第21話 職質を受ける猫オタ

文字数 2,608文字





ハァハァ……




 自転車を漕ぐ猫オタ。



 荒い息をつきながらも、その顔は満たされたように機嫌よさげだ。



いいぞ猫オタ、励むのだ!




 おれはその自転車の前カゴに乗って、悠々と風を浴びていた。



こうして自分では一切走らずに、風だけ受けるというのも悪くないな



あたしもカゴに乗りたい~


こっちは窮屈、ニャウ




 メデアとイソルダは、猫オタが背負っているカバンの中にいる。



 カバンの留め具は外し、内側から顔だけのぞかせている状態だ。



ハァハァ……


また坂道か。

でもお猫様方も一緒だから、苦しくなどないぞ




 いくつもの建物が上り坂の片側に並んでいる。



どれも似たような家ばかりだな




 その家のどこからか、動物の密集するニオイを感じなくもない。



 だがそれほど濃厚な香りでもないので、出どころは謎のままだ。



この坂を越えた先にボランティアの家があるはずなんだけどな




 猫オタが坂道をのぼりはじめて間もなくのことだった。



ム……?




 坂を反対側から下りてくる人間がいる。



 青っぽい服を着た人間だ。



体格的に男のようだが、逆光が強くて相手の顔はよく見えんな



 

 青い服の男は、おれたちのほうへ近づいて話しかけてきた。



ちょっと、そこのキミ!

その猫、どうしたの?



ウワァァァ、まいったな~!

ここに来てお巡りから職質か。ツイてないわぁ……



ショクシツ……?




 なんのことだかわからんが、突然声をかけてきた人間のせいで足止めを食らうことになった。



この猫たちをどうするつもりなんだ?

まさか捨てるつもりじゃないだろうね?



いやいや、捨てるだなんてありえないですよ


お猫様方を連れて、『マジカル・ニャワンダ』ってボランティア活動をしているところへ訪ねて行く途中だったんです




 会話から状況を察するのは難しい。



 だが異様な事態に直面していることだけは、漂う緊張感から伝わってくる。



では、猫をボランティアに押しつけるつもりだね?



悪い発想だなぁ。

そんなわけないじゃないですか



とはいえ、こっちは疑うのが仕事だからねぇ



それじゃ、これからボランティアのところに連絡するので、疑いが間違いであることを証明してもらおうと思います




 猫オタはいつものカメラ付き道具をポケットから取り出すと、光沢のある画面を押した。



 トゥルルルルルと人工的な音が流れる。



 それが何度も繰り返されると、



ありゃ? まさかの不在か? 

誰も応答しないな




 再び画面に手をやって音を止め、猫オタは道具をポケットにしまい込んだ。



 その様子を厳しい目つきで観察しながら、相手はトゲのある口調で言う。



実際、どこからか盗んできた猫なんじゃないの?



いやいや、違いますって。

お猫様のほうから来てくれたんですよ



猫のほうから、キミのもとへ?



ハハー! そうですよ!

あれはまさに永久保存版の出来事でした~~~っ!



ふぅん、かなりの猫好きなんだねぇ。

それじゃやっぱり猫欲しさに、誰かの飼い猫を盗んできたんじゃないの?



いやいや、盗んでませんよ


第一このお猫様方は首輪もしてないし、肉球の状態からいっても野良猫様と判断するのが妥当じゃないですか




 おれの前足を指差しながら猫オタが主張する。



なんだ? 

いま、野良猫の肉球がどうとか言ってたな


おれの肌が荒れているとでも言いたいのか?



そうかもね



屋内の床と違って、屋外の地面は硬いのだ。

そんな場所を連日歩いているのだから肉球がヒビ割れるのも当然だろう



ヒビ割れ肉球は野良猫のシンボル、ニャウ




 すると、猫オタが〝お巡り〟と呼ぶ人間は、おれに視線を据えてじっくりと観察してくる。



ところで、この猫ケガしてるけど、キミがやったの?



ウワァー……。

ひどい疑われようだなぁ


結論から言って何もしていませんし、するわけないじゃないですか



いやね、ここの町じゃ発生したことないけど、猫の虐待とか、いろいろと物騒なことする輩もいるからさ



猫の虐待……?


ぐぬぬ、アイツらは許せんです!

ぜひお巡りさんの力で、地獄に葬ってください!



いやいや、なに言ってるの。

キミも疑わしいって話をしているんだよ


とりあえず、ちょっと交番まで行こうか



えええええええぇぇぇ!?

せっかくここまで来たのにぃ~~~!?


目的地まで、あと一歩のところなんですよぉ~~~!


それに交番なんて、近くにないじゃないですか~~~!




 やるせない感情を散らすように、猫オタは大声で不平を鳴らす。



 おれは後ろに顔をやって、子どもたちへ問いかけた。



猫のケンカに見えなくもないが、この男たちは何について話しているのだろう?



よくわかんないけど、〝虐待〟って言ってたよ。

それってヤバいやつじゃなかった?



うむ、人間が猫におこなう虐待は凄惨だからな。

そんな言葉が出てくること自体異常だと思うぞ



危険、ニャウ……!




 たちまち生命の危機を意識したメデアとイソルダは、超警戒モードに入ってしまった。



 全身の毛がハリネズミのように膨れあがる。



ヴゥゥゥゥゥ~~~!


ナァァァァァ~~~!



あぁ、お猫様方!

大丈夫です! 

安心してください!



人間、コワイ~!


脱出、ニャウ~!




 メデアとイソルダは、猫オタのカバンから跳び出した。



 同じ方向にジャンプし、地面に着地する。



あぁっ! お待ちくださいっ! 

どうか、逃げないで……!



キミのこと、嫌がってるんじゃないの?



嫌がってなんて……!

うぅ……っ、せっかく信頼関係が築けてきたと思っていたのに……っ!




 メデアとイソルダは、極力人間たちから離れようと道の端のブロック塀に寄っていく。



メデア、イソルダ。

おれのもとから離れるなよ



うん……!


了解、ニャウ……!



とにかく、こんなことでメソメソしてないで



うぅっ、こんなことじゃないです!

俺にとっては、すごく大事な……


一生モノの重要案件なんです!



……!




 猫オタが何を言っているのか、おれにはわからない。



 だが、ふと彼の猫を想う気持ちがスーッと胸に入り込んで、心が温まった気がした。



 そんな和やかさに包まれたのも(つか)()のこと。



 坂道の上のあたりから、別の人間の足音が近づいてきた。



あらあら。

なんの騒ぎかと思ったら――




 言いながら足早にこちらへ向かってくる。



 体つきは大きいが、声は人間の女性そのものだった。声質からいって、中高年の婦人だろう。



 相手が近づくにつれて、かすかにニオイが漂ってくる。



――この人間は……!?




 イザベラを連れていったヤツに違いない――!



おのれ……っ!




 おれは鋭い眼差しで相手を見つめる。



 自然と内側から現れ出る爪を抑えることができなかった。

















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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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