第146話 アンチでも感心する

文字数 2,997文字





 日が暮れ始めた頃――



 動物病院に行っていたオーハラと猫オタが帰ってきた。



 駐車場から入ってくる物音を聞く限り、アンチクンもいるようだ。



知らない人たちに病院へ連れて行かれて、さぞ心細かったでしょうね


早く行って、出迎えてあげたら?



そうだな。

話もあるし、行ってくるか




 階段を下りて玄関へ向かう途中、目の前の廊下をツートンが通りすぎていく。



あれは……?



……




 外見はツートンのように見えたが、表情が違う気がする。



 また異なるキャラが出現したのだろうか?



ただいま~



戻りましたよ、皆様方ぁぁぁ~!




 オーハラと猫オタが玄関に入ってくると、出迎え組のファーマ、アカリ婆、ヒカリ爺が一斉に声を響かせた。



おかえり~!



おかえりじゃ~!



おかえりじゃ~! 



ん? 

なにやらそのキャリーバッグの中から、見知らぬ猫のニオイがするが……?



例の保護されたコや



おー、そうじゃったな。

話は聞いておるぞぃ



それよりめっちゃ空腹やわ~!



うむうむ、ゴハンが欲しいのぅ



そうじゃなぁ。

猫のことも気になるが、まずはゴハンが食べたいのぅ




 ファーマ達は、コシコシと脱出防止柵を手でこすったりシッポを振ったりしながら、食事をねだりはじめる。



みんなダメだねー。

その程度じゃ、オレのおねだりスキルには到底及ばないよ



はぁ!?

別にアンタと競ってへんわっ!



フフン、勝敗は最初から決まってるもんね~♪



ほな、アンタは、ゴハン以外にチュールも貰えるっちゅうんかいっ!? 



そのくらい余裕だよ~♪




 白黒猫は得意げな顔をして柵のほうへ寄っていく。



ところでおまえは何者なのだ?

ツートンではなさそうだが



オレは『マメ大福(だいふく)』さ


以前から登場してるけど、憶えてない?



いや、マメ大福か。

憶えているぞ



じつを言うとね、オレはすごくおなかがすいたとき、マメ大福になるんだ


あと、チュールが食べたいときもね



そうだったのか




 ということは、それなりに登場回数は多そうだ。



 おれは普段2階で食事をしているから、あまりその場面に遭遇しないだけなのかもしれない。



 マメ大福は柵に顔を近づけると、甘ったるい声で鳴いてみせる。



おかえり、オーハラさん


オーハラさんがいなくて、さみしかったよ




 本心でそう思っているのかは疑問だが……



 マメ大福は言い終えると、飼い主に触れられたくて仕方がない――とでもいうように、頭や体を柵にこすりつけた。



 そのスリスリ行為を何度か繰り返すと、



ねぇ……かわいがって♡




 熱っぽい瞳で、オーハラをじっと見つめる。



……露骨やな



たしかに露骨じゃが、飼い主のツボを突いておる……!


人間、ああいうのが一番弱いんじゃ



そうじゃな。

猫好きがあのアピールに(あらが)うのは至難(しなん)(わざ)じゃろう


ちと悔しいが、わしらには猫のように体をクネクネさせておねだりアピールするなど、できぬ芸当じゃ……!



いや、気持ち的におれにもできんぞ




 マメ大福のその仕草に、人間たちは魔法にかけられたように上機嫌になる。



うほぉぉぉぉぉぉおっ!

死ぬほどかわいいぃぃぃ……っ!



うふふふっ!

ツートンは本当に甘えん坊さんねぇ




 オーハラはマメ大福のそばに寄ると、柵のあいだから(ひたい)のあたりをナデナデした。



わかってないなぁ。

オレは甘えん坊じゃなくて、オーハラさんのことが好きなだけなんだよ


ねぇ、チューしよっ




 マメ大福は二足立ちになって、背筋をしなやかに伸ばす。



 オーハラが柵の施錠を外そうとすると、その顔の中心部に鼻先をちょんと当てる。



あらあら、鼻チューまでしてくれるのね



これだけやればオレの気持ち、わかってくれるでしょ?



こういうときのツートンは、すごくおなかがすいてるときなのよね~



そうだよ。

オレ、おなかがすいちゃったんだ


ホタテたっぷりのウェットフードが食べたいな。

ウェットだけじゃなく、チュールものせてね



もしかすると、チュールもねだってるんですかねっ?



ふふっ、かもね



そうだよ。

下僕の男もなかなか鋭いね


じゃあオーハラさん、オレの好物をセットで出してね



ハイハイ、いま用意するから待ってね~




 オーハラがキッチンへ向かうと――



 マメ大福は体をくるりと反転させ、掌返しでほくそ笑む。



フフフ、チョロイな




 まるで悪魔がのりうつったような、悪しき微笑み……。



黒すぎる……!



アンタのおねだりはごっついけど、毎回裏表(うらおもて)ありすぎやろっ!



フンッ、表も裏も関係ないね


人間なんて、うまく利用したモン勝ちだよ!




 見る者を圧倒するようなドヤ顔を決めて、ツートンことマメ大福は、オーハラの後についてリビングへ入っていった。



なっ……なんですか、アレは……ッ!?




 不自然に喉を震わせるアンチクン。



 よほどの衝撃を受けたのだろう。



 振り向いて見ると、キャリーバッグの中でフレーメン反応したように固まっている。



大丈夫か?



はい……ッ。

大丈夫ですけど、疑問でいっぱいです……ッ



というと?



なんであんなオカシな猫なのに、ここの人間は世話をしているんですか……ッ?


みんな、アタマをどうかしているんですか……ッ?



ああ、そのことか。

人間はどうもしてないと思うぞ



でも人間のほうも、いいように利用されてるのがわかってるみたいでしたよッ?


面倒な猫の世話なんて、自分たちにとって不都合なはず。

なのに、なぜ熱心に世話をするんですッ?



なぜと聞かれても……



それほどこのボランティア活動は、おカネになるんですかッ?



ならへんと思うで。

一概には言えへんけど、少なくとも『マジカル・ニャワンダ(ウチ)』は逼迫(ひっぱく)しとるし


カネ儲けなら、他のコトしたほうが効率エエと思うわ



じゃあ、どうして……ッ?



やはり、猫好きだからだろうな



せやな。

それも筋金入りのやつや!



ホッホッホッ。

あの人たちが犬好きであることも忘れてはイカンぞ



そうじゃそうじゃ。

犬も猫も好きだから、一心に尽くしてくれるのじゃ



そんな……ッ! 

損得ナシに動物の面倒を見たがる人間がいるだなんて……ッ!



少しは人を見直すキッカケになったか?



はい……、

抜け毛一本分くらいには……ッ



少なっっっ! 



さすが人間アンチじゃな



そうじゃな。

よほど人間嫌いを加速させる要因があったとみえる



いや……、

本当は、もっと上です……ッ


あまり認めたくはないけれど、人間にもいろいろいるんだって、感心させられました……ッ!



それはなによりだ


ところでアンチクンよ。病院はどうだった?



不快でした……ッ



まぁ、無理もないな。

それで、肝心のおまえの身元は判明したのか?



はい……ッ。

明日(あす)には飼い主が引き取りに来るそうです……ッ



なっ――!?


もうそこまで話が進んでいたのか!?



じつは僕の体には身元を示すマイクロチップが埋め込まれているので、情報は筒抜けなんです……ッ




 ストレスを呑み込むようにアンチクンは言う。



 語尾が舌打ちしたようになるのは、彼独特の話し方だ。



そうだったのか……っ




 おれも影響されて、同じように息を呑む。



せっかく紅さんたちとお知り合いになれたのに、残念です……ッ



おれもだ……っ




 急に胸が切ない気持ちにつつまれる。



 いつの間にか、この子どものような猫相手に情が移ってしまったようだ。







なぁ、アンチクン。

最後におまえに言っておきたいことがある



なんですか……ッ?




 アンチクンは、まっすぐな瞳をおれに向けてきた。




 せめて少しでも、彼の中にある人間嫌いの感情が軽くなればいい――




 そう願いを込めて、おれは話を切り出した。


















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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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