第56話 トラブル発生

文字数 2,871文字





 レコ改め、『みつき』を連れてきた夜。



 おれはリビングに集まった猫たちに、これまでの事情を語った。



そういうわけで、レコ――


いや、みつきと出会い、ここへ連れてくることになったのだ



大変やったなぁ



どーでもいいけど、ヤミミン感じ悪いね


アイツは組にいたときから苦手だった、ニャウ



まぁ、仕方がないわよ。

個々の自由も尊重してあげないとね


ともあれ、みつきひとりだけでも連れて来られてよかったわ



うむうむ。

わしらにとっても保護猫が増えるのは歓迎すべきことじゃ


ちょうどアミと大地がいなくなり、もの悲しさを感じていたからのう



そうじゃな。

賑やかなのは良いことじゃ


高齢者ばかり(・・・・・・)だと、どうも活気がなくてイカン




 そうやって話すヒカリ爺とアカリ婆に対し、ソファーの陰に潜んでいるツートンが、



 「オレは高齢者じゃない」



 と言いたげに含みのある視線を向ける。



……





 幸いなことに、ふたりはその不気味な視線に気づいていなかった。




ところで、そのみつきってコは、いくつや?



年齢ならメデアやイソルダより少し上くらいだと思うぞ



まだ若いんやなぁ。

どーりで元気なわけや




 ちょうどそのとき――



 壁と廊下を隔てた別室から、みつきの鳴き声が響いてきた。



フオォォォォォッ!


フオオオォォォォォッ!




 どこの猫にもあることだが、こういうときの不満鳴きは普段の声とまったく異なる。表情も必死だ。



 ちなみにいまの彼女の不満鳴きを猫語に直訳すると、


「ここから出せ~!」


 という意味になる。



相当パニクってるみたいだね



あのコはわりと忍耐強いほうなのに



たいした説明もナシに、いきなりここへ連れてきてしまったからな


なぜケージに入れられるのか、なぜ他の猫と隔離されるのか、わからないことだらけで混乱しているのだろう



しかし衛生面や、体調面を考慮するとのう……、

一時的な隔離はやむを得ないことなのじゃ


それに他の犬猫との衝突を避けるためにも、対面は慎重を期さねばならん



おれもそれを知るまえは、ただの嫌がらせくらいにしか感じていなかった。

人間に対し、恨みをいだいたこともあった



いまはどうじゃ?




いまは……そうは思っていない



うむうむ。

成長しとるのう


良きカナ良きカナ




 ふたりはニッコリ微笑むと、ソファーの上で丸くなったまま目を閉じた。

 眠くなったようだ。



 空間が穏やかな静けさにつつまれたのも束の間――


 

 再びみつきの発する大声が辺りを揺るがす。



狭い場所は嫌でござる~~~!

窮屈でござるぅ~~~~~!




 ダダダダダッ!



――ム?




 叫び声だけならまだしも、廊下をダダッと駆ける音は聞き捨てならない……



まさか脱走したのかっ!



エッ!?



あらま!



事件、ニャウ~!




 おれは近づいてくる音のほうへ走り出した。



 家族も一緒になってついてくる。



 リビングを出て廊下に立つと、



えらいこっちゃなぁ




 どこか楽しげに言いながら、ファーマも近寄ってきた。



 向かいの廊下からは、猛ダッシュで接近してくるみつきの姿が――!



外に出たいでござる~~~~~!


出たいでござる~~~~~!



そう騒ぐな。

外に出たら、おまえが楽しみにしていたササミは食えんぞ!



ハッ……! それは……!




 ササミ……



 それは食いしん坊猫の心を惹きつけてやまない、高タンパクのごちそう。



 ササミのひと言で、みつきの脱出願望は急降下したようだ。



 ()えしぼんだシッポが、だらーんと下がる。



拙者、不肖(ふしょう)ゆえ……ササミの魔力には勝てませぬ……っ!



フフッ、気に病むな。

食欲に(あらが)うのは難しいことだ


それより一体どうやって脱走したのだ?



拙者はいま、ケージという小さな(おり)に閉じ込められておりまする


その中でバタバタ動き回っていたら、器に入っていた水がこぼれ、そばにいた人間が新たな水に入れ替えようとしたのです


これぞ好機と思い、隙を突いて跳び出して参った次第にて



なるほどな。

おまえは俊敏だから、オーハラはさぞ狼狽(ろうばい)したに違いない



さすが偵察猫(レコねこ)だね


元・偵察猫だけど、ニャウ



おお! 

メデア様とイソルダ様! 

それに奥方様も!



久しぶりね。

事情は(くれない)様から聞いたわ


ジロリ組との戦いのときは、わたしを守ってくれてありがとう


お礼が遅くなってしまってごめんなさいね



いえ、拙者はお役目を果たしたまでのこと。

礼などご無用にございまする



横からゴメン。

アタシはここで暮らしとる、飼い猫のファーマや



すると、先輩という立場でございまするか?



せやねん。

ここではその先輩ポジの先住猫(せんじゅうねこ)が優先される


けど、堅苦しい上下関係は抜きでええよ。

ま、ヨロシク頼むわ!



拙者、レコと申しまする。

以降、お見知りおきくだされ




 彼女は礼儀正しく挨拶を返すが、



レコじゃなくて、みつきだろう



ハアァッ、これはしたり……!




 みつきは、獲物を取り損なったところを横から指摘されたかのように恥じらった。



 相好(そうごう)を崩してはにかむみつきだったが、後ろから人の声が響いてくるとキュッと緊張した表情になる。



みつき~!

戻ってきて~!




 呼んでいるのはオーハラだった。



 すでに猫オタは帰宅し、トラヒコは風呂というものに入っている。



みつきよ、

外に出たい気持ちはわからんでもないが、ひとまず戻ったらどうだ?



しかし……




 うつむく彼女のもとへ、思いがけず冷たい言葉が注がれる。


 

 リビングにいるツートンが、廊下に姿も見せずに悪態をついてきた。



ケージに戻ってまた(わめ)くなら、いっそ外へ出ていけ!



なんだと、貴様



邪魔者はいらないと言っているんだ!



みつきは、邪魔者などではない!




 言い返した直後、それまでションボリしていたみつきは表情を一変させ戦闘体勢になった。



親分様に向かってなんという口の聞き方!

無礼者めっ! 許さぬぞっ!




 牙を()き、殺気に満ちた(うな)り声を発する。



無礼だと?

フン、バカバカしいっ!




 相手がメス猫だからと侮っているのだろうか。



 ツートンはさほど焦った様子もなく、ゆっくり戸口へ近づいて、自分に敵意を向けるみつきと対面する。



……ッ!




 あからさまに動揺し、ハッと息を呑むツートン。



 てっきり双方威嚇試合になるのかと思ったが、おれの予想は外れた。



 どうも様子がおかしい……。



 おかしいのは、むろんツートンに限った話だ。



 彼はまるで魂を抜かれたのか、それとも心がどっぷり熱い湯にでも浸かったのか、変な術にかかって身体がのぼせたようになっている。





まさか、これは……!?




 その〝まさか〟だった。



 奇妙な状態におちいった猫が、半開きの口からぼそりとこぼした。



……かっ……かわいい……!



なんのことや?



見てっ!

ツートンの目が……!


目がハートになってる、ニャウ!



ッ……!



もしかして、みつきのことが気に入ったのかしら!?



……そうだ。

おそらくツートンは、みつきに恋をしている



エエェッ、拙者に恋を!?



ほわぁ~……




 ツートンは、すっかり放心しきって何も語れなくなっている。



 けれども、他の猫たちの目から見てあきらかにそれとわかるように、彼の表情は恋色に染まっていた。



















ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色