第150話 降りかかる運命

文字数 3,143文字





 なんとなく、オーハラの様子がおかしい……。



それじゃ、またあとでね



……




 オーハラが部屋を出ていったあと、おれたちは食事を終えてくつろぎタイムになった。



 子どもたちが毛づくろいに集中している中、おれはイザベラのそばに寄って話を振る。



なんだかオーハラの様子が変だったと思わんか?



言われてみれば、いつもと様子が違ったわねぇ


全然話しかけてこなかったし、何か考え事をしてるっていうか、悩んでるみたいだったわ



まさか……またアレか?



アレ?




 込み入った話を子どもたちに聞かせたくないので、さらに声量を絞って伝える。



例の里親の件だ。

うちの子を引き取りたいヤツがいるから見学させろ


などと言いだすつもりじゃないだろうな



可能性は否定できないわね



フッ、なにせうちの子はかわいいからな


ひと目見れば、(とりこ)になること間違いなしだぞ!



うふふ、そうね。

親バカと言われようが、うちの子が一番かわいいと思う気持ちに揺らぎはないわね



ああ、そうだとも!


で、どうする? 

探りを入れるか?



彼女の動向をそれとなく調べたほうがいいかもしれないわね



わかった




 おれはひとりドアのほうへ歩む。



 すると廊下側から重たげな足音と声が響いてきた。



留守番なら、お任せくだされ~!



みつき!




 直後にドアノブがガチャガチャと鳴る。



 微妙にドアレバーが傾くが、ドア自体は毛ほども動く様子はない。



はわわっ!

意気揚々と登場したものの、ドアが開けられないでござる……!



ちょっと待ってね




 イザベラが颯爽とドア開けの術を披露すると、扉はひらかれ、みつきの姿が現れた。







 久しぶりに目にするみつきの変貌ぶりに、みんな驚いて目を見張る。



あらっ?


話には聞いていたけど、ずいぶんふくよかになったわねぇ



わぁ、おっきい!



おなかポヨヨ~ン!



おニク、ニクニク~♪



ぷよ~ん、ぷよよ~ん♪



い、いずれ痩せまするっ!

どうかそれ以上は触れずにおいてくだされ!



おい、みんな。

みつきがそう言っているのだから、あまりからかうんじゃないぞ



はーい


はーい


はーい


はーい



ところで留守番と言ったが、おまえが子どもたちを部屋で見ていてくれるのか?



はっ! 

おまかせくだされ!


メデア様やイソルダ様の頃のように、傅役(もりやく)を務めさせていただきまする!



それはありがたい。

おれが部屋を出るとイザベラに育児を任せきりにしてしまうから困っていたのだ


だが、みつきよ。

急にどうした? 

近頃ずっと籠りきりだったではないか


心境に変化でもあったか?



それは……籠りきりではよくないと思ったからでございます



じゃあ、ダイエット目的で?



それもありまするが、意を決したのは拙者なりに考えてのこと



ふむ?



我らは保護猫としてここに身を置く立場ゆえ、いずれ別れのときが訪れまする


ゆえに拙者は、親分様方との別れが辛くなるからと別室に籠っておりました


なれど、離れ離れになる運命を避けられぬのならば、最後まで誠心誠意を尽くし、よき思い出を残そう――


そう心に固く誓い、参上(つかまつ)りました次第でございます!



そうであったか。

みつきよ、よく決心してくれた



ありがとう、みつき



どうぞ拙者に構わず、親分様は奥方様とお部屋の外へお出かけくだされませ



すまんな。

子どもたちを頼んだぞ



はっ!




 下のリビングに行くと、人々がテーブルを囲んでいた。



 オーハラの向かいにはトラヒコがいて、トラヒコの隣には猫オタもいる。



 オーハラは、卓上に置かれた黒いモノをじっと見つめたまま動かない。




 黒いモノの名は、なんだったか。




 タブ……タブレ……?




 もう思い出せんが、要するにPCとかいう道具だったはずだ。



何を見てるのかしら?




 そーっと背面にまわり込んで様子を窺うが、



文字ばかりで、何が書いてあるのかサッパリわからんな



ファーマさんなら、何か知ってるかしら?



どうだろう?

聞いてみたい気もするが、ファーマは2階の自室で寝ているようだし



今日は昼寝が長いわね



ファーマは見た目は若いが、もういい年齢だからな。

ウッカリ寝すぎることもあるだろう


まぁこんな陽気じゃ眠たくなるのも無理はないが




 おれたちが話していると、壁際の犬用ベッドでくつろいでいたアカリ婆とヒカリ爺が歩み寄ってきた。



どうしたのじゃ?



じつは、オーハラのことなのだが



ふぅむ。

オーハラさんが、どうしたのじゃ?



おれのほうをチラチラと見ては、気まずそうに目を伏せるのだ



気のせいではないのか?



そう思うなら、見てみろ




 オーハラの真後ろから、人間でも聞き取れるくらいの声で呼びかける。



おい、オーハラ!



ギョッ!




 オーハラはビクッと肩を揺らし、慌て気味にこちらを振り向いた。



あ、あら、神猫様。

またドアを開けて下におりて来てたのね



おまえ、おれに何か隠し事をしているのではないか?




 話しかけたがオーハラは無視し、焦った手つきでPCの画面を懐に隠す。



 おどおどしながら、おれのまなざしを避けるように前へ向き直った。



どうだ? 

おかしいとは思わんか?



たしかに不審じゃのぅ。

何か後ろめたいことでもあるんじゃろうか



じつは、与えた食べ物の賞味期限が切れていたとか?



そんなことで後ろめたくなるのか?



まぁ、ちょっとくらいはなるじゃろう。

たまに賞味期限が切れそうだ~と、慌てていることがあるからのぅ



仮に期限ギリギリだろうが実際に切れていようが、おれはその程度のことなど気にもならんぞ


自慢じゃないが、食あたりを起こしたことはないのだ



ホッホ~。

さすが丈夫じゃのぅ



うむうむ、強靭(きょうじん)な胃袋でなによりじゃ



仮にアカリ婆の言うように食事が問題なのだとしたら……


おれにだけ気まずそうな態度を取るのは、不自然ではないか?



気まずい素振りは、あなただけってわけでもなさそうよ



ム?



……っ




 イザベラを見て、やはり気まずそうに目を伏せるオーハラ。



まさか、イザベラのゴハンも期限切れだったのか!?



えっ?




 だとしたら、それを一緒に食べた子どもたちも――具合が悪くなる!?



 いや、たかが期限切れくらいでどうなるものでもないとは思うが……



 とはいえ妻や子どもが関わっているとなると、笑って済ませることなどできん!



おいっ、どうなのだっ!?

オーハラ!




 するとオーハラはひどく憂鬱(ゆううつ)そうに、溜息を()らしはじめた。



はぁぁぁぁぁぁぁぁ……


どうしよう……

この決定ボタンを押したら、データが反映しちゃう……


でも、押さないわけにはいかないし……



迷いがあるなら、やめておきましょうよぉぉぉぉ!


ネットに掲載したら、取り返しがつかなくなりますよぉぉぉぉぉ!



でも……



俺は反対ですっ!


神猫様の里親募集なんて……、

絶対、絶対、する必要ないと思いますっ!



えっ!?



な、なんとっ!



紅を里親に!?



おれが、里親のもとに出されるだと……!?




 一瞬、わけがわからなくなった。



 不意に後ろから体当たりを喰らったみたいに、息が詰まって苦しくなる。



 めずらしく肉球にじわりと汗が滲んでいた。



そうか……。

だからオーハラは、さきほどから様子がおかしかったのか



そんな……!

あなたがここを離れるなんて……っ!



いや、子どもたちの里親の件もあったし、そんな話もいつかは起こるかもしれないと思ってはいたのだ


だから別に――




 そうだ。別に驚くようなことではない。



 おれは元々野良猫だ。人に飼い慣らされて育ったわけではない。



 だから見放されるのは、やむを得ないことなのだ。



やむを得ないこと……?




 わかっていたはずなのに、心がざわつく。



 なんだろうこの感じは……? 



 胸が爪で刺されたようにチクリとする。心が痛い。まぶたの奥がジンジンする。



 体が熱いのに手足は冷たくて、まるで硬いアスファルトの上に放り出されたみたいだ。



おれは……


それほど人に好かれては、いなかったのか……?




 もう、何もかもが信じられなくなってしまいそうだった。



















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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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