第150話 降りかかる運命
文字数 3,143文字
オーハラが部屋を出ていったあと、おれたちは食事を終えてくつろぎタイムになった。
子どもたちが毛づくろいに集中している中、おれはイザベラのそばに寄って話を振る。
全然話しかけてこなかったし、何か考え事をしてるっていうか、悩んでるみたいだったわ
込み入った話を子どもたちに聞かせたくないので、さらに声量を絞って伝える。
例の里親の件だ。
うちの子を引き取りたいヤツがいるから見学させろ
ひと目見れば、
虜になること間違いなしだぞ!
うふふ、そうね。
親バカと言われようが、うちの子が一番かわいいと思う気持ちに揺らぎはないわね
彼女の動向をそれとなく調べたほうがいいかもしれないわね
おれはひとりドアのほうへ歩む。
すると廊下側から重たげな足音と声が響いてきた。
直後にドアノブがガチャガチャと鳴る。
微妙にドアレバーが傾くが、ドア自体は毛ほども動く様子はない。
はわわっ!
意気揚々と登場したものの、ドアが開けられないでござる……!
イザベラが颯爽とドア開けの術を披露すると、扉はひらかれ、みつきの姿が現れた。
久しぶりに目にするみつきの変貌ぶりに、みんな驚いて目を見張る。
話には聞いていたけど、ずいぶんふくよかになったわねぇ
い、いずれ痩せまするっ!
どうかそれ以上は触れずにおいてくだされ!
おい、みんな。
みつきがそう言っているのだから、あまりからかうんじゃないぞ
ところで留守番と言ったが、おまえが子どもたちを部屋で見ていてくれるのか?
メデア様やイソルダ様の頃のように、
傅役を務めさせていただきまする!
それはありがたい。
おれが部屋を出るとイザベラに育児を任せきりにしてしまうから困っていたのだ
だが、みつきよ。
急にどうした?
近頃ずっと籠りきりだったではないか
それは……籠りきりではよくないと思ったからでございます
それもありまするが、意を決したのは拙者なりに考えてのこと
我らは保護猫としてここに身を置く立場ゆえ、いずれ別れのときが訪れまする
ゆえに拙者は、親分様方との別れが辛くなるからと別室に籠っておりました
なれど、離れ離れになる運命を避けられぬのならば、最後まで誠心誠意を尽くし、よき思い出を残そう――
そう心に固く誓い、参上
仕りました次第でございます!
どうぞ拙者に構わず、親分様は奥方様とお部屋の外へお出かけくだされませ
下のリビングに行くと、人々がテーブルを囲んでいた。
オーハラの向かいにはトラヒコがいて、トラヒコの隣には猫オタもいる。
オーハラは、卓上に置かれた黒いモノをじっと見つめたまま動かない。
黒いモノの名は、なんだったか。
タブ……タブレ……?
もう思い出せんが、要するにPCとかいう道具だったはずだ。
文字ばかりで、何が書いてあるのかサッパリわからんな
どうだろう?
聞いてみたい気もするが、ファーマは2階の自室で寝ているようだし
ファーマは見た目は若いが、もういい年齢だからな。
ウッカリ寝すぎることもあるだろう
おれたちが話していると、壁際の犬用ベッドでくつろいでいたアカリ婆とヒカリ爺が歩み寄ってきた。
おれのほうをチラチラと見ては、気まずそうに目を伏せるのだ
オーハラの真後ろから、人間でも聞き取れるくらいの声で呼びかける。
オーハラはビクッと肩を揺らし、慌て気味にこちらを振り向いた。
あ、あら、神猫様。
またドアを開けて下におりて来てたのね
話しかけたがオーハラは無視し、焦った手つきでPCの画面を懐に隠す。
おどおどしながら、おれのまなざしを避けるように前へ向き直った。
たしかに不審じゃのぅ。
何か後ろめたいことでもあるんじゃろうか
まぁ、ちょっとくらいはなるじゃろう。
たまに賞味期限が切れそうだ~と、慌てていることがあるからのぅ
仮に期限ギリギリだろうが実際に切れていようが、おれはその程度のことなど気にもならんぞ
仮にアカリ婆の言うように食事が問題なのだとしたら……
おれにだけ気まずそうな態度を取るのは、不自然ではないか?
気まずい素振りは、あなただけってわけでもなさそうよ
イザベラを見て、やはり気まずそうに目を伏せるオーハラ。
だとしたら、それを一緒に食べた子どもたちも――具合が悪くなる!?
いや、たかが期限切れくらいでどうなるものでもないとは思うが……
とはいえ妻や子どもが関わっているとなると、笑って済ませることなどできん!
するとオーハラはひどく憂鬱そうに、溜息を洩らしはじめた。
どうしよう……
この決定ボタンを押したら、データが反映しちゃう……
ネットに掲載したら、取り返しがつかなくなりますよぉぉぉぉぉ!
神猫様の里親募集なんて……、
絶対、絶対、する必要ないと思いますっ!
一瞬、わけがわからなくなった。
不意に後ろから体当たりを喰らったみたいに、息が詰まって苦しくなる。
めずらしく肉球にじわりと汗が滲んでいた。
そうか……。
だからオーハラは、さきほどから様子がおかしかったのか
いや、子どもたちの里親の件もあったし、そんな話もいつかは起こるかもしれないと思ってはいたのだ
そうだ。別に驚くようなことではない。
おれは元々野良猫だ。人に飼い慣らされて育ったわけではない。
だから見放されるのは、やむを得ないことなのだ。
わかっていたはずなのに、心がざわつく。
なんだろうこの感じは……?
胸が爪で刺されたようにチクリとする。心が痛い。まぶたの奥がジンジンする。
体が熱いのに手足は冷たくて、まるで硬いアスファルトの上に放り出されたみたいだ。
もう、何もかもが信じられなくなってしまいそうだった。
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