第11話 知らせ
文字数 2,746文字
猫オタはおれとイソルダのあいだに腰を下ろすと、両足をそろえ、膝を折り曲げて座った。
猫にはない妙な座り方だ。
変な座り方だなと思いつつも、背中を丸めた猫背の姿勢にはなんとなく親近感をおぼえる。
ところで、お猫様方はどちらからお越しになられたのですか?
カリッカリッ、カリッカリッと、キャットフードを堪能中のメデアとイソルダによる咀嚼音だけが室内に響く。
ウワァァァアアァ~!
会話ができないって、もどかしいぜ……!
またしても涙する猫オタ。
親切ではあるが、変なヤツだ。
潤んだ瞳を着衣で拭うと、懲りずに語りかけてきた。
ちなみに俺は、井伏潤一郎といいます
猫好き文豪の井伏鱒二と、同じく猫好き文豪の谷崎潤一郎を掛け合わせたような名前なんですけど、案外周りからツッコまれることはありません
名前がどうとか……。
内容はさっぱりわからないけれど、自分のことを語っているようね
〝家族〟というキーワードにおれは反応し、耳をピクリと動かした。
わかりやすく鳴いてみせると、猫オタは目から飲み水をこぼしたようにとめどない涙を流す。
神がこの俺に、「ニャ~ン」と返事を下さったぁぁぁぁぁぁぁぁ!
いちいち大げさなヤツだ。
おれは疲れた体を休めるため、その場にうずくまった。
じつは内心、猫オタがイソルダに渡した、あのふんわりしてそうな座布団が気になっているのだが……
そんなことはおくびにも出さず、あさっての方向を見やって猫オタの話を聞き流す。
ちょっと薄い三毛柄のコがメスで、赤毛の耳折れのコがオスだと思うんですけど、どうですかね?
じつは俺、猫の性別を当てるのが得意なんですよ!
顔を見るだけでオスかメスかわかるんです!
皆様ご一緒に行動しているなんて、レアっていうか、微笑ましいですね!
やかましいし、何を言っているのかわからんから退屈だ……。
おれは前足の毛をペロペロ舐めて、食後の毛づくろいに取りかかった。
するとおれを見つめる猫オタの視線が、どこかボンヤリしたような虚ろな影を帯びはじめる。
うちは家族バラバラだから、一家団欒とかありえないっていうか、バランスブレイクしてるんですよ
両親が離婚したのは仕方ないにしても、そのあと親がヘンな宗教にハマッちゃって、散財したのは厄介でしたね
だから俺、苦学生ってやつで、あまりカネに余裕がないんです。バイトしても、収入はたかが知れてるし……
話の内容はさっぱりだが……、
猫オタの体からどんより悲壮感が漂っていることくらいは把握できるぞ
苦労している人なのかしらね。
カネがないって、こぼしていたような
おれたちをじっくり眺めながら、猫オタは微笑んだ。
けれども、深々とタメ息を洩らす。
バレないようコッソリ飼ったとしても、産まれてくる子どもも含めて面倒を見るのは現状難しい……
うぐおおおおおおおっ!
なぁあああんてこったぁっっ!
せっかく素敵なお猫様方に出逢えたっていうのにぃ……!
うっ、ううぅ……、
すみません、世にも素敵なお猫様方!
俺が不甲斐ないばかりに、皆様方を養い、共に暮らす夢は……、
このままだと叶えられそうにありません~~~!
いきなり涙を催したと思ったら、一転、顔じゅうに怒りをみなぎらせる。
グググググッ、クッソォ~!
なんで人生にチートはないんだ!?
いまなら素手でゴールドマンを張り倒せるくらい、ヤル気マンマンなのに!
そうやって、猫オタがわけのわからないことを愚痴りだしたときだった。
この家の彼方から、犬の遠吠えが聴こえてきた。
ワウワウワウ~~~~~ン!
アウアウアオォ~~~~ン!
空に尾を引くような伸びやかな音が、おれたちのもとへ届けられる。
猫にはない独特の鳴き方だ。
その声には聞き覚えがあった。
ああ、まぎれもない。
さっき道で会った、パンフーとかいう柴犬が鳴いているようだ
「紅、来て……」、
おれにはそう言っているように聴こえた
どうするの? あなた。
外の雨は一時的にやんでいるようだけど
おまえたちは、どうする?
食い溜めしたい気持ちはわかるが、ここに残していくのは不安でしかない
ふたりはそれまで熱心に続けていた食事をやめて、ペロリと舌を出し、口まわりを拭った。
空腹も満たされて、すっかりご機嫌のようだ。
ふたりとも、いつの間にかすっかりパパッ子になったわねぇ
メデアとイソルダ、それにイザベラを先に行かせ、おれは最後に窓枠に跳び移った。
あああああっ!
もう行ってしまわれるのですか、お猫様方~っ!
猫オタはおれたちを追って窓のほうに駆け寄ってきた。
おれがぴょんと地面へ跳び下りると、
イキマス?
つまり、こっちに来るということか?
猫オタは慌てた様子で窓を閉め、家の中をバタバタ動く。
たいした間を置かずに窓の横にある玄関からとび出てきた。
フッ、その心意気は買うが、猫のスピードには追いつけまい
暗がりの中、猫オタは地面につまづいてコケそうになりながらも自転車のあるほうへ走っていく。
自転車に乗るのか……?
あれは結構スピードが出るものだったはずだが
すると、再び遠吠えが夜空に木霊した。
ワウワウワウ~~~~~ン!
本当について来るつもりらしい。
……猫好きとはこういうものなのだろうか?
それとも単にコイツが変なのだろうか?
どちらにせよ、人間とは妙なものだとおれは思った。
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