第125話 それぞれの覚悟

文字数 3,333文字








あの男……、

衣服を気にしているということは、他に猫でも飼っているのか!?



ど~やろなぁ


そない怖い顔で睨まんでもええんちゃう?




 戸口に佇むファーマがおれをなだめる。



 ふと、なにか面白いことに気づいたらしく、楽しげにシッポをクネらせながら状況を語る。



ちょうどオーハラさんが、それに関する質問をしはじめたようやで~



ほぅ




 おれはソファーの背に潜んだまま、顔を縁から少しだけのぞかせた。



ニャ?


ウニャウ?




 子どもたちもおれと同じようにして、人々の様子を窺う。



事前にいただいた問い合わせによると、寺住(てらずみ)さんは以前猫を飼われていたそうですね?



ええ、2匹ほど。

偶然にもこちらと同じ、姉と弟の姉弟(きょうだい)猫でした



色柄も似てるんですか?



色柄は異なりますが、雑種(ミックス)なのは共通しています


健やかなニャンコたちで、あまり手間のかかることもありませんでしたが、さすがに15歳を越えたあたりから具合が悪くなりはじめてしまい……


19歳のとき、虹の橋を渡っていきました



そうですか……



悲しいことをお聞きしてすみません



いえ……。

悲しいですが、ニャンコたちは良い思い出をたくさん残してくれました


その後しばらくはペットロスが続き、息苦しくなるような孤独を痛感することになりましたけれど……



さぞお辛かったでしょうね



そうですね、精神的にとても辛かったです。

けれども、やはり私にとって猫は心の支えだと再認識しました


次第にもう一度猫と暮らしたいという想いが湧きあがり、保護猫を扱ってらっしゃる『マジカル・ニャワンダ』さんへ問い合わせる決心をしたのです



それはそれは……



こちらこそお問い合わせいただき、ありがとうございました



ねぇねぇ、人間たちは何を話しているの?



メデアより、弟のぼくのほうがカワイイーって



絶対そんなこと言ってないでしょっ!




 険悪になるふたりの様子を見かねて、ソファーに横たわっていたアカリ婆とヒカリ爺が疑問に答えてくれる。



主に話題にのぼっていたのは、あのツルツルさんが以前飼っていた猫の話じゃよ



年を取って、19歳のときに亡くなったらしい



19歳!?



すさまじいな。

平均寿命5年か、それ以下しか知らない野良猫(おれたち)にとっては驚異的だ……!


やはり人と生きると、それだけ長生きするということか



けど19年も生きた猫なんて、いままで見たことないよ



やっぱり長生きすると見た目が妖怪みたいになるの、ニャウ?



ならへんやろ



10歳のファーマも、あと9年後には……



ヘンな目で見るなやっ


アカリ婆とヒカリ爺は18歳で犬やけど、全然おかしくなってないやろ。

猫も同じや。妖怪になんてならへん!



なんにしても、それだけ長生きさせるのはすごいね!



魔法みたい、ニャウ!




 毛無し男を見つめる子どもたちの目には、もはや敵意など感じられない。



 むしろどこか相手に期待するような、楽観的な雰囲気さえ漂っている。



ところで、おたずねしたいことがあるのですが



なんでしょう?



じつは両親が猫を一匹飼っているのですが、そういう場合も先住猫(せんじゅうねこ)という扱いになるのでしょうか?



住居が独立しているのですよね?



ええ、向こうの家には玄関からでないと入ることができません



それなら先住猫にはあたらないのではないでしょうか。

飼ってるのはご両親ですし、寺住さんのご住居に猫が住んでいるわけでもないのですから



そうですか



何か問題でも?



じつは、両親の飼っている猫は気が強くて……ちょくちょく脱走したりするのです



脱走防止柵を設けてはいないのですか?



部分的にはつけていますけれど、なにぶん親はもう年なので管理が緩く……


洗濯物を干すときなども、猫が同じ部屋にいるのに長々と窓を開け放ったりしていますし……


今日も猫が外に出ていたところを慌てて捕まえたので、服が汚れて毛だらけになってしまったのですよ



服、猫の足跡だらけになってたもんなぁ



慌てて着替えてたよね!



こ~ら! 

笑いながら言わないの




 声を弾ませる人間たち。



 それに対比して、オーハラの口調はやや沈んでいる。



う~ん……、

管理を徹底したうえでの散歩ならともかく、脱走はさせないほうがいいですねぇ



脱走?




 猫が家を抜け出したのか?



不安を煽るようなことを言って申し訳ありません。

私の家では管理を徹底するので、どうぞご安心ください



でしたら問題ありませんよ



……問題ないのか。

ならば、よいのだが



ちなみに、ご両親の飼っている猫と対面させるご予定は?



会わせてみたい気もしますけれど、しばらくはやめておきます。

まずはうちに慣れてもらうことを優先しなくてはいけませんし



それがいいでしょうね



おい!

このままだと、里親は毛無し男で決定してしまいそうだぞ!?



せやろうなぁ。

条件的には申し分ないし



そんな……!

何かよい手立てはないのか!?



なんや? 

子どもらのためにイイ里親さがすって、意気込んでたやんか


せっかくエエ相手が見つかったんやから、もっと喜べばええやん



うっ……!



にゃっは~! 

さてはアレやな、なんやかんやゆうて子どもたちを渡したくないんやな?



違う……!




 ……悔しいが図星だ。



 よき父猫でありたい気持ちと、子どもたちを渡したくない気持ちがせめぎ合って、とても喜びを感じるどころではない。



まぁ、子を想う気持ちもわからんでもないがのぅ



そろそろ覚悟を決めたらどうじゃ?



フンッ! 

おれの覚悟はとっくに決まっている!


問題なのは、コイツのほうだ!




 おれは瞬時に移動し座卓に跳び乗ると、里親候補者の顔を真正面から睨み据えた。



おい、毛無し男!

貴様にメデアとイソルダを幸せにする覚悟は、あるのかっ!?



……?



あ、ちょっと! 

座卓に跳び乗っちゃダメよ



ほらほら、下りて




 オーハラとトラヒコがおれを退かそうと手を伸ばした。



 だが男は制止し、所詮は猫と(あなど)る様子もなく話しかけてくる。



はじめまして。

大きくて立派な猫さんですね



……!



このコは、この近辺のボス猫だったんです



わぁ、ボス猫なんだ~!

すご~い!



いかにも強そうね~



神猫様(かみねこさま)といって、里親さんが希望されている子どもたちのお父さんなんですよ



おぉ、そうでしたか



ははは! 

カミネコサマって、名前まですごい!



では、父親の猫さんにひと言断っておかなくてはなりませんね




 男は嬉しそうに笑って改めておれを直視すると、涼やかに言い放った。



ご安心ください。

私は仏様(ほとけさま)に誓って、必ずこの子たちを幸せにします!



バカ野郎!

安心などできるかー!?




 一瞬感情が先走って、手が出そうになる。



 けれども、互いに瞳を合わせているうちに変化が起こった。



 しつこく腹に留まっていた憤りが、スゥーっと遠くへ流れていくかのようだ。



猫さん。

大丈夫ですよ、不安にならなくて



なんだ、この感じは……!?

不思議だ……!




 普段とは違い、ケンカを売りつけられているようには感じない。



 男のまなざしに、覚悟があるからだろうか。



 仮に攻撃されても受けとめる覚悟。




 そして、猫を引き取り育てていくという覚悟が――。




猫さん。

お子さんたちのことは、一生をかけて大事に育てていくつもりです


だから、あなたもどうか心を(やす)んじてください




 ――目は嘘をつかない。


  

 だとしたら、この男の気持ちに偽りはないのかもしれない。



 細いまぶたの内に宿る、ほのかな輝き。



 おれはどことなく相手の瞳の中に、自分を感じていた。




 それは愛しい我が子を見る、優しげなまなざしにとてもよく似ていて――




そうだ……、

おれもこんなふうにして、子どもたちを見ているのだ……!


これぞまさしく、慈愛の目……!



お父さん!


大丈夫、ニャウ?




 子どもたちがおれのことを心配して駆けつけてくれた。



おや?




 男の視線がメデアとイソルダに移る。



 たとえ相手が変わっても、まなざしは変わらない。



 瞳には慈愛を感じさせる光がある。



 それは猫に無償の愛をいだく者だけが秘める、奥深い輝きとでもいうべきか――。



わかった。

おまえを信じて、子どもたちを託そう




 とうとうこの言葉を口にするときが来てしまったか……。



 胸にせつなさが溢れて視界が(かす)んでしまいそうになる。







 子を想う気持ちに別れは来ない。


 


 けれども……




 おれの中でようやく覚悟が定まった気がした。




















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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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