第145話 妻への励まし
文字数 3,557文字
子どもたちの話によると、イザベラが突然部屋からいなくなってしまったという。
集中して、耳に流れこむ音を吟味していく。
おそらくイザベラは、廊下を進んだ先の部屋にいるに違いない。
ミヌ、カンタ、ヒスイ、まれは、指示に従って順序よく返事をした。
素直なよい子たちだ。
いま下の階には、ツートンではなくエンドレアがいるがいるからな。
またヤツがうちの子をさらったりしないか心配だ。
おれはドア板を顔でグイと押した。最後に上半身を押し当てて扉を閉める。
ドアを閉めても、イザベラがいれば攻略はたやすい。
音を頼りに廊下を移動すると、目的の部屋に到着した。
戸のない部屋の奥にはベランダがあった。
そのベランダに通じる大きな窓からは、暖かな陽射しが降り注いでいる。
まばゆい床に横たわっているのは、イザベラだった。
光の筋は彼女の体にも射していて、細い毛に陽が当たると神秘的なまでにキラキラ輝いて見える。
おれは彼女のもとへ歩んでいき、その顔を見つめた。
イザベラは両目を無防備に閉じたまま、深呼吸をゆっくり繰り返している。
もし警戒されていたら、このような寝姿を間近で見ることはできない。
それだけおれを信頼してくれている――
期待を裏切らない陽射しのように、じんわり胸が温かくなる。
呼びかけると、閉じていた瞳がハッと見開かれた。
おれに問われて、気まずそうにうつむくイザベラ。
やや動揺しているようだ。
イザベラはしみじみと息をはき出した。
自分が至らないと感じているようだ。
ちょっと気怠そうに言って、イザベラは部屋を出る前に軽く毛を整えはじめた。
体の毛を舐めている途中のこと――
ふいにイザベラが起き上がって、神妙な顔をおれに向けてきた。
心からの安らぎを得たようにイザベラは微笑んだ。
ふと、その笑顔にアンチクンの顔が重なる。
イザベラとの会話で、ヒト嫌いのアンチクンの打開策が見いだせたかもしれない。
つい興奮して声に出したので、彼女は戸惑ったように目をパチパチさせた。
おれはアンチクンに関する事情をイザベラに伝えた。
イザベラは目線を窓の外にやって、遠くを見つめる。
里親のもとへ行ったメデアとイソルダはどうなったのか、未だに連絡はない。
あの子たちと別れて以降、ふたりのことを考えない日はない。
というより、子どもたちのことを思い出して考えるのが、もう生活の一部になっている。
猫部屋に戻ると、子猫たちが出迎えてくれた。
うれしそうに母猫のもとへゆく子どもたち。
それを見ていると、さきほどイザベラの言った言葉が頭に蘇ってきた。
……だとしたら、人は猫に愛されるために努力することができるはずだ。
おれはそう信じて、祈るようにまぶたを閉じた。
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