第9話 馳走にあずかる

文字数 2,711文字





 猫オタの住処(すみか)に入ると、おれは五感をフル稼働させ、異常はないかチェックをはじめる。



あなた、家に入ったら危ないわ。

一体、何をされるか……



大丈夫だ、イザベラ。

これといって、おかしなところは見受けられんぞ


むしろ奥の部屋からは、たくさんの食べ物のニオイがしてくるほどだ


そのすべてをいただけるわけではないだろうが、猫オタの(てのひら)にあるキャットフードは食べつくして問題ないだろう



わーい


(むさぼ)る、ニャウ




 前のめりになって、キャットフードにかじりつく子どもたち。



うみゃい!


おかわり、ニャウ!



俺の掌でお猫様方が食事を……!


はあぁぁぁぁああ! 

嬉しすぎて目から洪水が……!




 猫オタは目からダラダラと汁をこぼし、頬を濡らしている。



雨脚も強まってきたし、中で雨宿りさせてもらおう


イザベラ、メデア、イソルダ。

こっちへおいで




 猫オタの後ろに立って意図的に声を出して鳴くと、



お、お呼びでしょうか? 

お猫様……!




 彼は振り返って、おれのほうへ近寄ってきた。



別におまえを呼んでなどいない




 ただおれがおまえの興味を惹いているあいだに、妻や子どもたちに移動してほしかっただけだ。



 猫がどんなに俊敏性に優れていても、ジャンプ中にちょっかいを出されたら、ケガをするかもしれんからな。



 おれの意図どおり、メデアとイソルダが隙に乗じて窓から跳び込んできた。



ニャー!


ニャーウ!




 子どもたちが無事入室すると、最後にイザベラが跳ぶ。



ふぇいっ!




 全員が柔らかい足場に着地すると、猫オタは信じられないものを見るかのように声を弾ませた。



うわぁぁぁぁぁぁ! 

家の中にお猫様が4体も……!


こんな奇跡ってあるのか~~~っっっ!?




 猫オタはとてもうれしそうだ。



 ろくでもない人間もいるが、イザベラの見立てどおり、この男はただ猫を飼いたがっている猫好きかもしれんな。



なぁ、イザベラ。

もしかすると、コイツがおれたちの求めている良き人間なのだろうか?



なんともいえないけれど、まだ結論を出すには早いんじゃないかしら?



それもそうだな




 室内に入ると、子どもたちはスンスン鼻を働かせて、室内を隅々まで探索してまわる。



ネズミのニオイ、しないね。

嗅いだことのないニオイがいっぱい


刺激的、ニャウ



目の前にお猫様が……!

ああああっ! 改めて感動を催さずにいられないぞぉ!


あっ、そうだ!

この素晴らしいお猫様方を、写真に収めておかなくてはっ!




 猫オタは台の上にあった四角いモノをひったくるようにしてすばやく手に持つと、それをおれたちのほうへ向けた。



 一瞬の間を置き、カシャっと耳障りな音を発する。



……もしやいまのは、カメラというやつか?



たぶんそうよ



人間はカメラを使うのが好きだな。

町をうろついていると、たまにこんな場面に遭遇するぞ



あれって、何をやってるの?


呪い、ニャウ?



呪いじゃないわ。

正確なことはわからないけれど、あのカシャッをやった人間は、たいていうれしそうにするのよ


いまもホラ、あのとおり――



うおおおおおおおおおおおおおおおおっ! 

なんという愛くるしさ! 


保護猫を断られた傷心が噓みたいに癒されていく~~~!

まさにベホマ並みの回復力といっても過言じゃない!


いや~ホント、猫は実物でも写真でもなんでもかわいいな!

とくにこのシマシマ柄のお猫様は、美々しすぎて直視できかねるほどだぞ!


……ん?




 猫オタはこちらに寄ってきて、じっとおれの体を観察する。



なぁあんちゅーこった!

神の御体のいたるところに傷があるじゃないかっ!


おのれ、誰がこんなことを!?

もしこれが人間の仕業だとしたら許せん!


俺の怒りを力に変えて、下水処理場に突き落としてやるっ!



またしても激高しているようだが、大丈夫なのかコイツは



……たぶんね




 言いながらも、イザベラは猫オタから離れて距離を取りたそうだ。



 一方猫オタは、カメラとして使っていた四角いモノを握りしめると、それを台の上に置いてフゥーと深呼吸をした。



落ち着け。興奮している場合じゃないぞ。

このお猫様には、傷の洗浄が必要だ


とはいえ、うちに猫に塗れるような薬はないからな。

ひとまず水で患部を軽く拭く程度の処置はしておくべきだろう



……?



傷口やその周辺に付着した汚れを落とすだけでも回復を早める効果があると、本に書いてあったからな


けど、思っていたより傷がひどかった場合は病院へ連れて行くしかないぞ。

だが、もう診療時間は過ぎているだろうし……



病院……?



いや、悩んでいても仕方ない。

やるだけやってみよう




 猫オタは独り言を繰り返しながら別の部屋に行ってしまった。



 奥の部屋からは、扉ごしにジャーと水の流れる音が聞こえてくる。



イザベラ。

あの男は何をしようとしているのだ?



断言はできないけれど、おそらくあなたのケガを治そうとしてくれているんじゃないかしら?



おれのケガを……?




 戻ってきた猫オタの両手には、器が二つ握られていた。



 片方は透明だから、水面がユラユラしている動きをなんとなく把握できる。



お猫様方。これは水です

傷口を拭く前に、よろしければお飲みください



……飲んで安全か否か、確かめろということか?




 よくわからんが、おれは足元に置かれたその容器に口を近づけ、やや慎重に舌を動かす。



ゴクリ……


飲みたい、ニャウ



おぉ、これはっ!


外の水と風味は違うが、毒気もないし、口当たりがいいぞ!

おまえたちも遠慮せずに飲むといい




 さっそく水を求めて容器のそばに群がる姉弟猫。



 舌先で水をピチャピチャはじいて、潤いとは無縁だったノドに水分を与える。



ホントだ。

砂とか混ざってなくて飲みやすい!


体に良さそう、ニャウ!



イザベラ。おまえも飲んだらどうだ? 

移動ばかりでノドが乾いているだろう



……


わたしは、やめておくわ




 イザベラは窓の下にじっと佇んだまま、水の容器に近づこうとしない。



 やはり人間恐怖症の影響が表れてしまっているようだ。



うぅっ……!

こんな見ず知らずの俺でも信用して与えたものを飲んだり食べたりしてくれるなんて……!


なんて、良い方々なんだ……っ!



いっそ、うちの猫になりませんか!?



……



……



……


……








スミマセン。

興奮のあまり、図に乗りました……!


いきなりうちの猫になってと言われても無理ですよね。

まずは少しずつ距離を縮めていかないと……




 猫オタはその場にしゃがみ込み、おれの目線に合うように大きな体を縮めた。



 まるで潰れかけたダンボール箱のようだ。



さてさて、お猫様。

それでは水に濡らしたティッシュで傷口を洗浄しますよ




 そうしてゆっくりとこちらへ水気を含んだ白いモノを近づけてきた。



……!?




 なんだ!?



 猫は水に濡れるのを嫌うと知らんのか!?




 おれの身に、なんともいえない緊張が駆け抜けていく……。






















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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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