第33話 トラヒコさん

文字数 1,920文字





 ちょうど話が一段落した頃だった。



 部屋の外から人間の声が聞こえてきた。




ニャンズや~



ニャンズや~




 何かを呼んでいるのだろうか。



 声はさきほど玄関口から聞き取った中年男性と同じものだが……



トラヒコさんが呼んでるわ



トラヒコ?



ここで犬猫ボランティアをやってる人よ。

オーハラさんの相方さんなの



ということは、ふたりは夫婦なのだな



そうみたい。

(はた)から見ている限り、夫婦仲はそれなりに良好のようね



せやなぁ。

たまにふたりで一緒に歌なんかうたってるし


あまりケンカせえへんから、同居してるアタシらには都合ええで


ギスギスされると、居心地悪くてかなわんからなぁ



疑問なのだが、このマジカル・ニャワンダのボスはオーハラとトラヒコ、どちらなのだ?



ボスかぁ……


家にいる時間なら、オーハラさんのほうが長いけれど



そやなー。

トラヒコさんは、仕事で家におらへん時間も結構あるからなぁ



では、ケンカが強いのはどっちなのだ?



えっ、ケンカ!?



殴り合いニャ~!


血みどろニャ~!



腕っぷしなら、どっちも強そうやで



へぇ~、両方強いんだ~


夫婦バトル観戦したい、ニャウ



こらこら、変なことばかり言わないの。

ここではどちらがボスかなんて、関係ないのよ


郷に入っては郷に従えというのが、人間社会の教えなのだから



たしかにそのとおりだな




 納得した直後、ドアの隙間が外からグッと押し広げられた。



 代わりに空いた隙間を埋めたのは、一人の人間だった。



 例のトラヒコとかいう人物だろう。



ファーマ! アミ!


こんなところにいたんだね



うん、みんなに自己紹介してたの



トラヒコさんの逢いたがってた、(くれない)ファミリーやで



オホッ!?


君たちはあの公園にいた猫たちじゃないか!




 実際に猫たちと会話しているかのようなタイミングの良さでおれたちに気づくと、人間は驚きの声を発した。



逢えて光栄だよ~!




 よくわからんが、トラヒコという男はおれや子どもたちを見ながらケージのそばに座る。



 その口調は、まるで心許せる親友に語りかけるかのようだ。



 笑みがこぼれる口元からは、白い牙……ではなく、白い歯が整然と並んでいる。



いやぁ、まさか本当にファミリーで来てくれるとはうれしいねぇ


じつはさっき散歩に行っているあいだ、うちの相方さんから連絡を受けてたんだけどね


老眼鏡を持ってなかったから、スマホの画面になに書いてあるのかほとんど読めなくてさぁ



ス……マホ…………?



それにしても、こんなサプライズが用意されていたとはねぇ~


あの公園で君たちを見たときは、長丁場(ながちょうば)になるかなと覚悟していたんだけど



公園……?


そうか! 

この男もあの場にいた連中の一人だったのか……!



ゲッ、最悪……!


危険人物、ニャウ……!




 イザベラが連れ去られた出来事は、いまだにおれたちの心に苦い思い出としてわだかまっている。



 その件に関わった相手となると、やはり怒りをおぼえずにいられない。



おのれ……!



ははは。

そう睨まなくても大丈夫だよ


君たちのお世話は、僕らがしっかり責任を持ってするつもりだから



何を言われようと、許さんぞ……!



……



……


……



そう気張らず、安心していいんだよ


〝あ・ん・し・ん〟

おじさんの言ってること、わかりづらいかな?



許さんぞ、許さんぞぉ……!



……



……


……




 たちまち周囲は一色触発の険悪ムードにつつまれる。



 指先でちょんと(つつ)けば破裂してしまいそうだが、トラヒコはそれを無視するかのように愛嬌を振りまいた。



みんなに逢えて、すごくうれしいよ。

この喜びを歌にしてみたから、ぜひ聴いてほしい



エッ、歌……!?



なぜ歌う必要がある……!?



それじゃ、いっくよ~!




 トラヒコは鼻からスーッと息を吸い込み、天井を見上げて声を張った。



ニャ~ニャ~ニャ~♪

ニャ~ニャ~ニャ~♪


ニャ~ニャ~♪

ニャ~ニャ~♪


ニャ~ニャ~ニャ~♪

ニャ~ニャ~ニャ~♪


ニャニャニャ~~~~~ン♪



ふぅ……


この曲は『アメイジング・グレイス』といって、〝神の恵み〟に目覚めた個人の想いを(つづ)ったものなんだ



アメ…………イス…………?








君たちに出逢えて、まさに僕もそれに似た心境だったんだよ


どうだい?

この胸の気持ちが、君たちに伝わっているといいんだけど




なに、あの歌……



なんか力抜けてきた……


音痴な予感、ニャウ……



とてつもなく不愉快だ…………!



ははは。

もしかして、感動して声も出ないのかニャア~?



やかましいっ!




 おれはとうとう(こら)えきれず、金属の格子から片手を突き出した。



 その顔面へ、ビシッと猫パンチを喰らわせる。



フニャ……。

怒られちゃった……




 トラヒコは、面目なさげにしょんぼりとうつむいた。



まったく……、

ほんの一瞬でもこの男が良き人間と期待したおれがバカだった……!


 



















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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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