第93話 ぎこちないコミュニケーション

文字数 2,256文字





 猫オタが泣きやむと、オーハラは視線を桃寧(もね)に移してたずねた。



他の子たちの名前はどうする?

桃寧(もね)が決める?



わたしが決めちゃっていいのかな?



ひとりめの子もあなたが名づけたんだから、他の子たちもそうしていいんじゃない?



待ってください!


一応、ご両親に伺ったほうがいいように感じるんですが



えっ!?

伺うって……直接聞くの?



はい!



でも、相手は猫だし、言葉の壁にぶつかりませんか?



神猫様は尋常ならざる猫です!


以前俺が公園でお猫様方に出会った際も、この『マジカル・ニャワンダ』へ行くよう鳴いて訴えてくださいました!


もし不満があれば、態度にあらわしてくれるはずです!




 猫オタは姿勢を低くすると、押し入れの中のイザベラを見上げつつ、おれのほうへにじり寄ってきた。



神猫様、奥方様!


子猫様のお名前を、こちらで決めさせていただいてもよろしいでしょうか!?



ん……名前?



ええ。

向こうで決めていいかって、たずねているようね



なんだ、そんなことか。

ファーマから命名について聞いたときから承知していた。

別に構わんぞ



わたしも異論はないわ



ただし、おかしな名前にしたら八つ裂きにしてやるからな!




 おれは息を凝らしてこちらを見つめている猫オタに釘を刺す。



……フムフム、なるほど




 猫オタは頷いて立ち上がると、人々のほうへ向き直って、もっともらしく報告しはじめた。



えー、ひとまず猫パンチとシャーの威嚇はされませんでした


よって、問題なしと判断します!



あはは! 

本当に猫に聞くんだね。

おもしろい~!



人間だけでなんでも勝手に決めたらかわいそうだと思うので


結局言葉が通じないから、アバウトな解釈しかできませんが



それでも話をきちんと伝えておくのは、大事なことかもしれないわね


まぁ話もまとまったみたいだし、名前は桃寧(もね)が決めなさい



うん!


えーっと、それじゃあ……




 桃寧は、自身の記憶を振り返るように遠くを見つめた。



 そこに何が浮かんでいるのかわからないが、名前のような短い言葉が次々に挙げられる。

 


 ほどなくして、ヒスイ以外の子猫たちに名がつけられた。



ミヌ


カンタ


ヒスイ


まれ




 桃寧の話によると、みんな不慮の事故に遭遇し、命を落とした猫たちだという。







よし、子どもたちの名が決まったようだな



これからはわたしたちもその名前で呼びましょう



ああ。

さっそくメデアたちに教えるか




 戸口に目をやるが、ふたりはどこへ行ったのか、姿は見当たらず気配も近くに感じない。



メデアとイソルダはどうした?



トイレに行くって言ってたけれど、戻りが遅いわね



まぁ、呼べば来るだろう


おーい!

メデア~! イソルダ~!




 大きめの声で鳴くと、それを見た桃寧が勘違いしてうろたえだした。



どうしよう! 

父猫さん、ご立腹っぽいよ!?


やっぱり子猫につけた名前が気に食わなかったのかな……



そうとは限らないわ。

声が不機嫌そうじゃないから、案外喜んでいるのかもしれないし



じゃあ、ありがとうって?



そうよ。

きっとお礼を言ってくれているのよ



さすが神猫様! 

人間たちに声をかけてくださるなんて、なんと心が広い……!



すっかり都合よく解釈されてるわね……



言葉が通じぬと、こういうときは人間にとって都合がいいな


とはいえ、名をつけられてまったく喜んでいないわけではないぞ


意味のある名は、おれたち猫にとっても歓迎すべきところだ



それじゃ、そろそろ下に戻りましょうかね



うん




 退出しようと、オーハラと桃寧は歩き出す。



 が、ふと何かに気づいたように桃寧は足を止め、後ろを振り返った。



あの……




 彼女はまっすぐな瞳で猫オタを見つめている。



井伏さん。

敬語じゃなくていいですよ



え……!? 

俺のほうが年上なんですか?



いえ、年齢の問題じゃなく……、

なんていうか、気持ち的に?


もっと気楽に、友達感覚で話してくれればいいなって



ええっ!? 

いいんですかっ!?



うん、いいです


じゃなくて、いいよ



桃寧もこう言ってるし、仲良くしてあげてね



は、はい!




 みんなが楽しげに微笑み合う。



 ほどなくして、玄関のほうからなじみのある声が響いてきた。



ただいま~



あ、トラヒコさんが帰ってきたわ


それじゃ、トラヒコさんとワンコたちを出迎えに下に行きましょうか



またね!

ミヌ、カンタ、ヒスイ、まれ



ミィミィ


ミャーミャー


ミャアミャア


ニィニィ



うおおおおおおおおっ!


かわいすぎて、離れるのが惜しい……っ!



いいから、とっとと行け




 去っていく人々を目端に留めつつ、おれは毛づくろいに専念する。



 やがてメデアとイソルダが部屋に戻ってきた。



遅かったな



トイレのついでにね、2階をウロウロしてたんだ


スメルチェック、ニャウ




 猫にとって、ニオイ調査は日課の一つでもある。



 この家に来たばかりで縄張りを主張するつもりはないが、猫である以上、異常はないか日々の点検を怠るわけにいかない。


 

 といっても、野良猫のウロつく野外と違って家の中が外敵に荒らされることはないから、過敏に神経をとがらす必要はないのだが……



とりわけ異常はなかったのだろう?



うん、ニオイに問題なかったんだけど……



ム?

他に何か問題でもあったのか?



うちに子猫が生まれたとき、ツートンの様子が変だったらしいじゃん



ああ



そのせいかわかんないけど、みつきが絡まれてたよ



また、アイツか



懲りないわねぇ



それで、いまみつきはどこにいるのだ?



ベランダのある部屋にいたよ。

日向ぼっこしてるところをツートンが邪魔しに行ったみたい


お邪魔虫、ニャウ



やれやれ……。

みつきの身が心配だし、様子を見に行くか




 おれはメデアとイソルダに子猫たちの護衛を頼んで、みつきのもとへ向かった。



















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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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