第14話 不穏な動き

文字数 1,856文字




 闇にまぎれていたおれの体は、すでに人目に晒されているはずだ。



 人間たちはこちらのほうへ明かりを向けながら、ボソボソと囁き合う。




 ……一体コイツらは何しに来た? ただ写真を撮りに来たのか?



 しかし、あのカシャッという音はしていないぞ。



おいっ!

貴様らはおれたち家族に何をしようとしているのだ!?


答えろ!

狙いはなんなのだ……!?




 問いかけたところで、言葉の壁が沈黙となってのしかかってくる。



 おれの目から人間の姿は、闇に呑まれてほとんど見えたものではない。



 声を通じて感じ取れる情報も、せいぜい相手は大人、といった程度にとどまる。



 もし攻撃を仕掛けてきたならどう対抗するか、そう考えはじめた矢先のこと――



 唐突に人間たちは身をひるがえして、その場を去っていく。



どういうことだ……?




 それでいて帰るわけでもなく、人間たちは園内に留まって、ガタガタと耳障りな音を立てだした。



何かを設置しているのか……?



そのようね。

あれはおそらく、捕獲器(ほかくき)


あの人間たち、わたしたちを捕まえるつもりなんだわ……!




 イザベラが茂みの中を抜け出して、おれのそばに寄りながら言った。



捕まえるだとっ?


パンフーはイイコトがあると言っていたが、アレのどこがイイコトなのだ!?



う~ん、イイコトかどうかはわからないけれど……


あの捕獲器の中には、猫をおびき寄せるために食べ物が入れられるはずよ


捕獲器が公園に設置されつづける限り、食べ放題ってところが良いところかしら?



なるほど。

店の売り物を盗むよりも楽そうだな




 好奇心に背中を押され、おれは捕獲器のほうへ歩み出すが――



待って、あなた!

噂に聞いたことがあると思うけれど、捕獲器は中に入ると閉じ込められてしまうの!


罠が仕掛けられているから、中に閉じ込められないよう注意して入る必要があるわ!



ほぅ、罠か。

罠を回避するための注意とは、どのようにすればいいのだ?



わたしが行って、手本を見せるわ



よせ、イザベラ。

おまえはおなかに子どもがいるではないか



大丈夫。わたしを信じて



しかし……



仮に中に入っても、食べ物に何か混入されているようなら食べないから



ホントに平気なの?


危険、ニャウ



安心なさい。

あなたたちより経験を積んでいるのだから、あれくらいどうってことないわ



わかった。

おまえがそこまで言うのなら任せよう



ありがとう、あなた。

それじゃ、ササッと行って済ませてくるわね



気をつけるんだぞ




 イザベラの笑顔に微笑みで返しつつも、自分のこと以上に気が張りつめる。



 人間たちはもう園内から立ち去っているようだが、かといって安全とは言い切れない。



大丈夫かな、お母さん……


不安、ニャウ……




 彼女のことを信じてはいるが、緊張せずにいられなかった。



 息苦しさを感じながら、その動きを祈るように見守る。







 十数メートル先の捕獲器へ、慎重に進んでいくイザベラ。



 金属の囲いへ近づくと、片方の前足をそろーっと動かして、ゆっくりゆっくりと中へ入っていく。



 時間をたっぷりとかけて、イザベラはその体を完全に捕獲器の中へと収めてしまった。



 いま後ろの扉が閉まれば、彼女は檻の中に幽閉されてしまうだろう。



イザベラ、無理はするなよ……




 おれの心配をよそに、イザベラは捕獲器の最奥にある小皿へスッと首を伸ばす。



 ニオイを嗅いで吟味したのち、キャットフードに口を寄せ食べはじめた。



 カリッカリッ……と、小気味いい音が拍手のように鳴る。



 一方捕獲器に仕掛けられていたはずの罠は発動することなく、存在の意義を彼方に押しやられている。



キャットフードの味に問題はないわ


さっき猫オタが出してくれたゴハンを無理して我慢してしまったから、つい食べすぎちゃうわね 




 と言いつつも皿の上のキャットフードを半分以上残して、イザベラは捕獲器から出てきた。



イザベラ、すごいぞ!

よくやった!



ふふ。紅様に褒められるなんて、危険を承知で挑んだ甲斐があったわね



素晴らしいチャレンジだった!


それにしても、あの捕獲器はどういう仕組みなのだ?

罠は不発だったようだが



あの捕獲器の足元には踏み板があるのだけれど、それさえ踏まなければ罠は発動しないの


中に閉じ込められてしまうこともなくなるわ



そういうことか。

踏み板をよければいいのだな?



ええ



さすがお母さん!


名案、ニャウ!




 喜んだのも束の間だった。



 後日、捕獲器は別のモノに変えられていた。



お母さん、あれは?



う~ん……。

あの捕獲器には、踏み板がないわね……




 イザベラは困ったように苦笑いを浮かべる。




 晴れ間のない空に、不穏な雲がびっしりと垂れこめていた。



















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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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