第125話 それぞれの覚悟
文字数 3,333文字
戸口に佇むファーマがおれをなだめる。
ふと、なにか面白いことに気づいたらしく、楽しげにシッポをクネらせながら状況を語る。
おれはソファーの背に潜んだまま、顔を縁から少しだけのぞかせた。
子どもたちもおれと同じようにして、人々の様子を窺う。
険悪になるふたりの様子を見かねて、ソファーに横たわっていたアカリ婆とヒカリ爺が疑問に答えてくれる。
毛無し男を見つめる子どもたちの目には、もはや敵意など感じられない。
むしろどこか相手に期待するような、楽観的な雰囲気さえ漂っている。
声を弾ませる人間たち。
それに対比して、オーハラの口調はやや沈んでいる。
猫が家を抜け出したのか?
……悔しいが図星だ。
よき父猫でありたい気持ちと、子どもたちを渡したくない気持ちがせめぎ合って、とても喜びを感じるどころではない。
おれは瞬時に移動し座卓に跳び乗ると、里親候補者の顔を真正面から睨み据えた。
オーハラとトラヒコがおれを退かそうと手を伸ばした。
だが男は制止し、所詮は猫と
男は嬉しそうに笑って改めておれを直視すると、涼やかに言い放った。
一瞬感情が先走って、手が出そうになる。
けれども、互いに瞳を合わせているうちに変化が起こった。
しつこく腹に留まっていた憤りが、スゥーっと遠くへ流れていくかのようだ。
普段とは違い、ケンカを売りつけられているようには感じない。
男のまなざしに、覚悟があるからだろうか。
仮に攻撃されても受けとめる覚悟。
そして、猫を引き取り育てていくという覚悟が――。
――目は嘘をつかない。
だとしたら、この男の気持ちに偽りはないのかもしれない。
細いまぶたの内に宿る、ほのかな輝き。
おれはどことなく相手の瞳の中に、自分を感じていた。
それは愛しい我が子を見る、優しげなまなざしにとてもよく似ていて――
子どもたちがおれのことを心配して駆けつけてくれた。
男の視線がメデアとイソルダに移る。
たとえ相手が変わっても、まなざしは変わらない。
瞳には慈愛を感じさせる光がある。
それは猫に無償の愛をいだく者だけが秘める、奥深い輝きとでもいうべきか――。
とうとうこの言葉を口にするときが来てしまったか……。
胸にせつなさが溢れて視界が
子を想う気持ちに別れは来ない。
けれども……
おれの中でようやく覚悟が定まった気がした。
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