第45話 伝わる気持ち、伝わらない気持ち

文字数 1,901文字





 アミは目の前にいる里親希望者を見つめたまま、置物のようにじっと動かずにいる。



 彼女は目で何かを主張しているのだろうか。



 それとも相手をじっくりと見極めようとしているのだろうか。



アミはどうするつもりなのだろう?



あの人たちは、アミさんを引き取りたいみたいだけど




お互い睨み合って、隙を見つけたら猫パンチニャ~!


トドメは猫キック、ニャウ~!



いやいや、メンチ切ってへんやろ


なんでアンタらはそない発想が好戦的やねん



まぁ野良だからな。

大目に見てくれ




 外にいるおれたちは、こんな具合に賑やかだ。



 一方部屋の内にいる者達は、先行き不透明の空気に巻かれて、ややピリピリした感は否めない。



 沈黙を経て、オーハラが切りだした。



よろしければ、アミと遊んでみます?


猫との絆を深めるには、遊んであげるのが一番なんですよ



へぇ~、そうなんですか~!


エサをあげているだけではダメなんですね



早く仲良くなりたいのなら、一緒に遊ぶのがいいですね~


遊びは、猫と人間がコミュニケーションを取る大事な時間ですから


それに子猫だとオモチャに対する反応もいいですし、無理なく遊ばせやすいですよ



ただ、引き取ったコをご自宅へ連れていった直後は、緊張していることが多いですからね~


ある程度、人や家に馴染んでからのほうがいいでしょう



状況ごとの見極めが大事なんですね



そうですね。

いまはいつも自分がいる空間にいるので、遊ぶ相手が別の人でも反応してくれると思いますよ


アミはボランティアの人たちにも物怖じしないコなので




 トラヒコが話しているあいだに、オーハラは卓の横に置かれた収納ボックスから、小さなボールを取り出した。



アミはボールを投げると、口にくわえて取ってきてくれることがあるんです


ね? 



……?


ボールを取り出したってことは、遊んでくれるのね。

うれしい♪




 好奇心に誘われて、アミはシッポを揺らす。



 オーハラはテーブルの向かいにいる中年女性にボールを渡した。



壁のほうへ向かって、軽く投げてみてください



うまくできるかしら……?


大丈夫だって。

ただ投げればいいだけなんだから




 中年彼女はおずおずしながらボールを投げた。



 丸い球が宙を移動しはじめた途端、アミはダダダッと駆け出していく。



 いい瞬発力だ。



 ボールが床に転がると、またたく間に口にくわえて方向転換した。



わぁ~、すご~い!








 アミは足早に元の場所へ戻っていく。



 そして誰に指示されたわけでもないのに、ボールを投げた女性の手のひらにポトリと落とした。



まぁ、偉い!

なんて賢いコなの!


ホント! 芸達者だね!




 優れたその行動に、ひたすら感心する里親希望者たち。



……




 アミは浮かれもせずその様子を冷静に観察し、やがて言った。



あたし、里親さんのもとに行くわ



えぇっ!?



本気なのか!?



なんとなくだけど、わかるの。

この人は、あたしのことを必要としてくれてる


だからきっとあたしのことを、何よりも大事にしてくれる。

そう、感じるの



アミ……



大丈夫。間違いじゃない。

この直感は裏切らないわ




 自分に言い聞かせるようにつぶやきながらアミは前へ進み出ると、里親の手に鼻先を近づけた。



 少し慎重に相手のニオイを嗅ぐ。



……?



里親さんの手、汗のニオイがする。

たぶん緊張してるのね、あたしに嫌われないか心配で……


大丈夫。不安にならないで。

あたしはあなたのこと、嫌いじゃない



一緒にいれば、もっとあなたのことを好きになるわ





 アミは里親の指に顔を寄せ、そっと頬ずりをした。




警戒しないでわたしのそばに来てくれるなんて……!





 婦人は感極まったように声を詰まらせる。



 アミは飼い主となる人へ、優しい笑顔を向けて言った。




里親さん、これからよろしくね



ありがとう、アミちゃん……!



ほら、大地も挨拶して



ボクはまだ行くと決めたわけじゃ



まだそんなこと言ってるの?


はぁ~……




 アミは呆れたように溜息をつく。



 それから大地のほうに向き直って、教え(さと)すような口調で言った。



見なさい、大地。

あなたを見つめる里親さんの目


一生の宝物を見つけたみたいに、すごくキラキラしてる


きっとあなたに出逢えたことがうれしくて、興奮せずにいられないのよ



……



彼女たちは、一生の宝物を傷つけはしないわ。

いつまでもいつまでも、大切に扱ってくれるはず



どうかナ……。

掌返しされることだってあるジャナイカ



疑いたくなる気持ちはわかるけれど、信じてあげて


こんなにもあなたを必要としてくれる人がいるんだから



ウゥゥゥゥゥゥン……!




 葛藤するように、悩ましげな表情で唸りだす大地だったが……



知らない相手に必要とされたって、全然うれしくないヨ!




 突如キャットタワーを蹴ると、着地と同時にリビングを走り去ってしまった。



大地……






















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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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