやけどなぁ。

本人に被害妄想って自覚があらへんようやから困った話やで



さっきオーハラさんたちに、部屋に入られるのは納得いかない、などとゴネていたがのぅ


要は自分の住んでいる部屋の状態がヤバいから見られたくないだけだった、というわけじゃ



自分の身を案じる気持ちはわからなくもないがのぅ


残念ながら自分のことばかり気にしているようじゃ。

最優先にすべき子どもたちについては、あまり語られておらんかったのぅ



つまり里親にはふさわしくないということだな?



ん~金があるのはエエけどなぁ



部屋を片づければよいというものでもないのか?



あれだけ沼落ちしとる人間に、推しキャラグッズのお片づけは無理そうやけどなぁ


なんでも手元に置いて、グッズに囲まれてることに生き甲斐を感じるらしいからな



その推しキャラとは何なのだ?



ザックリ言うと、めっちゃ大切なモノや


推しキャラに関わるモノを推しキャラグッズいうねん


昔アタシがまだ猫カフェにいた頃、バイトに似たような子がおってな、気に入ったモノに金をつぎ込んで、グッズ片手に布教までしとったわ



そのようなものが部屋中に溢れかえっているのか



らしいで



ふむ……




 おれたちが話していると、またしても女がグズりはじめた。



アァァァァァァァァ……

落ちるぅぅぅぅぅぅ……!


部屋に入られるのはイヤだし、誰かに見られるのもイヤだし……


うちにある推しグッズを見られたら、あのキャラクターは露出が高いだとか、フシダラだとか非難されるに決まってる……




 女は涙を拭って天井を見上げる。


 

 脳裏に何かを思い描いているのだろうか。



 すると表情がみるみる一変し、口元には薄っすら笑みが浮かびはじめた。



アタシに生き甲斐をくれた、

『フォーK・マスター』


レイヤーになるキッカケを与えてくれた、

『ズルむけシスターズ』


あの尊さは、一般人には理解できない!


ハマりこんで、等身大フィギュアも購入した。

それでは足りず、特注フィギュアまで作らせた


特注の等身大フィギュアは、ほぼ全裸!

そんなのがうちにはゴロゴロしてる……


……



人目に触れたら最後、

「コイツやばっ」て確実に通報されるヨォォォォォォン!



それでお廻りがうちに来て――




卑猥なフィギュアを所持していると通報がありました。

念のため室内を確認させてもらえますか?




とかいって、部屋に押し入ってくるんだぁぁぁぁぁ!


ヤメテェェェェェェ! 

見ないでぇぇぇぇぇぇ!

汚されるぅぅぅぅぅぅ~~~っっっ!



やかましいっ!



ヒョッ……!?




 おれが声をあげて鳴くと、女は口をポカンと開けたまましゃべるのをやめた。



それほど大事なモノなら、一生隠し持っていればいいだろう!

その代わり金輪際うちの子どもたちに関わるな!


以上だっ!

とっとと帰れっ!



えっ……?

ニャンコさん、怒ってる?



そやで。

アンタが里親候補者としてビミョーやから、父猫(パパ)さんご立腹なんや



もしかしてアタシ……猫にダメ出しされてるのかな……?



そなたは猫が好きなのじゃろう?


だったらボランティアの活動にケチをつける前に、荒れた部屋をどうにかしたらどうじゃ?



自分のことばかり気にしていると、まわりが見えなくなるぞぃ


猫は生き物なのじゃ。子猫がいれば、当然親猫もいる。

少しは親目線になって、引き取るコのことを考えてあげたらどうなのじゃ?



ギョッ……!




 女はようやくおれたちの視線が自分に集中していることに気づたようだ。



 そそくさと姿勢を正しはじめる。



……ゴ、ゴゴゴメンナサイ!

戯言でした……!


推しも大事だけど、ニャンコも大好きだから、引き取ったら大切にするつもりデス!


だから、あのコたちをアタシに譲ってください……!



断るっ!



ギョエッ!?

なんか、めっちゃ牙剥かれてる……!



おまえはバカか!? 

人間だったらもっと頭を働かせて、先々のことを想像してみろ!


仮におまえが猫を引き取ったとしてだ――


それほど大事な推しキャラグッズを、もしも猫にボロボロにされたら、おまえは耐えられるのか!?



……



さきほどはおとなしくしていたが、メデアとイソルダは活発な子どもだ。

姉弟ゲンカもしょっちゅうする


おそらく何かを破壊されるのは、一度や二度では済まないだろう


たとえ注意してやめたとしても、猫は気まぐれな生き物ゆえ悪びれないところがある。

いつ同じことを仕出かすかわからんし、それ以上のことを引き起こさないとも言い切れん


そんな状況にも辛抱できる忍耐力が、おまえにあるのか!?



……う……まだ怒ってる……



紅の言うとおりじゃ。

大事な物を壊されたら、誰だってショックは受けるもの


まずはそのような事態に陥らぬよう、自ら進んで配慮するのが肝要じゃろう



そうじゃな。

あちこち物ばかり置いてあっては、猫にとっても人間にとっても災いの元


破壊は尽きんし、トラブルが絶えんじゃろうな



里親候補者の女よ、おまえにうちの子をやるつもりはない


だが、どうしても猫が欲しければ、それなりの環境を用意することだ



せやけど、家じゅうグッズまみれなんやで?

ちょっと片づけたところで、大差ないやろ



いや、金持ちならできるはず!

次にここへ来るときは、推しグッズとやらを置いてない家を、もう一軒用意してからにしろ!


そしてその家は、猫だけの専用空間にするのだ!

わかったなっ!?



にゃっは! 猫専用ハウスか。

ついでに使用人もつけてーな



……




 果たしておれの心はどれだけ相手に通じたのか――。



 女は目を閉じ、深々と息を吐いてからまぶたをひらく。



よくわかんないけど、すごく胸に刺さった気がする……


一人でしゃべったからかな?

それとも、ニャンコちゃんたちのおかげかな?



いや、しいて言うなら子を想う親ゴコロのおかげじゃろう



ホッホ、そうじゃな



否定はしないが、おれがこうして意見を言えるのも、みんなが人の言葉を教えてくれたおかげだ


ファーマ、アカリ婆、ヒカリ爺。

いつも助かっているぞ



ホッホッホッ。

様子を見に来て正解じゃったな



うむうむ。

役に立ったようでなにより



コトバの通訳ならまかしとき!




 微笑みを交わし合うおれたち。



 それを見ていた女が腰を上げて立ち上がる。



かわいいニャンコにワンちゃんたち……、

偶然かもしれないけど、そばに来てくれてありがとね


しましまニャンコさんに怒られたおかげで、自分の言い分が間違いだったことに気づけた気がする


一旦家に帰って、よく考えてから出直すことにするね



ああ、それがいい




 こうして、おれは軽率な里親候補者の考えを改めさせることに成功した。











じつはこのあとお昼すぎに、もう一組面談に来る予定なのよね



あぁ、そうだったね



いまのうちにお昼ゴハンにしましょうか



うん、そうしよう


ニャンズや~。ゴハンだよ~



ドキドキして、ゴハンどころじゃないんだけど


ウニャウ。

次はどんなのが来るんだろう……?



いま考えていても仕方がない。

しっかり食べて、しっかり動いて、ストレス発散しておくんだぞ



は~い


は~い




 エサ場へ駆けこむ子どもたちを微笑みながら見送る。



里親が決まれば、あの子たちはいなくなってしまうのか


寂しいな……




 ふと、心に悲しみが湧きあがる。



 歩みは止まり、その場から動く気力も失われてしまった。




























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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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