第56話 トラブル発生
文字数 2,871文字
レコ改め、『みつき』を連れてきた夜。
おれはリビングに集まった猫たちに、これまでの事情を語った。
そうやって話すヒカリ爺とアカリ婆に対し、ソファーの陰に潜んでいるツートンが、
「オレは高齢者じゃない」
と言いたげに含みのある視線を向ける。
幸いなことに、ふたりはその不気味な視線に気づいていなかった。
ちょうどそのとき――
壁と廊下を隔てた別室から、みつきの鳴き声が響いてきた。
どこの猫にもあることだが、こういうときの不満鳴きは普段の声とまったく異なる。表情も必死だ。
ちなみにいまの彼女の不満鳴きを猫語に直訳すると、
「ここから出せ~!」
という意味になる。
ふたりはニッコリ微笑むと、ソファーの上で丸くなったまま目を閉じた。
眠くなったようだ。
空間が穏やかな静けさにつつまれたのも束の間――
再びみつきの発する大声が辺りを揺るがす。
ダダダダダッ!
叫び声だけならまだしも、廊下をダダッと駆ける音は聞き捨てならない……
おれは近づいてくる音のほうへ走り出した。
家族も一緒になってついてくる。
リビングを出て廊下に立つと、
どこか楽しげに言いながら、ファーマも近寄ってきた。
向かいの廊下からは、猛ダッシュで接近してくるみつきの姿が――!
ササミ……
それは食いしん坊猫の心を惹きつけてやまない、高タンパクのごちそう。
ササミのひと言で、みつきの脱出願望は急降下したようだ。
彼女は礼儀正しく挨拶を返すが、
みつきは、獲物を取り損なったところを横から指摘されたかのように恥じらった。
呼んでいるのはオーハラだった。
すでに猫オタは帰宅し、トラヒコは風呂というものに入っている。
うつむく彼女のもとへ、思いがけず冷たい言葉が注がれる。
リビングにいるツートンが、廊下に姿も見せずに悪態をついてきた。
言い返した直後、それまでションボリしていたみつきは表情を一変させ戦闘体勢になった。
牙を
相手がメス猫だからと侮っているのだろうか。
ツートンはさほど焦った様子もなく、ゆっくり戸口へ近づいて、自分に敵意を向けるみつきと対面する。
あからさまに動揺し、ハッと息を呑むツートン。
てっきり双方威嚇試合になるのかと思ったが、おれの予想は外れた。
どうも様子がおかしい……。
おかしいのは、むろんツートンに限った話だ。
彼はまるで魂を抜かれたのか、それとも心がどっぷり熱い湯にでも浸かったのか、変な術にかかって身体がのぼせたようになっている。
その〝まさか〟だった。
奇妙な状態におちいった猫が、半開きの口からぼそりとこぼした。
ツートンは、すっかり放心しきって何も語れなくなっている。
けれども、他の猫たちの目から見てあきらかにそれとわかるように、彼の表情は恋色に染まっていた。
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