第41話 放っておけない気持ち

文字数 2,153文字





 部屋を出ていった大地を目で追いながらファーマがつぶやく。



あ~ぁ、行ってもうた。

あのコ、また隠れるんかな?



そうかもね。

あの様子だと、しばらく(こも)りっきりになりそう



どこに籠るのだ? 



大地のお気に入りは2階の和室ね。

大方(おおかた)押し入れにでも隠れているんじゃない



最近そうやって閉じこもるのが習慣みたくなっとんねん



へぇ~、不思議だね。

構ってほしいのにひとりになるんだ



頭が混乱して、自分でもどうしていいのかわからないのよ



変わり者、ニャウ



変わり者か……。

おそらく根が繊細なのだろうな




 大地が走り去っていったときの泣き顔が思い起こされる。



 (たしな)めるためとはいえ、強い口調で叱ったのは行き過ぎだったか?


 

 だがそれは、あのコのためを思ってのこと。



 なげいてばかりでは、幸せにはなれないのだ。



 とはいえ、大地のかかえている悲しみを思うと、このまま放っておくのは忍びない……。



もう一度、大地と話ができればいいのだが……




 解決しない思いをかかえたまま、日は暮れて夜になった。



 すでに室内には、おれたち家族以外に誰もいない。



 そこへオーハラとトラヒコがやって来た。



 暗い部屋にライトが灯されると、視界はたちまち明るくなる。



お待たせ~



晩ゴハンだよ~




 それぞれが食事を載せたトレイを床に置き、ケージのそばに腰を下ろしたときだった。



 先にオーハラが木の柱に刻まれた犯行に気づいて、苦笑いを浮かべる。



あらあら、また柱を引っ掻いたのね

大地の仕業かしら?



たぶんそうだろうねぇ。

小さい爪で引っ掻いたような跡だし


それにしてもあのコ、最近機嫌が悪いねぇ



いまもどこかに隠れてるみたい。

姿が見当たらないのよ



このコたちにゴハンをあげたら、探してみるか




 トラヒコは器の中のキャットフードをひと粒つまみ上げると、それをケージの外側からおれの鼻先へ近づけた。


 食をそそる、いい香りがする……。



 熱心にニオイを嗅ぐおれを見てふたりはうれしそうに微笑んだが、何か困り事があるかのように話をはじめた。



気のせいかもしれないけど、大地(あのコ)、里親の話が決まってからあまり寄ってこなくなったと思うの



前はよくナデナデさせてくれたのに、態度がツンツンしてきちゃったねぇ



もしかすると、この家を出ていきたくないのかしら?



うーん、否定はできないねぇ



でも里親さんは良い人そうだし、大地には条件も合ってると思うわ


いずれあのコにも、わたしたちの想いが伝わると思うんだけど……




 溜息まじりに言って、オーハラは柱のそばに散らばる木くずを手でかき集めた。



とにかく、いまはこのコたちにゴハンあげないとだね




 トラヒコは手にしたキャットフードの粒を器に戻すと、ケージに手をかける。



ニャンニャンニャンニャッニャッニャッニャア~~~♪


ニャッニャッニャンニャンニャンニャッニャッニャア~~~♪



フッ、歌に気を取られてスキがあるぞ




 ケージは猫ひとりにつき1つと分けられたばかりだ。



 トラヒコが触れているケージの中には、おれがいる。



 トラヒコは謎の鼻歌を口ずさみながら、鍵をスライドさせて外そうとしているところだが……



イザベラ。

すまんが子どもたちをよろしく頼む



あら? どこかへ行くの?



ああ



あのコのことが気になるのね?



そうだな。

気にかかっている



ふふっ、困っているコをほうっておけないのね。

そういう親分肌なところ、あなたらしいわ



アタシも外に出たーい


檻の中は飽きた、ニャウ~



チャンスはほんの一瞬だ。

気持ちはわかるが、おまえたちはここにいてくれ




 言った矢先にトラヒコが扉をひらいた。



 密室のケージ内に、それまでになかった出入り口がつくりだされる。



ほ~ら、みんな。

僕が歌うヴィヴァルディの『春』を聞きながらゴハンだよ~



――好機!




 瞬間、おれはそのわずかなスペースへ突進した。



 旋風にもまさる猛スピードでケージから跳び出し、全力で床を蹴る。



あらぁぁぁああぁぁぁ~!?



ちょっちょっ、どこに行くの!?


脱走しないで~~~っ!




 オーハラが叫ぶが、すでにおれの足は部屋から廊下へと移っている。

 

 

 その細長い通路を脇目も振らずにひた走り、戸の開いている部屋に跳び込んだ。



アミは、大地が2階の和室にいると言っていたな




 室内からは大地の気配がする。



 おそらくここがアミの言っていた和室だろう。



 壁に沿って並ぶ戸の一部には、猫が通るにうってつけの隙間があった。



大地~!

そこにいるのはわかっている! 


よかったら出てきてくれないか?



……ヤダ




 ……返ってきたのは、そっけない言葉だった。



 大地の声は、押入れと呼ばれる収納スペースよりも、さらに上のほうから聞こえてきた。



天井の近くにいるようだが……?



ここは天袋(てんぶくろ)だヨ。

押入れよりも上にあるから、人間も奥まで手が届かないんダ


ひとりになりたいときに、最適な場所なんだヨ



では、下りてくる気はないのか?



……気が乗らナイ。

下りるのも面倒だし



だったらおれがそっちへ跳び移ろう




 幸い、天袋の戸は半分以上ひらいている。



 意識を集中させ、無駄なものには目もくれず目標を見定めれば、跳べないことはない。



ナニッ!?

その体で天袋にジャンプする気カッ!?



ハァァァァァァーーー!




 おれは全身の気力を奮い起こす。



 次の瞬間、体の筋肉を躍動させて、高々と宙へ舞い上がった。




















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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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