第81話 ニャンたちの誓い

文字数 3,010文字





 多重猫格のツートン。



 心の中には複数のキャラクターが存在している。



 そのうちのひとりであるシャドーは、思いがけないことを口にした。



ゴマ団子は、消された――




 消された――つまり存在が抹消されたということだ。



ゴマ団子は、他の者にキャラを乗っ取られたのではなく、消されたのか?



そうだ。消された


触れてはならない記憶に触れた者は、ツートンの自己防衛本能によって消去(デリート)される運命にある



だが、おかしいではないか。

貴様はそれを知りながら、なぜ消されんのだ?



光があれば影があるように、オレとツートンは、いわば表裏一体の関係


ゆえにツートンは、このオレだけは消し去ることはできない



ならばその触れてはならない記憶について、オマエなら語れるというわけか



可能ではある



だったらツートンに関する事情を教えてくれ



断る



よく考えてもみろ


ツートンの知られざる一面を知れば、ヤツに対する誤解も解け、みんなとの関係もよくなるかもしれんぞ



過去の記憶を封印しているのは、己を守るため


それをオマエらに話し、記憶が暴かれたとツートンが知れば、果たしてどうなることか……



心配せんでもしゃべったりせえへんよ



秘密は守るわ



わしらは口が堅いぞ


うむうむ。

わしも婆さんも秘密は墓場まで持っていくタイプじゃからのう



みんなこう言っている。

だからおれたちを信頼して、話してくれないか



言葉だけでは信頼には値しない




 床に佇んでいるツートンの視線が、階段付近で様子見している子どもたちへと向けられる。



じと~……



あ、子どもはおしゃべりって言いたい顔だ


バ、バラさない、ニャウ



……たしかに不安要素ではあるな




 そこへオーハラとトラヒコが談笑しながらリビングへ戻ってきた。



 オーハラは足元の器に視線を落とすと、眉をひそめてその場にしゃがみ込む。



ツートンたら……、

あんなに焼きカツオが好きだったのに、急に食べなくなるなんて



まぁ猫は気まぐれっていうからね



だけど、さっきもすごい唸ってたでしょ。

誰に攻撃されたわけでもないのに、噛みつくなんて変だわ


どこか具合でも悪いのかしら……?



う~ん、不調そうには見えないけどねぇ。

単純に、不愉快だったんじゃない?


猫も飼い主が好まない相手は共に嫌うっていうしさ



だとしたら、ちょっとうれしいけれど……


でもむやみに噛んだらダメよ、ツートン



……




 シャドーは耳の先をピクリと動かしただけで、仏頂面のままおれのほうを見ている。



ほらほら、そんなコワイ顔で神猫様と睨み合ってないの



おれは睨んでなどいないぞ。

元からこういう顔なのだ!



それよりせっかくたくさんの食べ物をいただいたんだから、みんなでおやつにしましょ~!



おやつだと!?

……まったく話がかみ合ってないようだな



ニャオ☆チュールもあるよ~



わーい!

チュールチュール♪


マグロ味が食べたい、ニャウ~!



拙者も~~~っ!



あらあら、みつきはダメよ。

いま食べたばかりなんだからね



ダッ、ダメ!?

その言葉の意味はもしや――!?



おあずけってことや



ふにゃあああぁぁぁ~っ!?

拙者の胃袋は、まだまだ空き容量いっぱいなのでござる~!



おまえはホント、すぐ食い物で釣られるタイプだな




 そうしておやつタイムとなり、シャドーとの会話は流れた。



 納得のいかないおれは、食事中も耳を澄ましていた。早々にリビングを去っていったシャドーの居所を知るためだ。



 食事を終えると、おれは聴覚の情報をたよりに階段をのぼって行き、ロフトと呼ばれる小部屋にやって来た。



 荷物は少なくこぎれいにまとまっていて、西日を受けた床がテカテカしている。



 広々した窓辺には、(たたず)む猫がひとり……。



シャドーよ。

さきほどの話の続き、聞かせてもらおう



なぜだ。

なぜそれほど知りたがる?



おれにもわからない。

ツートンのことは好きとは言えないし、腹立たしく感じることも多々ある、それは事実だ


だが、ヤツがあのような状態になったのには原因があることも知っている





 ――多重猫格の原因――




 ――幼い頃の心の傷――




触れてはならぬ記憶……。

つまり、よほど心に深い傷を負っている


そうではないのか?



……



たとえその事実を知っても、おれは何もできないのかもしれない


だが、知らずに捨て置くこともできない


相手を深く知ることで何かが変わる。

きっと悪いほうではなく、良いほうへと――


おれはそう考えている



フン、オマエの考えはわかった。

そうまで言うのなら、話してやらなくもない


だが――

奥底に封印されし記憶を、信頼のない相手に語るわけにはいかない



信頼、か




 なかなか難しい条件だ。



 信頼をカタチで表せるのなら話は早いが……



真の信頼関係は短期間で築けずとも、その思いを示すことならできるはず


まずは誓いを立てろ。

オレとオマエのあいだに信頼関係が築かれた、という証を



ふむ。

誓いを立てる証とはいうが、具体的に何をすればいいのだ?



まずは、鼻チューだ



は、鼻チューだと!?



嫌ならば、この話は終わりだ



いや……そうではない。

驚いただけだ




 鼻チューは猫同士の基本的な挨拶、といわれるものの一つだ。



 ところがおれはツートンから初対面でケンカを売られている。そもそもこんな基本の挨拶すらもヤツと交わしたことはなかった。







では、さっそく……




 おれは直立不動で佇むシャドーのほうへ近づいていく。



 挨拶はするよりされる側だったおれにとって、自分から進み出るという行為には、少々プライドを少し傷つけられた感がなくもない。



 だが相手は先住猫だし、いまはつまらないことにこだわっている場合ではないのだ。



嫌なのか?



いや、鼻チューをしよう




 おれは相手の鼻に、自分の鼻先をちょんとつけた。



 ムゥ……



 なんともいえない敗北感がこみ上げる。



よし。鼻チューの儀式は完了した。

ならば次は、手を出せ



まだ続きがあるのか?



そうだ。

文句を言わずに、利き手をこちらへ(ゆだ)ねるのだ




 おれは利き手となる左手を、相手のほうへスッと差し出す。



こうか?



では、これよりオレとオマエの肉球を合わせる



肉球を合わせる……?



そうだ。

肉球合わせの行為こそ、ツートンにとって信頼を表す誓いの証




 互いの手を合わせると、シャドーは目を閉じ、囁くようにつぶやき始めた。



――誓いを交わし者よ、

ときに保護者のごとく、

ときに兄弟のごとく

忠を尽くし、信頼を裏切ることなかれ――



……その呪文のような言葉はなんなのだ?



誓いの言葉だ。

オレが即席で考えた



即席……?




 なんだか非常にインチキ臭い気もする……。



 だがこれがヤツにとって必要な儀式というのだから、文句を言わず受け入れるべきなのだろう。



いいか、(くれない)よ。

誠心誠意、このツートン(・・・・・・)の面倒をしっかりと見るのだぞ



わかった。約束しよう




 何も難しいことではない。(よう)はボスのときに下っ端(したっぱ)猫の面倒を見ていたのと同じことだ。



 おれはそう考えて、あっさりと同意した。








疑問なのだが、こうして互いの手を合わせることに、何か意味があるのか?



意味のないものなどない


この動作がどんな意味を持つかは、いずれわかるだろう




 秘密の多いヤツだ……



 と思いながら、おれはシャドーの手から肉球を離す。



さて――

誓いは済んだ。もう手を下ろしていいぞ




 おれは言われたとおりに左手を下ろして床につけた。



 シャドーは再び窓の外に目をやる。



 穏やかな風が草木を撫で、野鳥が空を自由に羽ばたいていく。



 その風景をただ表情のない顔で淡々と眺めて、シャドーは語りだした。



















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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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