第82話 封印された記憶

文字数 5,906文字


こんばんは~!

作者の気持ちをお伝えするアイ・キャットでーす


今回のお話は、実際にあった事件を参考にしています。

不幸な猫たちを想うと書かないわけにはいかないと思い、どうにか形にはしましたが、まったく明るい内容ではありません


重たい話は遠慮したいという方は、この先は読まずにおいても構いません


私はいつも、死んでしまったうちの飼い猫が楽しく読んでくれていればいいなぁと妄想しながら書いているのですが、今回はとても勧められる内容じゃないですね


むしろ同じ人間という生き物であることに対し、恥じ入りたくなるような内容です


改めて事情を知っておきたい、残酷な描写に抵抗はないという方はぜひご覧ください。

暴力表現など露骨な描写は極力避けシンプルにしてありますが、15歳未満の方は閲覧を控えたほうがよいかもしれません


視点は紅のままですが、通常どおりに記入すると語りの吹き出しが延々と続くことになるので、一部を地の文ということで表記しています。

ご了承ください




↓ ここから本編です ↓



 彼は言葉を紡ぎはじめる。



 暗いまなざしをどこか遠くへ向けたまま――。



オレにはかつて共に暮らしていた家族がいた


ふたりの弟。それに妹。

そして母








 母は人間に面倒を見てもらっている半野良(はんのら)の猫だった。



 オレたちに食事を与えてくれたのは、小さな酒屋を営む老夫婦だった。



ほ~ら、ごはんだよ~



わーい




 いつも皿に盛られた食事は、柔らかめのウェットフードだった。



 まだ歯の生えそろわない子どもたちを気遣ってくれていたのかもしれない。



ガブガブガブガブッ


ガブガブガブガブッ



あんまりガツガツ食べてばかりいないで、しっかり噛んでね。

おなか壊すよ



ママ、これおいしー♪

魚っぽい風味がするけど、何味?



たぶんカツオね



へぇぇぇ、カツオ味かぁ



こっちもお食べ~



やったー、チュールだ!


ぼく、チュール好き~♪




 おそらくゴマ団子とマメ大福の食の好みの影響は、この弟妹(ていまい)から来ているのだろう。



 食べ物と同様に、寝る場所にも困らなかった。老夫婦の家にはガレージがあり、家族全員が足を広げて寝るのに充分なスペースがあったからだ。



 オレたちは日夜そのガレージで過ごし、歩けるようになると母と共に外にも出た。



 とりわけ不自由を感じることもなく、日々の暮らしに不満はなかった。



食と寝床が確保できていれば、苦労はないだろうな



だからこそあの頃はツートンの精神が乱れることもなく、シャドーという存在が生まれることもなかった


だが、すべてが崩れた――




 あれはちょうどいまと同じくらいの季節だった。



 桜の花も散った頃、老夫婦の家に二人組の男が押しかけてきた。



よぉ!

ジイさんバアさん、久しぶり~


はじめまして~




 ヤツらの一人は老夫婦の孫で、もう一人はその友人だった。



 男たちは、子どものオレでも感じ取れるような強烈な邪気を放っていた。



なぜそいつらが老夫婦の家に来たのかはわからない。

だが、ヤツらはしょっちゅうカネがないとこぼしていた


おそらく人間社会の厄介者だったのだろう。

事実、老夫婦にたかるハエのようなヤツらだった




 孫とその友人は、非常に暴力的で残忍な人間だった。



 老夫婦が家を空けると、その隙に乗じ〝犯行〟に及んだ。



 オレたちはヤツらにとって、気晴らしの道具だった。



 その都度ガレージに閉じ込められ、エアガンとかいう銃の的にされていた。



痛てぇだろ、鳴いてみろよ!


生意気そうな顔しやがって!




 男たちは銃を構え、何発も何発も無差別に撃ちまくってきた。



ギャアァッ!



ギャアアアァッ!



痛いよぅ……!



なんでこんな目に遭わなきゃならないの……!?




 床は小さなプラスチックの弾だらけだった。



 オレたちを撃ったものもそうではないものも、みんなが悪意の(かたまり)のように見えた。



 体の痛み以上に、心に苦しみが募っていった。




 人に裏切られた――




 そう思いたくなくても感情がとめどなく噴き出して、胸に大きな穴をあけられた気分だった。



ママ、助けて!


助けて!




 弟も妹も、震えながら母に(すが)りついた。



 母も攻撃を喰らっていたが、それでも子どもを守るため、精一杯声をあげていた。



フゥゥウウウウウウゥゥゥ!


ウウウウウウゥウウゥゥゥゥゥッ!




 人を信頼していた母は、きっとオレたち以上にやり場のない怒りを感じていたはずだ。



 にもかかわらずあんな目に遭わされて、さぞ苦しかったことだろう。



 母は気丈(きじょう)(うな)り声を発し、人間たちを退(しりぞ)けようとしてくれた。



 だが――



必死すぎ


うぜぇわ




 所詮連中は、血も涙もないクソ人間だった。精一杯声を出して訴えても、心に届くことはなかった。



 二人は母に銃口を向けると、引き金をひいた。



 銃口からいくつもの弾が飛び出て、容赦なく母を撃った。



 ヤツらにとってオレたちは単なる的にすぎなかった。



 男たちは、ひたすら(まと)が苦しむさまを楽しんだ。



アッハッハッハッハッ!


クックククククッ!



――ッ!




 母はそれでも退()かなかった。



 後ろにいる弟と妹を時折(かえり)みながら、歯を食いしばって痛みに耐えていた。




 人間は、ひどい……。




 人は銃などという自分たちに都合のいいオモチャを作りだしたかもしれないが、撃たれるほうにしてみれば迷惑でしかない。



 たった一発でも弾を受ければ皮膚は腫れあがり、内出血もする。



 それが悪意のもとに撃ち出されたものなら、永久に消えない傷が心に刻まれ、(うつ)ろにさまようはめになる……。



もうやめろ! 撃つなっ!




 オレはヤツらの背後から懸命に訴えた。



 危険とわかっていても跳び込まずにはいられなかった。



やめろぉぉぉぉぉっ!




 叫びながら跳躍して男の腕にしがみついた。それから小さな牙に渾身の力をこめて噛みついた。




 憎い……!



 腹立たしい……!




 頭の中で怒りと悲しみがひしめき合って爆発しそうだった。

 


 どうにかして、この絶体絶命的状況を壊してやりたかった。



 窮地に陥った家族を救いたかった。



 オレがヤツらに恨まれれば母や弟妹たちには狙いがいかないはず。そう思って行動に踏みきったが……





 ――無駄――



 


 とことん思い知らされた。




 相手は人間だ。




 決死の覚悟や勇気を上から踏みつぶしてくるのが人間なのだ。



ってぇな! 


このクソネコがぁっ!




 オレは首根を掴まれ、ボールのように投げ飛ばされた。



フアァァァァッ!




 すべてがめまぐるしかった。



 全身が硬い壁に叩きつけられて、痛みと痺れが同時に襲ってきた。視界が回って、方向感覚がおかしくなり、一瞬自分がどこにいるのかさえわからなくなった。



 天井と床を交互に見つめながら、自分の身に迫る死についてふと考えた。




 もう死ぬのかもしれない……。




 それを思うと、全身が突然ずぶ濡れになったみたいに手足が冷えて、容易に動かすことさえできなくなった。



マジむかつくわー。

いっそ殺すか


あ。ちょうどおれ、ライター持ってる




 人間はポケットから取り出した物を器用に操った。



 ライターとかいう物から、ジュボッと火が上がった。



……!




 火を目にしたのは、そのときが初めてだった。



 揺らめく炎に恐れを感じ、目を見張らずにはいられなかった。



コイツ燃やしたいんだけど、いい?


少しくらいならいいんじゃね




 燃やす……?



 何を言ってるんだ、コイツら!?



逃げて――っ!




 ――やばい!



 オレは体を動かし、体勢を立て直した。息が詰まって苦しくて、立ち上がるのも困難だった。



 しかし止まってはいられなかった。



 連中はおれを捕まえようと迫ってきた。



 オレは一心不乱に走った。



 恐怖で頭がおかしくなりそうだった。



すげぇ!

コイツの毛のボリュームやべー


ははは! ビビッてやがる!

よく燃えそー




 男どもとの距離がみるみる縮まり、その手がぐんぐん背後に迫っていた。



 逃げたい!



 逃げたい!



 逃げたい……!



 こんなにも外に出たいのに、ガレージの扉は閉じられている。



 普段は広々していると思っていた空間がやけに狭く感じられて、またしても裏切られた気持ちになった。



逃げても無駄~




 行く手を男たちに挟み撃ちにされてしまい、どうしようもなかった。



 連中に捕まったオレは体を押さえこまれて、シッポの毛をライターの火でチリチリと焼かれた。



 その勢いはまたたく間に膨れあがって、燃え広がった炎が黒い毛を一瞬で消しズミに変えた。



うわあああああああああああああああああああ!




 火があれほど熱いものだとは知らなかった。



 あのとき嗅いだ焦げ臭いニオイは、いまだに忘れることができない。



 燃やされたのは主にシッポの先端だったが、当時は不自然なほど毛が失われていた。



 帰宅した老夫婦はすぐそれに気づいて、孫たちを問いつめた。



 たちまち激しい口論になった。



うるせー!

口出しすんなっ!




 老いた体が蹴り飛ばされる音が、家から独立したガレージにいても届いてきた。



次文句言ったら、マジで殺すぞ!




 老夫婦は孫たちの暴力による脅しを受けて、やむなく彼らに従うこととなった。



それからは虐待の日々だった。

オレたち親子は、来る日も来る日も痛めつけられた


我慢をしてもしなくても、何も報われることはなかった


次第にオレは精神が不安定になり、記憶もあやふやになった。

自分で自分を見ているような、視点に明らかな狂いが生じるようになった


表面に異常は見受けられなくても、頭の中は異常事態に見舞われていたのだ……





 脳に……



 心に……




 閉ざされていなくてはならない未知の扉が、己の意思とは無関係に勝手にひらかれようとしている――。



 それがわかっていても、どうすることもできない。



 無為に日が流れるうちに、とうとう変化が起こった。




 新たなキャラクターの出現だった。




そうして誕生したのがシャドー、このオレだ


絶望する日々に疲れ、心に生じた虚無がツートンの裏の顔・シャドーとなったのだ



そうだったのか……



オレの役目はツートンを影ながら支えること。

その協力を惜しめば、ツートンはとっくに死んでいただろう


次いでナナシも誕生した



ナナシ?



そうだ。

ヤツらに虐げられるとき、シャドーであるオレは意識的に、ツートンは無意識的にナナシになった


ナナシは不幸なヤラレ役だった


もはやこの体はただの物にすぎない、恐怖にのたうち回るだけの無力な生き物にすぎない――


そう割り切らなくては、日常的に繰り返される暴力に耐えることなどできなかった


ゆえにナナシという無力な存在が生まれた




 弟も妹も、オレの変化に気づいていた。

 


 それもそのはずで、オレの主要キャラであるツートンの内面が冷淡になったのは、この事件を経てからなのだ。



 家族と平和に暮らしていた頃は、普通に甘えたりよく笑ったりする猫だった。



 それがいつしか無表情の能面みたいになってしまった。



ねぇ、兄ちゃん?


また変わった?


いま、誰なの?




 ツートンは自分が多重猫格であるという事実を知ろうとしないから、この話題が出るとすぐ意識下にもぐって消えてしまう。



だからオレは、母や弟妹たちに肉球タッチの挨拶をするように言ってやったのだ


オレは家族から肉球タッチをされても、あえて無視した。

怖がりのナナシは、そもそも触れ合いを好まない


ツートンは家族からの挨拶を返した。母や弟妹たちは、ツートンが誰にも変化してないと安堵し喜んだ


ツートンも、母や弟妹たちも、積極的に肉球合わせの挨拶をするようになった。

そしていつしかそれは互いの信頼を表す証となったのだ



あれにはそういう意味があったのか



オマエとは誓いを立てるために手を交わしたが、ツートンはそれを知らない


このことはくれぐれもツートンには話すなよ



わかっている。

それで、家族はどうなったのだ?



結局、全員殺された



――!?



バカなっ!? 

全員だと……!?



そうだ。

すべてはあの二人組の犯行だ


母は、頭と体をバラバラに切断された。

弟たちや妹は、壁に叩きつけられて死んでいった




 妹は男に捕まったとき、オレに言った。



逃げ……て……っ!




 それが最期の言葉だった。



 壁に打ちつけられ、物みたいにズルズルと壁面を滑り落ちていった。



 壁に残された血痕、それは妹が生きていた証だ。

 だがそんなものは死んでしまえば悲しい思い出にしかならない……



 オレは死というものを悟った。



 さらには生きることの虚しさも悟った。



どうせこんな思いしかしないのなら、もっと単細胞な生命体に生まれたほうが楽だったかもしれない


猫になど生まれなければよかったと、悔やんでも仕方のないことを思った




 いっそ死のう……



 オレもみんなのところへ逝こう……



 そう覚悟したときだった。



 ガレージのシャッターが全開された。



 事態を見かねた老夫婦がついに動き、警察という人間を戒める存在を連れてきたのだ。



この残虐非道なクズどもめっ!


動物虐待は罪だぞ! 

逃げるなよっ! 署まで連行してやるからな!





 終わりはあっけなかった。




 おれはただひとり助かったが、待ち受けていたのは平穏とは無縁の日々だった。




 孤独、そしてトラウマ――。



面倒を見てくれていた老夫婦は、孫たちの事件がキッカケで体調不良になった


老婆のほうは入院し、老爺はある日、胸を押さえたまま苦しみだしてそのまま死んでしまった




 倒れた老爺をどうすることもできず、オレはガレージに戻ってしばらくじっとしていた。



 そこで朽ち果てるなら、それでもよかった。



だが老夫婦の家にいると色々なことが思い出されて、精神的に辛くなった。

オレは鍵の開いた窓から再び外に出て、それから目的もなく放浪した





 ただ、遠くへ行ければよかった。


  


 思い出は、オレを苦しめる材料にしかならない――。




ろくな食べ物もなく、水は気温の影響で干上がって、飲水にも事欠くようになった


このまま死のうかと考えながら、偶然立ち寄った公園で休んでいると……


オレを見かねたオーハラたちに保護されたのだ


そうしてオレは、ここにいる



……


さんざんだったな……



ああ……


だが、これでも運のいいほうだろう


オレは家族と違い、無残に殺されずに済んだのだからな



強がらなくてもいいんだぞ?



同情はしてくれなくていい。

その代わり――





オレが打ち明けた話を忘れないでくれ


不幸に殺されていった猫たちがいた――


その事実を胸にしっかりと刻んでおいてくれ



もちろんだとも




 おれが頷くところを見届けると、シャドーは視線を窓のほうへ戻した。



 外の風は相変わらず穏やかだった。



 草木がザワつくこともなく、陽射しが遮られることもなく、春らしい陽気につつまれて波乱の影がチラつくこともない。



 心に負った傷のせいで、この平和の象徴みたいな風景が淀んで見えるのだとしたら、それこそ不幸だと思った。




















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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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