第79話 訪問者②

文字数 2,374文字



ンママ~♪



うみゃうみゃ~♪




 焼きカツオをむさぼる猫たちの横で、人間たちの話し合いは続いている。



さきほどお聞きした件ですけれども……


野良猫がさほどお気に召さないのであれば、引き取る対象を保護猫に絞る必要はないのでは?



そういうわけにはいきませんよ


うちは主人が町議会議員ですし、やっぱり世間体というものは無視できませんから



世間体、ですか?



ええ。

どこぞの有名人みたいに、お高い洋猫を買って批判されるのは嫌じゃないですか


反対に、保護猫ならば(かど)が立つこともないでしょう?



はぁ……



これまで私は、犬好き、釣り好き、本好き、子ども好きを公言してきました


しかし、猫は同年代の有権者に軟弱なイメージを持たれそうという危惧(きぐ)もあって、好きだと口にしたこともありませんでした


それが昨今空前の猫ブームでしょう? 


近頃、選挙における得票数は減少の一途をたどっていくばかりです


次の選挙の得票数を考えると、さすがに状況を看過してはいられず、妻と話し合った結果、猫を迎えるのが手っ取り早いという結論に達したのですよ



念のためお聞きしますが、猫が嫌いではないんですよね?



こうして内情を打ち明けているのは、あなたがたを信用しているからです。

その答えで察してください



……なるほど



つまり有権者へのアピールのために、猫を飼いたいということですよね?



そんなにハッキリとおっしゃられても困りますわぁ


実際、主人も息子も動物が好きなんですよ、ねぇ?



ふあ?



……別に




 さきほどの自己紹介の場面を上回るほどの気まずさだ。



 おかしな空気感に息を呑みながらも、オーハラは硬い笑みを顔に張りつかせて意見する。



でしたら、ツートンのような扱いの難しい猫は、いっそう避けたほうがよいように思われますけど


というか、今後動物を飼われないほうが……



はい?



あ、いえいえ


うちには現状あまり頭数がいないものですから、他の所をご覧になってからお決めになられたほうがよろしいのではありませんか?


例えば、ジロリ町(ここ)から少し離れた町にある保護猫カフェなら、もっと多くの猫を取り扱っているそうなので……



でしょうな


しかしながらこの町を代表する議員としての立場を考えると、やはり同じ町から引き取っておきたいと思うわけで



はぁ……



ホホホ、もちろん選挙地盤の話だけじゃありませんよ



と言いますと?



ツートンちゃんでしたっけ? 

あのコの見た目はとても気に入っているんです


なにしろうちに来たら、写真なんかにも一緒に写る予定ですからね


やっぱり汚い猫よりはキレイな猫のほうが、受ける印象もだいぶ変わってきますでしょ



そういうものですか



そうですよ。

さらに言えば、訳アリ猫を引き取ったほうが、世間の同情も集まりやすいじゃありませんか


そうすれば、自然とうちの主人への好感度も高まるでしょうし


かといって下半身不随だとか、重い病気持ちだとか、そんなのは手間がかかりすぎるから困るんです



はぁ……



なるほど……




 (はた)から見ていると、オーハラとトラヒコの生命エネルギーは(むしば)まれているように感じられる。



 よほど客たちの言葉が目には見えない毒気になっているのだろうか。



なぁ、イザベラ。

オーハラとトラヒコは、あの者達とどのような話をしているのだ?



わたしにもわからないわ


だけど、あまり猫好きではなさそうな人がツートンを欲しがっているってことは、なんとなく伝わってくるわね



アイツらの言うてること、アタシにはわかるで



ほぅ、さすがだな



けど、聞くに耐えへん話や。

ハッキリ言って、クソやもん!


アイツらの顔面、猫トイレに突っ込ませて、そのまま口で掃除してもらわんと気ぃが済まへんレベルや



それほどまでにひどいのか




 そんな者達に引き取られるかもしれないと思うと、同じ猫同士、多少ツートンに(あわ)れみを感じなくもない。



肝心のツートンは、どう思っとるんやろな?




 おれの考えを読み取ったかのように、ファーマはリビングへ目を向けながら言った。



聞いてみるか




 階段の柵から身を乗り出し、やや大きめの声をリビングに向かって放つ。



おい、ツートン。

いや、ゴマ団子よ!



ん?



おまえを引き取ろうとしている里親候補者たちは、非常にタチが悪いようだ


そのことに対し、おまえに異論はないのか?



ふぅ~ん


毎日好物が食べられるなら、悪くはないかな~



せやけど、筋金入りのろくでなしやで!?



わしらも(かたわ)らで話を聞いていたが、この者達は危ういのう


仮に落選続きで資金繰りに困ったら、ペットなど簡単に切り捨てられてしまいそうじゃ



そうじゃな。

先々を考えると、ますます恐ろしい


生き物を利用しようとする考えを改めるべきじゃと思うがのう



そんな先のことまで考えてアレコレ言ってたら、いつまでたっても譲渡(じょうと)が進まないじゃないか



しかし、一生を決める大事な問題だぞ


ただ食い気に釣られて判断するのは、あまりに軽々しいと思うが



それに、みつきとも会えなくなるのよ?



みつき……?




 ゴマ団子は、自分の向かいで焼きカツオをほおばっているみつきに目を留めた。



オマエ、食いっぷりいいな



ハァァァァァァァッ!


うまいでござる~! 

うまいでござる~!



……


昔、ボクには、こんな妹や弟がいた気がする……



妹や弟?




 直後、ゴマ団子は悲鳴をあげた。



うっ……!


頭が(いた)っ……!




 その場にうずくまり、視界にあるものから逃れるようにギュッと瞳を閉じる。



痛いぃいいいいいいいいいっ!



どうした!?

ヤツの様子が変だぞ!?



すごく苦しそう


なんかヤバそう、ニャウ



あんなんなってるとこ、見たことないで



もしかして、またキャラ変するのかしら!?



わからんが、とにかく――




 捨て置くか?


 


 ――いや、ヤツの身が心配だ。あの苦しみようは尋常じゃない!




大丈夫か!?




 気づけばおれは、憎き存在という壁を跳び越えて、ヤツのもとへ駆け出していた。

















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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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