第36話 やさしい歩み
文字数 3,496文字
猫オタは黙々とパーツを組み立てている。
しばらくすると……
やはりケージのようだ。
大きさはイザベラが閉じ込められているものとほぼ同等で、高さはないがやや奥行きがある。
それを壁際に置くと、猫オタは再び作業に取り掛かった。
猫オタが何をしているのかわかれば戸惑うこともないかもしれんが、おれにはヤツの意図がサッパリわからない。
そうこうしているうちに、合計3つのケージが出来上がった。
猫オタはおれたちのいるケージの施錠を外すと、扉を開け、中に手を突っ込んできた。
おれは猫オタの手に必殺の猫パンチを喰らわせる。
爪で武装し、攻撃に手加減はなかった。
彼は手の甲を負傷したらしい。
じわりと血が滲んで、目に見えて傷口が明らかになる。
猫オタは懲りもせず、おれのほうへ手を伸ばしてきた。
おれはその骨太な指先に牙を立て、勢いよくかじりつく。
猫オタが体を引いたので、ケージとのあいだに隙間が生じた。
――チャンスだ!
おれはその隙に、檻の外へ跳び出す。
足場は猫オタが制作した
しかし瞬時にそれらを跳び越え、全力で部屋の外へ駆け出す。
まずは脱出ルートを調査し、あとでみんなを連れて逃げ出せれば――!
と考えた矢先のこと、
運悪く、オーハラがやって来た。
オーハラは、その両手に厚手の手袋をしている。
近づけられた手に噛みついてみたが、ダメージを与えるには至らず取り押さえられてしまった。
抵抗するおれをオーハラはケージの中へ入れようとする。
が、体をひねって回避し、おれはジタバタともがく。
全力抵抗の気構えだったにもかかわらず、思いがけないことが起こった。
これまでに告げられた様々な忠告が、頭をよぎったのだ。
途端に戦意が失せて、抵抗する気力が萎んでいく。
宙に漂う抜け毛のぼんやり見つめていると、視界が格子状の柵に覆われていた。
毛を逆立てて反発するメデアとイソルダ。
抵抗むなしく、ふたりはオーハラと猫オタに抱えられて、それぞれ別のケージへと移されていった。
オーハラは廊下に積まれた容器を3つのケージの中へ入れていく。
猫オタは薄いプラスチックの板を手にして掲げてみせた。
猫オタは3つのトイレの手前に仕切り板を設置していく。
新しいケージ。
専用トイレ。
仕切り板。
おれはそれらをじっくりと観察してから、ニオイを嗅いで隅々までチェックした。
猫オタはケージの外側から、おれの挙動を片時も見逃すまいと視線を定めて観察している。
彼女はケージ越しに猫オタを
新調されたケージに仕切り板やトイレなどのグッズ。
メデアとイソルダは、環境の変化を気にしているようだ。
ふたりの子どもたちは、おれの右と左にあるケージに移された。
それぞれ別々のケージに入れられたわけだが、隣り合わせになっているのでいつでも身を寄せ合える。
じつに良いことだ。
おれの言葉を受けて、安堵したように微笑む子どもたち。
しかし、意思の疎通が難しい人間のほうはそうもいかない。
どうやら人々は不安を感じているらしい。
傍目にはわからなくても、話しぶりからなんとなく心情が伝わってくる。
おれはふと、先日ファーマとアミから教えられたことを思い出した。
やってみるか……。
しかしいざ実行に移すとなると、人間相手に
おれはさっそく猫オタに声をかけた。
用もないのに鳴くのは違和感でしかないが、これも相手に気持ちを伝えるため――
そう割り切って、意思を音にはっきりと出して伝える。
想像していたよりもあっさりとおれの気持ちは伝わったらしい。
猫オタは、目から滝を生みだすかの勢いで涙を噴出させている。
少々鬱陶しいが、悪い気分ではなかった。
おれはさっそくトイレに入って、砂の上に立ってみることにした。
この仕切り板、少し長さが足りないぞ。おれの体が通常よりデカイせいだろうか。
若干、板の端から頭がはみ出ている……。
下を向いていないと、彼らとも視線がぶつかり合ってしまう。
まぁ丸見えよりはずっといい。
そう思い直して、改めて感謝の意を伝える。
猫オタは溢れる涙を手でゴシゴシを拭う。
その手の甲に刻まれた生傷を目にして、おれの中にこれまでなかった感情がふと湧いて出た。
おれはもう一度、ニャンと声に出す。
たとえこの気持ちが相手に伝わらなくても、自分への戒めとして残ればいい――
そう思って、心から鳴いた。
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