第148話 大嫌いな飼い主さんへ
文字数 3,950文字
翌日の朝、
声のしゃがれた爺さんと、防虫剤のニオイが漂う中年女性だ。
二人は玄関に立ったまま、向かいにいるオーハラに頭を下げる。
オーハラが温和な笑みで返すと、二人は両目を玄関マットに置かれたキャリーバッグへと向けた。
四角いカゴの中には、アンチクンがいる。
おれはいつものように階段に立ち、その様子をイザベラとファーマと共に観察していた。
早口に不服を述べるアンチクン。
おれのいる場所からは見えないが、むっつりした表情が目に浮かぶ。
ちなみに、アカリ婆とヒカリ爺はこの場にはいない。子猫たちのいる猫部屋を守ってくれている。
ツートンは相変わらず気まぐれで、みつきに至っては近頃引きこもりがちのため、めったなことでは顔を見せなくなっている。
やや強引にバッグから引っ張り出されるアンチクン。
飼い主が
彼は嫌そうにプイッと顔をそむけ、脱出防止柵のほうへ走った。
気まずい場面を静観していたオーハラが質問を投げかける。
爺さんはヘソを曲げたように不満げな顔になる。
爺さんはアンチクンにニコリと笑いかけた。
彼は冷めた目で受け流す。
オーハラは苦笑いを浮かべつつ、二人にさらなる問いかけをする。
爺さんは、再びアンチクンに微笑みかける。
アンチクンは床をシッポで叩きながら、爪を噛んでいる。
唐突にアンチクンが身を乗り出した。
爺さんのほうへ数歩寄っていくと、顔をグイッと上げ人間と対峙する。
その表情はいつになく
おれは彼の声を聞くことができる。
だが、飼い主たちに伝わっているかはわからない。
人間たちは声をあげて鳴く猫を真顔で見つめている。
撫でようとすると、アンチクンはすばやく頭を動かしてよけた。
爺さんは涙を拭って、軽く首をひねる。
アンチクンを囲んで、微笑みを浮かべる人間たち。
キャリーバッグに入れられる前に、アンチクンはおれのほうを見て言った。
胸に固く誓って、二度と会うことのないその姿を記憶に焼きつける。
彼のように不幸な体験をした猫が幸せになるよう、心から祈って――。
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