第46話 心の整理
文字数 1,728文字
呼びとめたが大地は思いつめた表情でおれの横を通過し、階段を駆け上がっていく。
おれは狙いをすまし、天袋へジャンプした。
前回跳んでコツを掴んだ甲斐あって、今度は成功だ。後ろ足も縁の内側にキレイにおさまっている。
大地はその天袋の隅で、小さな体をさらに小さく丸めていた。
拗ねているのだろう。
気を悪くしないよう配慮しながら、そっと彼のそばに歩み寄る。
元気がないな。
それじゃ、この腕にガブリと噛みつけないぞ
前足を出して見せると、大地はわずかにヒゲを動かして笑った。
キミはやさしいネ。
こんなボクに毎回つきあってくれて
ふぅん、ボクを子ども扱いするんだネ。
これでも牙の鋭さには自信があるんだけどナ
じっと
堪えてはいるが、本当はムシャクシャしているのだろう?
そのとおりだヨ。
眠って気分転換しようとしてもできないくらいサ
けど、いいのかい?
本気で噛みついたら、傷跡が増えるかもしれないヨ?
大地は考えるようにしばらく沈黙したが、やがておれの腕に噛みついた。
噛んでスッキリしたせいもあるけれど、やっぱりキミといると楽しいナ
少年の顔が明るさを取り戻したのも束の間、ふっと影が差す。
……残念だヨ。
もうここに長くはいられない。
キミと過ごせるのも、あと少しダ……
ということは、里親のもとへ行くのか?
さきほどは嫌がっていたが
大地は憂鬱を表現するように長く息をはく。
それからゆっくりと両足を立たせた。
里親の人たちは、アミも一緒に連れていってくれるっていうしネ。
条件としてはかなりイイ
お世話になったオーハラやトラヒコのためにも、良い里親に引き取られて幸せになる、
それが保護猫と呼ばれるボクらにとって、最良の道ってことくらいはネ
ここに来てたった数か月にすぎなくても……、
優しい人たちのぬくもりを知ってしまったから――
キミは先日、ここにふたりで籠っているときに言ってくれたネ
〝おまえにはおまえの良さがある。それを活かして突き進め〟って
キミはあのとき、「おれが意見を述べたところではねのけてくるだろう」って言ってたけど、そのとおりだったヨ
ボクは自分の良いところなんて、本当は何もないって感じてたから……
でもその言葉を聞いて、ボクは冷静に考えるコトができたんダ
結局考えはじめたら悶々として、答えは出なかったけどネ
だけど、自分の良さがわからないようなボクでも、ここにいる人たちは優しくしてくれる
ボクを迎え入れたいって言ってくれる人たちもいる……
ずっと過酷な環境で暮らしつづけている野良猫よりも、ボクははるかに恵まれている。
そのことに、気づけたんダ
ウン。
自分の良さについては、わからずじまいだけどネ
そうだネ。
あの人たちが長い時間をかけて、ボクに教えてくれるのかもしれない
ありがとう。
キミとこうしてじっくり話せてよかったヨ
優しい声が染みわたる。
別れの挨拶のように聞こえて、少し胸が苦しくなった。
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