第119話 オタ様は被害妄想に悩む

文字数 3,763文字





 謎の女が玄関に入ってきた。



まさかこの女が里親候補者なのか?




 おれの疑問を解消するように、オーハラとトラヒコが謎の女をあたたかく迎える。



はじめまして~。

『マジカル・ニャワンダ』代表の大原(しおり)です



運営補佐役の大原トラヒコです



……オ……大田(おおた)……



ウヒョッ!



うひょ……?



アタシ、人見知りするんデス……。

緊張すると、声裏返っちゃって



そうだったんですか



え……えと……ハジメマシテ。

大田迷子(おおたメイコ)デス



かわいいお洋服ですね




 女の着ている服に目を留め、オーハラが言う。



ゴ……ゴスロリキャラを意識しまシタ……。

今夜、レイヤーのイベントに行く予定なんデス



レイヤー?



コスプレするヒトのことデス



あ~、なるほど。

コスプレイヤーって、マンガとかアニメの仮装をするんですよね



はわっ……!


そうなんですケド、マンガ・アニメだけじゃなく、ゲームの存在も忘れないでクダサイ……



すみません。

そういう方面に(うと)いもので



立ち話もなんですから、お上がりください



ハイ……




 簡単な自己紹介が終わると、里親候補者の女は二人に案内されてリビングへ入っていく。



 その途中、おれとすれ違うと、



ヤバい、キュン死しそう……!




 女は、ねっとり絡みつくような視線を向けてきた。



キュン死……?



胸がキュンキュンして心臓が止まりそうやって意味や



では、アイツは死ぬのか?



単なるたとえや。

実際に死なへんよ



意味のわからんことを口走るヤツだな




 こんな人物が里親候補者だとは……。



 女はリビングに入ってメデアとイソルダを見た途端、甲高い声をあげてはしゃぎ出す。



わあぁぁぁ、写真で見たとーりだぁ!




 体を踊るように揺らすので、飾りのついた着衣の(すそ)がヒラヒラ舞っている。



 ジャレつきたくなるが、子どもたちもいるし、ここは我慢のしどころだ。



やっぱりこの子たちに決めて正解だったわぁ~!

素朴な感じが、めちゃくちゃかわいぃ!



今回もジロジロ見られてる、ニャウ


でも、またかわいいって言われたよ。

へへ♪




 かわいいと言われると、メデアはご機嫌だ。



 そこはメス猫らしいというかなんというか。おれの知る限り、かわいいと言われて心底不愉快になる女子はまずいない。



 里親候補者の女は、視線を子どもたちに固定したまま、隣にいるオーハラへ問いかける。



あの……



はい?



このコたち、今日持って帰るんじゃダメデスか?



えっ、今日ですか!?



そうデス。

代わりに、お金払うんで



お金ぇ!?



ハイ。

寄付金とゆーコトで、50万くらい?



ごっ、50万!?



少ないなら、倍にしますケド



いやぁ、さすがにそんな大金いただけませんよ



大金?

別にたいした金額じゃないデスよ



とにかく、いきなりお渡しするわけには……



拒否かっ! 

泣ける……っ!



……ごめんなさいねぇ




 それから座卓を囲んで腰を下ろし、話し合いになった。



 オーハラは相手に戸惑っているのか、やや遠慮がちに質問を投げかける。



大田さんは、裕福なご家庭にお生まれなんですか?


事前にお電話で職業をお伺いしたときには、雑貨店で働いているとおっしゃっていましたよね



ギョッ……!


裕福って、ババ、バレた……!

ナンデだ……?



50万って、一般社員がポンと出せる金額じゃないですから



ポンと出したらダメデスか



あまりポンポンしないほうが



そうデスか


ボランティアさんの指摘どーり、アタシの両親はかなりお金持ってマス


だから別に働かなくても生活できマス。

ケド仕事とかしてないと、こーゆう手続きとかに(つまづ)くんで、やむなく……



では、お住まいもさぞ広いんでしょうね



ギョッ……!



どうかしましたか?



い、いや……その……、

一人暮らし用のマンションなんで、別にすごくない……かな……




 女は言い淀んでうつむくが……



 すぐハッとしたように顔を上げ、口をひらく。



あ……あの、言いたいことがあるんですケド



はい?



猫を引き取るとき、ウチに来るんデスよね? 

ボランティアさんが


ええ。

ご自宅までお届けするっていうのが原則ですから


女性の方の場合、気になるようでしたら配慮しますよ。

猫をお渡しする際、お部屋に入るのは、同じ女性である私だけにしておきましょうか?



そそそ、そーゆう問題じゃないんデス!

ただ部屋に入ってほしくないんデス!


てゆーか、ナンデ猫を引き取るだけなのに、部屋にまで入られなくちゃならないんデスか?


プライバシーの侵害ってゆーか……、

そこまでする必要あるのカヨってゆーか……


とにかくオカシくないデスか?



ご自宅に伺うのは、猫の飼育環境がきちんと整っているかを確認するためです


残念ながら世の中にはいろんな人がいますから


猫を迎え入れる当日になっても、ネコトイレやエサなど、何一つ用意してない人も中にはいるんですよ



エェェ~、準備悪すぎぃ~


でも、アタシはそうじゃないんで。

写真に撮って見せるだけじゃダメなんデスか?



写真だと信憑性が低いというか……。

当事者以外の部屋の写真を自宅と言い張ったり、加工で誤魔化すこともできてしまうので



ゲロ……!

アタシはそんなえげつないことシマセン!



普通はそうですよね。

知らない人間に家を見られたくないというお気持ちは、よくわかります


ですが動物を保護した以上、私たちには責任があります


猫が快適に暮らせる環境が整っているかどうか、この目できちんと確認する――

それも保護した犬猫のための務めだと思っています


直接確認することで未然にトラブルが防げることもある以上、やめるわけにはいきません


お互い手間を省ければ、それが一番なんですけどね



……もちろん用意ならちゃんとするつもりデス


なんなら売り場のペットグッズ、全部買い占めても問題アリマセン



売り場の物、全部買い占めですか!?



ハイ。

お金はあるので



意気込みだけで充分というか、買い占める必要はないと思いますけど



ハハハ!

ほんとに買い占めたら、すごい量になりそうだ



すごい量……?



ギョッ……!




 急に女がオドオドしはじめる。



この女、あからさまに焦りすぎだぞ。

何か裏があるのか?



……ちょっ、ちょっと、トイレ貸してもらってもいいデスか?



どうぞ




 オーハラが率先して立ち上がり、女を洗面所へ案内する。



 おれはひっそり歩を進めて、そのあとを追いかける。



お父さん、どこ行くの?



女の様子が気になるからあとをつける。

おまえたちは、ここにいなさい



は~い


は~い




 案内を終えたオーハラが洗面所から廊下へ出てくると、おれは入れ替わりで中にサッと跳び込んだ。



 女はトイレに(こも)っている。



 ほどなくして、ドアの内側から呪いみたいな(うめ)き声が聞こえてきた。



ァ、ァ、ァ……、

どうしよう……!?


このままじゃ家に来られちゃうヨォォォン……!


家に来られるのはイヤだぁぁぁ……!


うちの部屋を見られたら……、

絶対汚部屋(おべや)って言われるモォォォン!




 やがて鼻をすする音までも聞こえてくる。



うぅぅぅぅぅぅ、やばい!

泣けてきた……!


アタシの大事な推しキャラたちが……、

尊くて(けが)れを知らない推しキャラが……


人目に晒されちゃうヨォォォン……!



推しキャラ……?

なんだ、推しキャラとは?


話しぶりからすると、食い物ではなさそうだが……




 おれの脳内に、さまざまな食物が浮かんでくる。






 ひと時のあいだ洗面所に佇み思案していると――



 突如ドアがガチャリと押し開けられた。




あっ! 

なんかいると思ったら、さっきのニャンコ!



ほぅ、おれに気づくとは、おまえなかなかやるな




 女は着衣をヒラヒラさせながらおれのほうへ寄ってきて、床の上にしゃがみ込む。



さっき見たとき思ったんだぁ。

ニャンコさんのそのキリッとした顔、推しキャラに似てる!


ハァ……カワカワ♡

袋に詰めてさらいたいヨォン



また意味不明なことをっ!


というか、こっちを直視するな!

おまえのそのねっとりした目は、好かん!



ねぇ、ニャンコちゃん。

アタシの話を聞いて



ム……?



アタシの住んでる家は、推しキャラのグッズだらけでね、

5LDKあっても全然足りないくらい、キャラグッズでいっぱいなんだ


ニャンコが生活できるくらいのスペースはあると思うケド、うちの部屋を見られたら……絶対イチャモンつけられると思う


アタシにとっては安らぎでも、見る人によっては汚部屋扱いだし……


てか、最悪通報されるよね?



通報? 

わからん……



でも問題は、それだけじゃないんだよ。

いままで誰も家に入れないようにしてたのも、ぜ~んぶ無駄になっちゃうんだ


だって家はアタシと推しだけの空間で、聖域だったんだモン


尊くて、穢れのない空間――


その聖域をずっと守ってきたのに……!

猫ならいいけど、人間が入ってきたら汚れる!


聖域が台無しにされちゃうヨォォォォォン……!




 女はとうとう感情をむき出しにして愚図(ぐず)りはじめた。



あ~~~、まじ最悪ぅぅぅぅ!

アタシの大事な推しキャラが汚されるぅぅぅぅ!


ナニコレ、キモッみたいな目で見られて、視線で汚されるんだぁぁぁぁぁ!


アタシはただ猫が欲しいだけなのに――


もう、どうにかしてぇぇぇぇぇ~~~~~!



……めんどくさいヤツだな




 おれには相手の言うことはほとんどわからなかったが、何かを非常に悲しんでいることだけは感じ取れた。

 


 しかし、どうにも同情を寄せる気にはならない……。




 おれは相手を冷ややかに俯瞰(ふかん)しつつ、こちらへ近づいてくる気配に耳を澄ませた。


























ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色