第66話 どうする猫様!?

文字数 2,659文字





 みつきが家に戻ってきた後。



 おれたち(くれない)一家はリビングに集まった。



 窓辺に佇むおれの向かいには、ソファーの上でくつろぐファーマもいる。



こうして猫が何匹もいると、毎日がネコの集会のようだな



住処(すみか)が変わっても、みんなでのんびりできるのはいいことね



だがおれの立場は、組にいたときよりもずっと危うい



せやなぁ。

ツートンが多重キャラなのは、まぁしゃーないとしてもや……


紅さんに嫌がらせして、この家から追い出そうとするのはエグイこっちゃで




 ツートンの策略に(はま)ったオーハラが、おれを外に放すかどうか……



 むろん、確実に実行するとは言い難い。



 だが猫も人も、感情で動く生き物だ。



おれとしては、家を追い出されてイザベラや子どもたちと引き離されるのは我慢ならん!


そこにヤツの(たくら)みも絡んでいるなら、なおさらだ!



ツートンの悪巧みを阻止するには、どーしたらええんやろ?



やっぱボコボコにするのが一番だよ!


アイツの身体に思い知らせてやる、ニャウ!



ふざけて血の気の多いことばかり言わないの!



フニャ


フニャウ




 母猫に叱られ、やや身をすくめる子どもたち。



 イザベラは厳しいときもあるが、考え方がしっかりしているから教育に信念がある。



仮にツートンを八つ裂きにしたところで、真っ先に疑われるのはおれだろう


ファーマやイザベラは好戦的ではないし、アカリ婆とヒカリ爺は高齢で性格は穏やかそのものだからな


そしてみつきは一貫してケージに入れられている。

本格的なバトルには発展しにくい状況だ




 となると、やはり疑われるのはおれしかいない。



 結局ヤツを傷つければそれが裏目に出て、オーハラやトラヒコの信頼をさらに損なうことになってしまう。



まいったわねぇ。

やっぱり、ツートンにここから出て行ってもらうのが一番だと思うのだけれど



せやけど、里親の引き取りは度々失敗してんねんで。

里親は決まるまでに時間もかかるし



じゃあいっそのこと、ツートンの悪いところを直してもらうのは、どーかな?



そもそも言って聞くようなキャラなら、苦労あらへんわ



ふにゅう……




 メデアはちょっと不快そうにシッポをパタパタさせる。



いや、悪い提案ではないと思うぞ




 そう娘を励ました直後のことだった。




 ピコーン!

  



 コミカルな音と共に、おれの頭に閃きが生まれる。



思いついたぞ!



ほ?



たしかにツートンは言って聞くようなキャラではない


だがおれたちが言って聞かずとも、みつきが言えば聞くかもしれん!



それは良案だわ!



うん!

ツートンは、みつきラブだもんね!


効果ありそう、ニャウ!




 ツートンは、初めてみつきと逢ったときから彼女に惹かれている。



 先日そのみつきに対し、ヤツは興味のない素振りを見せた。



 だが、あれが多重猫格のせいだったと考えれば、彼女への好意は失われていないはず……。



けど、その中から、どうやってみつきラブの別キャラを呼び出すん?



うーむ……悩ましい問題だな


みつきが近くにいれば、自然とヤツの中でキャラ変が起こるわけではないようだし……



やっぱり殴るしか……


おもいきり頭をバコーンと……



なんでも短絡的に力技に訴えるのはやめなさい




 呆れたように言って、イザベラはおれに提案する。



ねえ、あなた。

いま思い浮かんだのだけれど



なんだ?



みつきはメス猫だし、誘惑のフェロモンを出せばいいと思うの



誘惑のフェロモン……?



ええ、そうよ。

誘惑のフェロモンはオス猫の心を刺激するわ


もしフェロモンが出なくても、彼女の誘惑に刺激されて、ツートンの中からみつきラブのキャラが出現するかもしれないでしょ?



なるほど!



ええやんか、ソレ!




 ファーマも賛成し、身を乗りだす。



 さっそくおれたちはみつきのいる部屋へと移動した。



 ケージ越しにみつきへ事情を打ち明けると――



な、な、な、な、な……っ!?


フェロモンなど、出せぬでござるよぉ~~~!



シッ! 声がデカイ!




 おれはみつきへ警戒を促す。



 ツートンに聞かれては、計画が元も子もなくなってしまう。



案ずるな。出ないモノを無理やり出せとは言っていない。

要は、それっぽいフリだけでいいのだ



フリ、でございまするか?



ああ



それは一体どのように?



まぁ、その、なんというか……



うっふ~ん♡みたいなやつや



うげえっ!?




 よほど衝撃だったのか、みつきの口から普段出ないような(ひん)に欠けた声が飛びだした。



やはり、嫌か?



拙者には、そのようなことはとても……



そう言わずにお願い。

うっふ~んが無理なら、うにゃ~んでもいいの



うにゃ~んでござるか?



ええ。

うにゃ~んはそれほど露骨ではないわ


まずは「うにゃ~ん」とちょっと高めの声で鳴きながら、仰向けに寝転がっておなかをみせるの


それから体を少しだけ左右にクネクネさせるのよ


ポイントは、相手をじっと見つめながらやることね。

劇的に効果が増すわ



相手を見つめながら、クネクネはいささか……



それならクネクネアピールだけでもいいと思うわ。

充分効き目はあるはずだから



クネクネだけならば、まだできなくはないような……




 イザベラは、みつきに教えるために床に寝そべって実演していた。



 丸みを帯びた体がプルンプルンと揺れている。



 毛に隠れてはいるが、おなかにはいくつもの乳があるのだ。



……!




 これはイカン……と思い、おれは目を逸らした。



 凝視していると、オスの本能が激しく刺激されてしまう。



大丈夫よ、みつきにならきっとできるわ!


なんといっても、あなたはねこねこファイアー組で『跳躍(ジャンプ)の名手』といわれていたほどの実力の持ち主ですもの!




 イザベラは起き上がり、みつきのそばへ寄って元気づけた。



 単純なみつきは、イザベラの激励を受けると、



わかり申した!

親分様から受けたご恩を思えばこの程度のこと、他愛もないでござる!




 まるで部屋を灯すスイッチを入れたように、パッとその顔に明るさが戻る。



本当によいのか?

無理強いはせぬぞ



はっ! 

拙者もあの変猫にはホトホトまいっていたでござるゆえ、災いを避けるためにも協力は惜しみませぬ!


是非とも、おまかせくだされ!



わーい!


やったー!




 みつきの快い返事を受けて喜ぶ子どもたち。



あとはここにツートンを連れてくればいいだけね



そうだな




 家族そろって、にこやかな笑みにつつまれたのも束の間だった。



水差すようで悪いけど、ええか?



ん?



どーやって、この部屋にツートンを呼び出すんや?

さすがに話がある言うても、もう来ぃひんやろ



あ……



……


……


……




 たちまち気まずい沈黙がのしかかる。






 窓の外では陽射しが徐々に傾いて、遠くで雷鳴が唸りはじめていた。


















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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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