第36話 やさしい歩み

文字数 3,496文字





 猫オタは黙々とパーツを組み立てている。



猫オタ、なにしてるのかな?


また捕獲器、ニャウ?



少し違うようにも見えるけれど



妙なマネをしたら、この爪でヤツの手を引き裂いてやる!




 しばらくすると……



ムッ?

あれはケージと呼ばれる物ではないか?



そのようね



まずは1つ目のケージ、完成~!




 やはりケージのようだ。



 大きさはイザベラが閉じ込められているものとほぼ同等で、高さはないがやや奥行きがある。



 それを壁際に置くと、猫オタは再び作業に取り掛かった。



まだ作るみたいだけど


あの檻に他の猫を閉じ込めるつもり、ニャウ?



そうではないことを祈るが……




 猫オタが何をしているのかわかれば戸惑うこともないかもしれんが、おれにはヤツの意図がサッパリわからない。



 そうこうしているうちに、合計3つのケージが出来上がった。



よし! 

ちゃんと扉も開け閉めできるし、問題はないな


お猫様方、ケージができましたよ~!


こちらへお入りくださーい!




 猫オタはおれたちのいるケージの施錠を外すと、扉を開け、中に手を突っ込んできた。



なにをするか!




 おれは猫オタの手に必殺の猫パンチを喰らわせる。


 

 爪で武装し、攻撃に手加減はなかった。



 彼は手の甲を負傷したらしい。



 じわりと血が滲んで、目に見えて傷口が明らかになる。



神猫様……



ほら、怖くありません。

おびえているだけなんですよね




 猫オタは懲りもせず、おれのほうへ手を伸ばしてきた。



フン! いい度胸だな!




 おれはその骨太な指先に牙を立て、勢いよくかじりつく。



あぁぁぁああぁぁぁぁぁ! 

イッテェェェェェエエエエッ!


やはり俺には、ナウ〇カのように動物を手なづけることなど不可能だったか……っ!




 猫オタが体を引いたので、ケージとのあいだに隙間が生じた。



 ――チャンスだ!



 おれはその隙に、檻の外へ跳び出す。



 足場は猫オタが制作した障害物(・・・)だらけだ。



 しかし瞬時にそれらを跳び越え、全力で部屋の外へ駆け出す。



 まずは脱出ルートを調査し、あとでみんなを連れて逃げ出せれば――!



 と考えた矢先のこと、



あらあら。

ケガをしてても元気ねぇ



くっ……!




 運悪く、オーハラがやって来た。



 オーハラは、その両手に厚手の手袋をしている。



 近づけられた手に噛みついてみたが、ダメージを与えるには至らず取り押さえられてしまった。



そう嫌がらないで。

せっかく井伏(いぶせ)くんが作ってくれたんだから




 抵抗するおれをオーハラはケージの中へ入れようとする。



 が、体をひねって回避し、おれはジタバタともがく。



手伝います!



ケージには戻らんぞっ!




 全力抵抗の気構えだったにもかかわらず、思いがけないことが起こった。



 これまでに告げられた様々な忠告が、頭をよぎったのだ。




ボランティアの人たちはキミたちのためを想って誠心誠意尽くそうと、努力を惜しまず活動しているんだ


もし人間にお世話になりたいのなら、

彼らの行動をしっかりと観察して、時にはその人たちに合わせることも大切だよ




……




 途端に戦意が失せて、抵抗する気力が萎んでいく。



 宙に漂う抜け毛のぼんやり見つめていると、視界が格子状の柵に覆われていた。



じゃあ、次は子どもたちね


はい!



触るな~~~っ!


拒否、ニャウ~~~!




 毛を逆立てて反発するメデアとイソルダ。



 抵抗むなしく、ふたりはオーハラと猫オタに抱えられて、それぞれ別のケージへと移されていった。



じゃ、新しいトイレを入れるわね~




 オーハラは廊下に積まれた容器を3つのケージの中へ入れていく。



じつはお猫様方のために、こんなものを用意しました!






 猫オタは薄いプラスチックの板を手にして掲げてみせた。



トイレの仕切(しき)(いた)~~~♪



仕切り板……?



猫さんたちが緊張してトイレに入りづらそうって井伏くんに話したら、それを用意してくれたのよ



まぁ、高価なモノじゃないですから



でも、こうしてケージも組み立ててくれるなんてありがたいわ。

おかげで大助(おおだす)かりよ



いえいえ。

ケージのパーツはオーハラさんの物ですし



とにかくこれでトイレも別々だし、誰かの目も気にならないわね


猫さんたち、ホントよかったわねぇ



あとはお猫様方に喜んでもらえるといいんですが




 猫オタは3つのトイレの手前に仕切り板を設置していく。



 新しいケージ。

 専用トイレ。

 仕切り板。



 おれはそれらをじっくりと観察してから、ニオイを嗅いで隅々までチェックした。



どうですか?

気に入っていただけましたか?




 猫オタはケージの外側から、おれの挙動を片時も見逃すまいと視線を定めて観察している。



なぁイザベラ。

猫オタは、一体なんと言っているのだ?




 彼女はケージ越しに猫オタを一瞥(いちべつ)すると、思いのほか陽気な口調で答えた。



たぶん彼は、あなたがその場所を良いと思っているか、気にしているんだわ



ふむ……



ねぇ、コレ危険じゃない?


問題ない、ニャウ?




 新調されたケージに仕切り板やトイレなどのグッズ。



 メデアとイソルダは、環境の変化を気にしているようだ。



 ふたりの子どもたちは、おれの右と左にあるケージに移された。



 それぞれ別々のケージに入れられたわけだが、隣り合わせになっているのでいつでも身を寄せ合える。

 じつに良いことだ。



心配はいらないぞ。

トイレが別々になり、仕切りもついて、いままでより快適になったことだけは確かだろう



なら、よかった


安堵、ニャウ




 おれの言葉を受けて、安堵したように微笑む子どもたち。



 しかし、意思の疎通が難しい人間のほうはそうもいかない。



大丈夫かなぁ……?

使ってくれるといいんだけどなぁ



猫にも個体差があるから一概には言えないけれど、たぶん気に入ってくれてるんじゃないかしらねぇ?



お猫様方、どうですか?

お気に召していただけましたか……?




 どうやら人々は不安を感じているらしい。



 傍目にはわからなくても、話しぶりからなんとなく心情が伝わってくる。



 おれはふと、先日ファーマとアミから教えられたことを思い出した。



人間もああ見えて結構感情的な生き物なんや


とくにアタシらの前では素の状態をさらけ出してくれてるから、気持ちがわかりやすいねん



ああいうときは、「ニャン」て鳴いて返事をしてあげると、とっても喜んでくれるわ




 やってみるか……。



 しかしいざ実行に移すとなると、人間相手に()びているような(いや)しさが感じられて、心の中に迷いが生じる。



どうしたの? あなた



いや……、

人間相手に礼を言ったら、浅ましいだろうか?



そんなことないわ。

感謝の気持ちは誰に対しても平等であるべきよ


猫でも人でも、「ありがとう」はきちんと伝えたほうがいいわ



うむ。

イザベラの言うとおりだな




 おれはさっそく猫オタに声をかけた。



 用もないのに鳴くのは違和感でしかないが、これも相手に気持ちを伝えるため――



 そう割り切って、意思を音にはっきりと出して伝える。



ありがとう、猫オタ。

このケージは、前のものよりずっと良いぞ



うおおおおおおおおおおおっ!


お猫様が返事をしてくださったぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!




 想像していたよりもあっさりとおれの気持ちは伝わったらしい。



 猫オタは、目から滝を生みだすかの勢いで涙を噴出させている。



まったく、やかましいヤツだ




 少々鬱陶しいが、悪い気分ではなかった。



 おれはさっそくトイレに入って、砂の上に立ってみることにした。



ム……?




 この仕切り板、少し長さが足りないぞ。おれの体が通常よりデカイせいだろうか。



 若干、板の端から頭がはみ出ている……。



 




あらあら、ちょっと頭がはみ出ちゃってるわねぇ



ああああああ! すみません、お猫様っ!

俺の想定が甘かったばかりに……!




 下を向いていないと、彼らとも視線がぶつかり合ってしまう。



 まぁ丸見えよりはずっといい。

 


 そう思い直して、改めて感謝の意を伝える。



手間をかけたな、猫オタよ


おまえたちも、おれと同じように礼を言いなさい



ありがとね!


感謝、ニャウ!



あら、子どもたちも鳴いてくれたのねぇ~。

まるで「ありがとう」ってお礼を言ってくれているみたい



うっうううぅ……!

だとしたら、最高すぎる……!


じつは俺、お猫様方の機嫌が悪かったから、ずっと心配だったんです


けど、機嫌を直してくれたみたいで、本当によかったぁ……!




 猫オタは溢れる涙を手でゴシゴシを拭う。



 その手の甲に刻まれた生傷を目にして、おれの中にこれまでなかった感情がふと湧いて出た。



すまなかったな……。

今度はいきなり引っ掻かないよう気をつけるから




 おれはもう一度、ニャンと声に出す。




 たとえこの気持ちが相手に伝わらなくても、自分への戒めとして残ればいい――




 そう思って、心から鳴いた。



















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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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