第48話 お別れ会

文字数 2,504文字





 大地たちの里親の話がまとまってから、しばらく日数が経った。



 おれたち家族は、相変わらずオーハラ家の猫部屋にいる。



 この一室で大半の時間を過ごし、気ままに寝起きし、じつに平和的な生活を送っている。



 朝、目が覚めると、



あなた。

ずいぶん傷が癒えたわね




 イザベラがおれの容貌を見て、にこやかに微笑んだ。



 メデアとイソルダもおれを見て、シッポを揺らして頷く。



顔は傷跡になってるけど、それ以外は全然わからないよ


完治、ニャウ?



ああ。

痛みもないし、傷は完全にふさがった


今後、薬を塗られることもないだろう



無事治って、ホントよかったわ!



うん、ほぼ元通りだね!


傷跡があってもカッコイイ、ニャウ!



そうおだてるな。

こんな傷などあっても、なんの役にも立たんのだからな




 とはいえ子どもに褒められるのはうれしいものだ。



 おれは照れかくしに傷跡を手で洗うと、毛づくろいの要領で爪を軽く噛んだ。






 

 その直後のこと。



 扉の向こう側から声が聞こえてきた。



一家団欒(いっかだんらん)のとこ、邪魔するで~



ファーマか



せや。

話あるから、部屋入れてや




 ファーマがドアを開けてくれとガシガシ(おと)を立ててこすり始める。



ハァッ!




 するとイザベラが巧みなジャンプでドアを開け、彼女を室内へ迎え入れた。



朝から珍しいな。

いったい何の用だ?



じつはな、お別れ会のことで相談に来たんや



お別れ会?



お別れ会はここの恒例のイベントでな、マジカル・ニャワンダの犬猫みんなで集まんねん


明日には、アミと大地が出ていくやろ。

その前に、みんなで話でもしとこかーと思ってな



そうか……。

もう明日にはここを去るのだな



せやねん。

ゆっくり交流できるのは、今日が最後になる



せっかく仲良くなったのに


残念、ニャウ



それは向こうも同じ気持ちだ


あまりクドクド言って、旅立ちの門出を悲しみの色に染めるのはよくないぞ



そうね。

笑って見送ってあげましょう



そのお別れ会は、いつからだ?



昼過ぎからや。

場所は1階のプレイルームや




 1階のプレイルームは、犬猫の遊び場として使っている部屋だ。



ぜひとも、家族みんなで来てーな




 彼女は用件を伝えると、部屋を去っていった。





 日が傾き始めた頃――




 ファーマの言葉に従って、おれたちはコッソリ部屋を抜け出し、1階のプレイルームへと向かった。



 オーハラは買い物に出かけているらしく、トラヒコも仕事だ。

 家に人の姿はない。



 部屋の近くまで来ると、おれたちの足音を聞きつけたらしく、



やあ! 待っていたヨ




 さっそく大地が廊下から顔をのぞかせて歩み寄ってきた。



元気そうだな。

血色がいいぞ



ストレス解消に走り回った直後だからネ



こんにちは




 アミもおれたちのそばに来て、礼儀正しく挨拶をした。



アミも血色がいいな



たったいま、大地の追いかけっこにつき合っていたから



アミはジャンプ力が高いんだ


スピードはボクのほうが上だけどネ



ふふっ、ジャンプ力が高いと便利なの。

人が高い所に置いた食べ物も見つけて食べられるから



へぇ~、それいいね!


ボクもジャンプ力鍛える、ニャウ



ニャッハ!

盗み食いはオーハラさんに叱られるで




 ファーマが呆れたように苦笑いする。



 その後ろに、神出鬼没の白黒猫が現れた。



……



あら……?



ツートンも来ていたのか



まぁ、みんなで顔合わせるのもこれが最後やからな



……




 ツートンは、おれに喧嘩をふっかけてくるわけでもなく、物静かに佇んでいる。



さぁ、全員部屋に入ってや~




 おれたちは遊具だらけの室内に足を踏み入れた。



 キャットタワー、登り棒、テント。

 猫たちが退屈しないよう気配りされた空間だ。



 部屋の中央へ向かっていくと――



 壁際のハンモックでくつろいでいた、ヒカリ(じい)とアカリ(ばあ)が声をかけてきた。



おぬしらを見るのは久しぶりじゃ。

元気そうだのぅ



この家にあの里親が来た日以来か。

そちらも元気そうでなによりだ



ホッホッホッ。

ケガも治ってオトコぶりが増したのう


よきカナ、よきカナ




 お別れ会の参加メンバーは猫と犬の混合で、きちんと全員が参加している。



 おれ以外は、イザベラ、メデア、イソルダ、アミ、大地、ファーマ、そしてツートン。



 犬は、ヒカリ爺とアカリ婆。



こうしてみんなでいると、ネコの集会を思い出すわ



実際の集会も、こんな感じなんでしょ?



まぁそうだな


場所とメンバーが違うだけで、参加者たちがくつろぎながら会話するのは、実際の集会と変わらん



ここには犬もおるけどな



そうじゃのう 



わしらが集会中の野良猫に近寄ったら、ものすごい勢いで威嚇されそうじゃ



おれのねこねこファイアー組のように、野良猫だけだと殺伐としているところがあるからな


犬や人間など、部外者の参加は許されることではない



犬はないけど、近寄ってきた人間に唸ったことならあるよね


みんなでフゥーフゥー言いまくりだった、ニャウ



厳しいんだネ。

ボクがもし野良猫になったら、集会に参加できるのカナ?



う~ん、どうかしらねぇ



ねこねこファイアー組は、生まれた頃からずっと野良猫という生粋の野良のみで構成していたから不可だ


この町を仕切っているジロリ組なら規則は緩いと聞くから、参加できるかもしれんが



ジロリ組かぁ……



大地。

変な妄想をするのはやめなさい


もうあなたが飼い主に捨てられて、野良猫になることはないんだから



そうだといいけどナー



安心しろ。

もし里親がおまえを捨てるようなことをしたら、おれが許さん


急所を突いて、ボコボコにしてやる



人間をボコボコに!?



お父さんは人間相手でも強いんだよ


ここに来る前にケンカを売ってきた中年男がいたけど、痛い目見せてやったんだから



得意の噛みつき攻撃で返り討ち、ニャウ~!


コイツめ!

隙を突いてあたしに噛みつこうとしたなっ!




 悪ノリして姉に襲いかかるイソルダ。

 それに反撃するメデア。



 はしゃぎだす子どもたちを、冷ややかなまなざしで見ている者がいた。




 ――ツートンだ。




 彼は離れた場所で丸まりながら、こちらが聞きとれるくらいの小さな声で悪態をついた。



フン、所詮ジロリ組に負けたザコどものくせに!




 ザコども(・・)だと……っ!



……!




 ツートンのつぶやきを耳にした途端、おれの中に抑えこんでいた野性の衝動が強く(うず)きだした……。




















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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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