第117話 老害様は偽りがお好き

文字数 2,396文字





 しばらく時が流れ――



 ついにメデアとイソルダの里親候補者が絞られた。



 今日その候補者が『マジカル・ニャワンダ』にやって来た。



 出迎えたのは、オーハラとトラヒコだった。



……




 おれはリビングの壁際からそっと顔をのぞかせて、その様子を監視する。



こんにちは~。はじめまして~


マジカル・ニャワンダ代表の大原(しおり)です



運営の補佐をしている、大原トラヒコです



どうも、はじめまして



こんにちは~



えっ!? 

里親を希望されている、多計(たばかる)さんですよね!?



ええ、そうです。

ワシが多計(たばかる)与太吉(よたきち)ですが



え、そんな……っ!




 途端にオーハラをはじめ、トラヒコもくるりと身をひるがえす。



 ニッコリ微笑む相手とは対照的に、その顔は動揺でいっぱいだ。



ちょっと、どういうこと!?

事前に電話で確認したときは、55歳って言ってたのに……!



うん、55歳には見えないね。

どう見ても、70は超えてる顔だよ




 オーハラたちは再び訪問者に向き直って、疑問を投げかける。



失礼ですけど、おいくつですか



ふぁあ?



スミマセン。

主人は近頃耳が遠くて



奥さんは、おいくつなんですか?



72歳になります



ですよね~



ハハ~驚いたでしょう?

うちは年の差カップルなんですよ




そんなわけあるかっ




 階段側にいるファーマがイラ立たしげにツッコミを入れる。



 チラリと目をやると、そのそばにいるアカリ婆とヒカリ爺も呆れた顔で訪問者を見ている。



あの~、多計(たばかる)さん。

信用に関わることですから、虚偽の年齢を申告するのはやめていただきたいのですが



ふああ? なんじゃ?

ワシが法律違反したとでもいうのか?



いえ、法律に反しているわけではありませんけど



だったらいいじゃないか。

固いこと言わないで、早く猫に会わせてよ


そのために朝から支度して、ここまでやって来たんだから



ええ……




 ひきつった笑みを返しつつオーハラが顔を後ろへ向けると、トラヒコが声をひそめてたずねる。



どうする?



せっかく来ていただいたんだし、いきなり追い返すのもねぇ



何をバカなっ!

相手のことを気にしている場合かっ!


候補者としてふさわしくないなら追い返せ!

時間を割いても無駄だぞ! 




 おれは廊下に出て、オーハラたちに主張する。




 が……




 オーハラはおれをなだめつつ、渋々の態で訪問者たちを家にあげてしまった。



 リビングには、メデアとイソルダがいる。



あ、来た……ニャウ


いい?

かわいく見られる秘訣は、おすましポーズなんだからね



 

 メデアの指示のもと、イソルダは姿勢を正すと前足をキレイに伸ばした。



 ふたりはキャットタワーに並んで佇み、やや緊張した面持ちで、接近する訪問者たちを待ちかまえている。



 メデアとイソルダを里親候補者である夫妻を引き合わせると、夫妻は子どもたちに顔を寄せ、興味ありげに観察しだした。



ほぉお~、丸々しててかわいらしい


顔立ちに愛嬌がありますね



なんか、ジイさんのほうがジロジロしつこく見てくる、ニャウ


でも、かわいらしいだってよ。

鬱陶しいけど、多少は我慢しないとね



ちと写真を




 首に下げたカメラを手に、カシャカシャ撮りはじめる。



この音、キライ……


レンズが不気味、ニャウ



おい、子どもたちが迷惑しているではないか!

鬱陶しいから、やめさせろっ




 おれが不機嫌なのを察したのか知らないが、



すみませんが、それ以上はご遠慮ください



人には慣れてきましたが、カメラにはまだ慣れてませんので




 オーハラとトラヒコが止めに入ってくれた。



え~、写真くらいで止められたのは初めてだよ


せっかくこの日のためにカメラを持ってきたのに



お気持ちはわかりますけど、親猫さんが怒り気味だったものですから



親猫?



こちらの猫さんです




 オーハラが片手でおれをさし示す。



 男の落ちくぼんだ目がこちらへ向けられる。



へぇぇ、大きくて立派なコだねぇ。

コレも貰えるの?



コレ呼ばわりって……



そもそもまだ人慣れさせている最中なので、譲渡対象ではないんですよ



あ、そう。

人に慣れさせるなら、人がたくさんいるところに連れていったほうがいいんじゃないの?



いえ、それはちょっと……



人に慣れてへんのに、大勢いるところに連れてってどないすんねん!


いらんアドバイスはエエから、はよ帰っとき




 ファーマは人がシッシッと手を振るように、シッポを振って嫌悪感をあらわにした。



 おれは子どもたちのもとへ行き、無事かどうかを問いかける。



メデア、イソルダ、大丈夫か?



うん、大丈夫


心配ありがと、ニャウ



それにしても、まったく厚かましいヤツだな




 子どもたちのそばに佇み、訪問者の男を睨みつける。



 視線の先で、人間たちは座卓を囲んで座っていた。



 それから間を置かずに話し合いとなった。



奥様と二人暮らしだそうですね



まぁ基本的には



というと?



たまに家にタヌキも来るんですよ



へぇ、タヌキが



へへへへへっ。

いやだなぁ、本物のタヌキだと思っちゃってるでしょ?



え?



タヌキっていうのは、近所の飲み仲間のことですよ。

狸オヤジって言うでしょ



はぁ……



老人の世迷言(よまいごと)だと思って、聞き流してください




 ビミョーな空気に包まれながらも、やり取りは続く。



万が一のためにお伺いしますが……


もしものことがあった際に代わりに猫の世話をしてくれる方はいますか?



うちには息子と娘がおりますから、なにかあれば面倒をみてくれるはずです



そうですか



しばらく前から絶縁状態ですけどね



えっ!?



それじゃいざというとき任せられないじゃないですか



任せる必要などありませんよ。

引き取った猫たちは、わしらがきちんと面倒を見ますから



ですが……、

猫があと20年生きると想定した場合、対応できますか?



できますよ。

あと20年くらい、平然と生きられますって



そうは言っても、お年を考えると……



55歳ではないんですよね?



いえ、55です!



ゴーゴーーー♪

ゴォォォーーーーー♪



……?




 何を思ったか、里親候補者の男は高々と拳を掲げて歌いはじめた。























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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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