第81話 ニャンたちの誓い
文字数 3,010文字
多重猫格のツートン。
心の中には複数のキャラクターが存在している。
そのうちのひとりであるシャドーは、思いがけないことを口にした。
ゴマ団子は、他の者にキャラを乗っ取られたのではなく、消されたのか?
触れてはならない記憶に触れた者は、ツートンの自己防衛本能によって
消去される運命にある
だが、おかしいではないか。
貴様はそれを知りながら、なぜ消されんのだ?
光があれば影があるように、オレとツートンは、いわば表裏一体の関係
ゆえにツートンは、このオレだけは消し去ることはできない
ならばその触れてはならない記憶について、オマエなら語れるというわけか
ツートンの知られざる一面を知れば、ヤツに対する誤解も解け、みんなとの関係もよくなるかもしれんぞ
それをオマエらに話し、記憶が暴かれたとツートンが知れば、果たしてどうなることか……
うむうむ。
わしも婆さんも秘密は墓場まで持っていくタイプじゃからのう
みんなこう言っている。
だからおれたちを信頼して、話してくれないか
床に佇んでいるツートンの視線が、階段付近で様子見している子どもたちへと向けられる。
そこへオーハラとトラヒコが談笑しながらリビングへ戻ってきた。
オーハラは足元の器に視線を落とすと、眉をひそめてその場にしゃがみ込む。
ツートンたら……、
あんなに焼きカツオが好きだったのに、急に食べなくなるなんて
だけど、さっきもすごい唸ってたでしょ。
誰に攻撃されたわけでもないのに、噛みつくなんて変だわ
う~ん、不調そうには見えないけどねぇ。
単純に、不愉快だったんじゃない?
シャドーは耳の先をピクリと動かしただけで、仏頂面のままおれのほうを見ている。
ほらほら、そんなコワイ顔で神猫様と睨み合ってないの
おれは睨んでなどいないぞ。
元からこういう顔なのだ!
それよりせっかくたくさんの食べ物をいただいたんだから、みんなでおやつにしましょ~!
おやつだと!?
……まったく話がかみ合ってないようだな
あらあら、みつきはダメよ。
いま食べたばかりなんだからね
ふにゃあああぁぁぁ~っ!?
拙者の胃袋は、まだまだ空き容量いっぱいなのでござる~!
そうしておやつタイムとなり、シャドーとの会話は流れた。
納得のいかないおれは、食事中も耳を澄ましていた。早々にリビングを去っていったシャドーの居所を知るためだ。
食事を終えると、おれは聴覚の情報をたよりに階段をのぼって行き、ロフトと呼ばれる小部屋にやって来た。
荷物は少なくこぎれいにまとまっていて、西日を受けた床がテカテカしている。
広々した窓辺には、佇む猫がひとり……。
おれにもわからない。
ツートンのことは好きとは言えないし、腹立たしく感じることも多々ある、それは事実だ
だが、ヤツがあのような状態になったのには原因があることも知っている
触れてはならぬ記憶……。
つまり、よほど心に深い傷を負っている
たとえその事実を知っても、おれは何もできないのかもしれない
相手を深く知ることで何かが変わる。
きっと悪いほうではなく、良いほうへと――
フン、オマエの考えはわかった。
そうまで言うのなら、話してやらなくもない
だが――
奥底に封印されし記憶を、信頼のない相手に語るわけにはいかない
なかなか難しい条件だ。
信頼をカタチで表せるのなら話は早いが……
真の信頼関係は短期間で築けずとも、その思いを示すことならできるはず
まずは誓いを立てろ。
オレとオマエのあいだに信頼関係が築かれた、という証を
ふむ。
誓いを立てる証とはいうが、具体的に何をすればいいのだ?
鼻チューは猫同士の基本的な挨拶、といわれるものの一つだ。
ところがおれはツートンから初対面でケンカを売られている。そもそもこんな基本の挨拶すらもヤツと交わしたことはなかった。
おれは直立不動で佇むシャドーのほうへ近づいていく。
挨拶はするよりされる側だったおれにとって、自分から進み出るという行為には、少々プライドを少し傷つけられた感がなくもない。
だが相手は先住猫だし、いまはつまらないことにこだわっている場合ではないのだ。
おれは相手の鼻に、自分の鼻先をちょんとつけた。
ムゥ……
なんともいえない敗北感がこみ上げる。
よし。鼻チューの儀式は完了した。
ならば次は、手を出せ
そうだ。
文句を言わずに、利き手をこちらへ委ねるのだ
おれは利き手となる左手を、相手のほうへスッと差し出す。
そうだ。
肉球合わせの行為こそ、ツートンにとって信頼を表す誓いの証
互いの手を合わせると、シャドーは目を閉じ、囁くようにつぶやき始めた。
――誓いを交わし者よ、
ときに保護者のごとく、
ときに兄弟のごとく
忠を尽くし、信頼を裏切ることなかれ――
なんだか非常にインチキ臭い気もする……。
だがこれがヤツにとって必要な儀式というのだから、文句を言わず受け入れるべきなのだろう。
いいか、紅よ。
誠心誠意、このツートンの面倒をしっかりと見るのだぞ
何も難しいことではない。要はボスのときに下っ端猫の面倒を見ていたのと同じことだ。
おれはそう考えて、あっさりと同意した。
疑問なのだが、こうして互いの手を合わせることに、何か意味があるのか?
この動作がどんな意味を持つかは、いずれわかるだろう
秘密の多いヤツだ……
と思いながら、おれはシャドーの手から肉球を離す。
おれは言われたとおりに左手を下ろして床につけた。
シャドーは再び窓の外に目をやる。
穏やかな風が草木を撫で、野鳥が空を自由に羽ばたいていく。
その風景をただ表情のない顔で淡々と眺めて、シャドーは語りだした。
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