第144話 動かぬ心
文字数 2,833文字
〝アンチクンは人間嫌い〟――
という事情を知らない猫オタは、この状況を理解できなかったようだ。
口をポカ~ンと開けたまま、カメラ代わりのスマホをポケットにしまい込む。
再度アンチクンに向けて、ネコじゃらしを振った。
だが――
アンチクンは、ムッとしたまま動かない。
警戒心の強い猫なら、唸って威嚇する行動に出てもおかしくない場面だ。
猫オタは手を止めて考え込む。
ドアを開け放つと、部屋を出てリビングのほうへ向かっていった。
入れ替わりで、ファーマとエンドレアが入ってくる。
エンドレアは気取った素振りでアゴをツンと上げると、目線をスッと動かしアンチクンに目を留めた。
丸みのある顔を凝視するその表情が、パッと輝きだす。
アンチクンは頭をブルブルと振った。
ヒト絡みの話に対する
彼の動作に合わせて、ケージの中に散った小さな爪の研ぎカスがわずかに舞った。
やはり、そう悪い扱いを受けてはいないようだ。しかし人間嫌いの視点で物を見ると、かなり違ったふうに感じられるのだろう。
なんにせよ、白黒つけるには判断材料が乏しすぎる。
ケージのそばに寄っていくエンドレア。
あきらかに引き気味の様子でアンチクンはじりじりと後退していく。
そこへオーハラと猫オタが戻ってきた。
オーハラはアンチクンに話しかけながら、ケージ越しに小柄な体をまじまじと観察する。
一方アンチクンは、見るからに不快げな目をしてオーハラの問いかけに応じている。
おれはそれとはまったく別のところで、アンチクンに感心した。
おれも人間と半年も過ごせば言葉の理解力が高まるのだろうか……
と、あらぬ想像を広げているうちに人々はテキパキと動きはじめた。
嫌がるアンチクン。
オーハラと猫オタがケージから出そうとする。
アンチクンはその端に寄って、例の爪研ぎに指先を引っかけた。
けれども、根がおとなしいアンチクンは、それ以外に抵抗らしい抵抗をすることもなく、すんなりとキャリーバッグの中に収まった。
その中でジタバタもがくこともない。
日頃から人の都合に合わせて我慢しているというだけあって、鳴きもせずおとなしいものだ。
しょんぼりうつむき、玄関へ運ばれていくアンチクンを見送る。
エンドレアは悪ノリして妄想めいたことをほざき始める。
それからおれは、家族のいる猫部屋に戻った。
子どもたちに出迎えられると、ついうれしくて笑みがこぼれる。
イザベラは部屋の外に設置してあるトイレを使用することもある。
だが子どもたちが心配するほど時間を空けているのは、あきらかに変だ……
おれは回れ右をして廊下へ跳び移る。
イザベラの気配を探るため、耳を澄ませた。
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