第46話 心の整理

文字数 1,728文字




――大地(だいち)



ボクのことは放っておいて!




 呼びとめたが大地は思いつめた表情でおれの横を通過し、階段を駆け上がっていく。



放っておけるわけがないだろう


 


 おれはその跡を追って、2階の和室へ向かった。



また天袋(てんぶくろ)に隠れているのか




 畳の上から暗い天袋を眺めて語りかけると、



そう言うキミも、懲りずにまた来たんだネ




 中から張りのない声が返ってきた。



トコトンつき合うと言っただろう




 おれは狙いをすまし、天袋へジャンプした。



 前回跳んでコツを掴んだ甲斐あって、今度は成功だ。後ろ足も縁の内側にキレイにおさまっている。



 大地はその天袋の隅で、小さな体をさらに小さく丸めていた。



 ()ねているのだろう。

 気を悪くしないよう配慮しながら、そっと彼のそばに歩み寄る。



元気がないな。

それじゃ、この腕にガブリと噛みつけないぞ




 前足を出して見せると、大地はわずかにヒゲを動かして笑った。



キミはやさしいネ。

こんなボクに毎回つきあってくれて



子どもの面倒を見るのは当然のことだ



ふぅん、ボクを子ども扱いするんだネ。

これでも牙の鋭さには自信があるんだけどナ



では、手加減せずに噛んでみろ


じっと(こら)えてはいるが、本当はムシャクシャしているのだろう?



そのとおりだヨ。

眠って気分転換しようとしてもできないくらいサ


けど、いいのかい?

本気で噛みついたら、傷跡が増えるかもしれないヨ?



構わん




 大地は考えるようにしばらく沈黙したが、やがておれの腕に噛みついた。



……ッ!



ごめん! やりすぎた!



フッ、冗談だ



エッ? 冗談?



無反応じゃ、面白みに欠けると思ってな



なんだ、意地悪だナ!



で、気分は良くなったか?



良くなったヨ


噛んでスッキリしたせいもあるけれど、やっぱりキミといると楽しいナ



それはなによりだ




 少年の顔が明るさを取り戻したのも束の間、ふっと影が差す。



……残念だヨ。

もうここに長くはいられない。

キミと過ごせるのも、あと少しダ……



ということは、里親のもとへ行くのか?

さきほどは嫌がっていたが




 大地は憂鬱を表現するように長く息をはく。



 それからゆっくりと両足を立たせた。



行くヨ。

いずれはここを出ていくことになるんダ


里親の人たちは、アミも一緒に連れていってくれるっていうしネ。

条件としてはかなりイイ


それに……、

あの人たちは悪い人間じゃなさそうだし



たしかに悪い人間ではなさそうだったな




 おれが同意すると、大地は力なさげにうつむく。



ボクだって、本当はわかっているんダ


お世話になったオーハラやトラヒコのためにも、良い里親に引き取られて幸せになる、

それが保護猫と呼ばれるボクらにとって、最良の道ってことくらいはネ


けど、正直さみしいんだヨ


ここに来てたった数か月にすぎなくても……、

優しい人たちのぬくもりを知ってしまったから――



ぬくもり、か……








キミは先日、ここにふたりで籠っているときに言ってくれたネ


〝おまえにはおまえの良さがある。それを活かして突き進め〟って


キミはあのとき、「おれが意見を述べたところではねのけてくるだろう」って言ってたけど、そのとおりだったヨ


ボクは自分の良いところなんて、本当は何もないって感じてたから……


でもその言葉を聞いて、ボクは冷静に考えるコトができたんダ



うむ。

自問自答するのは良いことだ



結局考えはじめたら悶々(もんもん)として、答えは出なかったけどネ



だけど、自分の良さがわからないようなボクでも、ここにいる人たちは優しくしてくれる


ボクを迎え入れたいって言ってくれる人たちもいる……



そうだ



かつて、ボクは捨てられた。

心に深い傷を負った……


だけど、いまはもう、あの頃とは違う


ずっと過酷な環境で暮らしつづけている野良猫よりも、ボクははるかに恵まれている。

そのことに、気づけたんダ



ならば、もう大丈夫だな



ウン。

自分の良さについては、わからずじまいだけどネ



きっと、あの里親たちがわからせてくれるさ!



そうだネ。

あの人たちが長い時間をかけて、ボクに教えてくれるのかもしれない



大地~!

下りてらっしゃ~い




 階下からオーハラの呼ぶ声がする。



そろそろ行こうカ



ああ



ありがとう。

キミとこうしてじっくり話せてよかったヨ




 優しい声が染みわたる。



 別れの挨拶のように聞こえて、少し胸が苦しくなった。


















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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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