第116話 候補者選び

文字数 3,673文字





 その日の夜。





 おれは家族のいる猫部屋を離れ、リビングに張り込んでいた。



 里親希望者についての情報を得るためだ。



 ファーマとアカリ婆とヒカリ爺は、おれにつき合って、オーハラたちの様子をそれとなく探ってくれている。



メデアとイソルダに悪い里親が寄って来なければよいが……



そう心配せずとも大丈夫じゃ



オーハラさんたちが、きっと良い相手を見つけてくれるじゃろう



それが心配だからこうして見張っているのではないか



そろそろ始まるで




 ファーマが座卓のほうへ顔をクイッと動かす。



 それまでテレビを視聴していたオーハラ、トラヒコ、桃寧(もね)の三名は、ちょうど番組を見終わったところらしく視線を画面から離した。



いまのうちにチェックしておかないと



 

 つぶやきながら、オーハラは卓上に置いてある黒いモノを手に取る。



あれは何だ?



タブレットPCや



タブレッ?



妙なとこで区切んなや


あのタブレットで里親希望者からのメッセージをチェックして、候補者を絞る。それがお決まりのパターンなんや



つまり、候補者選びはそのメッセージの内容次第というわけか?



せや



ちなみに候補者が決まったら、面談じゃぞ



里親になりたい選ばれし者が、この家を訪れるのじゃ



できればその日を迎えたくないものだ


メデアとイソルダがいなくなったら、おれの心は寂しさでいっぱいになる……



とりあえず先のことは考えんほうがええで。

いま大事なのは、候補者選びやからな



あぁ、そうだな




 おれはオーハラたちのやり取りに耳を傾けた。



 みんなはタブレットの画面を見ながら、やや楽しげに声を弾ませる。



いろんな人からメッセージ来てるね



HP(ホームページ)は誰でもアクセスできるから、問い合わせ件数が結構多いのよ



見てもいい?



ええ。

というか、むしろ助かるわ




 オーハラは隣にいる桃寧へタブレットを差し出す。



集中して映画を見たせいか、目が疲れちゃった。

メッセージは桃寧が読みあげて



わかった。

来た順にチェックしていくね




 桃寧はタブレットを受け取ると、二つの瞳を画面に定め――



 やや間を置いてから、ちょっと不思議そうにまばたきを繰り返す。



この人、ペンネームで応募してきてるよ



えっ?

ハンドルネームじゃなくて、ペンネームなの?



うん、そうみたい



問い合わせ欄の名前は、本名じゃなくても応募できるようにしてあるから、ペンネームでもダメではないけどね、ハハハ……


で、内容はどんな感じなの?



ちょっと声に出すの恥ずかしいけど、読むね



え……どんな内容なの?






こんにちは!

ペンネーム、ハナマル池です***(←花のつもり(笑))

猫ちゃんかわいいですね!

猫、好きです!

大大大ちゅき♡です!

ってか、くださいっ!!!!(強めに強調。)





以上、ハナマル池さんからでした~!



強めに強調されてもね……



大ちゅき♡な気持ちがあまり伝わってこないね……



あー……、

これはアカンやつやな



何がいけなかったのだ?



そもそもペンネームで応募って、全然意味ないやん


ウチは作品の投稿サイトやあらへんし、誰も聞いてへんペンネームで応募すること自体お門違(かどちが)いや



うむうむ。

それにあまりノリは軽すぎないほうがいいのう



そうじゃな。

ふざけていると思われないよう、ある程度マナーを心がけたほうがいい



じゃあ、次チェックするね



ええ






はじめまして。通りすがりの者です。


HPに掲載してある姉弟猫の写真を拝見しました。


名前の欄に、姉猫様、弟猫様と記載されていましたが、正直なところネーミングセンスが謎だと思いました。


そもそも猫の名前に、「様」などと付けること自体おかしいです。


変だと感じないのですか?


やはりあなた方は、猫の信者なのですね。

だから異常だと思わないのでしょう? 


信者という存在にロクな人間はいません。


私はそのような方々から猫を受け取る気にはなれません。


はっきり言って、猫のボランティアなんて世の中に必要ないと思います。


捕獲された猫たちがかわいそうです。


いますぐ猫たちを解放してください




P.S. きちんと返信してください。返事が来るまで、このメッセージを送信し続けるつもりです





うわぁ~……

ダメ出しが強烈すぎる~……



しかも返信するまでメッセージを送り続けるって……。

こういう人に限ってしつこいんだよねぇ……



ホント……。

なんでも信者って特定するのもやめてほしいわ……




 ガクリとうなだれるオーハラたち。



なんだか、やけに気分が盛り下がっているようだが



当たり前や! 

しょうもないモン送ってきよってっ



ハァ~……、

人間は陰湿なイタズラが好きじゃのう



まったく困ったものじゃ



えっと……、

これ、次も読まなきゃダメ?



そうね。

まだまだあるんだから、ここで(くじ)けてる場合じゃないでしょ



じゃあ、僕が変わるよ。

貸して



はい




 桃寧はトラヒコにタブレットを渡した。



えーっと……


お、今度はしっかりしてそうだよ。

自己紹介もあるし……って……これ……



どうしたの、お父さん?



またマズそうね



うん……。

まぁ、一応読むね






当方、36歳になる会社員です。

ジロリ町に隣接する、イチベツ市に在住しております。

家は分譲マンションを購入し、妻一人、子二人、そして一匹の犬と暮らしております。

保護猫を迎えたいと考えているのですが、HPに記載してありました譲渡条件につきまして、承諾できかねる点がいくつかございますのでご確認ください。


①身分証明書の提示


そちらで個人情報の保護が徹底されているかを確認できるまで、身分証明書の提示は拒否致します。


②ペット可物件であること


当方の住むマンションは、ペット可物件ではございません。

ですが、まわりの家の方々も動物を飼っているので、問題はないかと思われます。


③猫の飼育に関して家族全員の同意を得ていること


妻と息子に猫を飼いたいと打ち明けましたが、世話は嫌だといって同意が得られません。

これにつきましてはボランティアさんのほうで説得に当たってはいただけないでしょうか。


④完全室内飼いをする


完全室内飼いにつきましては、同意できかねます。なぜなら、先住犬と共に外へ連れ出し、撮影などを行いたいと計画しているからです。

ある程度外へ出してもいいという条件なら承諾できますが、いかがでしょうか?


⑤脱走防止対策の徹底


脱走防止対策などは、インテリアに影響するので承諾できかねます。


⑥不妊・去勢手術の実施


不妊・去勢手術に関しては、最初に猫に子どもを産ませてから実施する予定ですので、ただちにしろという命令には同意はできません。




以上をご考慮いただいた上、問題がなければ、是非とも猫を譲っていただきたいと思っております





アホかーーーーーっ!


相手の言い分が問題だらけやろ!



なんだ。

またダメなのか



ダメダメじゃな



あれで承諾してしまったら、そもそも譲渡に関する条件を出している意味がないぞぃ



あぁ~……。

なんか、コレだっていう人に巡り会わないね



萎える気持ちはわかるけど、この程度でめげちゃダメよ。

応募してくる人たちだって、一生懸命なんだから



そうだよ。

みんなが悪気をいだいて応募してくるわけじゃないんだ


悪い人は、ほんのひと握り。

それを事前に見分けるためにも、こうしてメッセージをチェックして――




お父さん、長話はいいから早く



……うん。

それじゃ、次の人に移るね



今度こそ、いい人だといいんだけど……






≪二匹の姉弟猫を希望します≫


はじめまして。佐多梨(さたなし)と申します。


ジロリ町に住んでいます。


家族構成は、夫と、中学生になる子どもの三人家族です。


猫を飼育できる一軒家に住んでおります。


現在飼育している動物はおりません。


HPに掲載されていた二匹の姉弟猫をぜひうちで引き取らせていただけたらと思い、ご連絡致しました。


とてもかわいらしい猫さんですね。

姉弟一緒に迎えられたら、きっと楽しいだろうと思いました。


わが家では以前から猫を迎え入れたいと考えており、夫婦で家の内装を猫向きに改めるなど取り組んでまいりました。


キャットウォークや脱走防止柵などの設置という具合に、できる限りのことはしたつもりです。


室内の模様を一部だけですが、ブログに掲載しておりますので、よろしければご覧ください





ちゃんとブログのリンク先が貼りつけられてるよ



あら、見てみましょうか



キャットウォークかぁ。

どんな感じなんだろうね













ええええぇ~~~っ!?




 タブレットに表示された画面を見た直後、動揺しその場に固まるオーハラたち。



まさか、これって……?



嫌な予感がするね……



なんだ? 問題事か?



そのようやな



あ、問い合わせ欄に、同じ人からのメッセージが追加で来てるよ



なんて書いてあるの?



えーっと……






佐多梨です。


先日保護猫を引き取りたいと申し出た件についてですが、夫とは急遽離婚することになり、家を離れることとなりました。


よって、保護猫を引き取る話は見送らせていただきたく思います。


お騒がせして、申し訳ありませんでした。





やっぱり離婚したのね



そうみたい……




 タブレットを見つめる人々を中心に、重い沈黙が降ってくる。



まったく、これでは候補者など決まらんではないかっ




 おれはイラ立ちをぶつけるように、シッポをブンッと振って床を叩いた。


















ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色