第96話 モヤモヤニャンズ

文字数 2,634文字





 ツートンに絡まれたみつきを助けに行った、あの日の出来事以来、おれは不機嫌だった。



イラッ!


イライラッ!




どうしたのかしら、神猫様(かみねこさま)

怖い顔でこっちをじっと凝視してるわ



わっ、ホントだ!

目がギラギラしてる


もしかして、これから野良猫を捕獲(ほかく)しに行くのがバレてるのかな?



いや~、さすがに気づいてないでしょ



でも、猫は直感が鋭いっていうよ?



それはそうだけど……


仮に猫を捕獲したからって、神猫様が不機嫌になる理由にはならないんじゃない?



なのかなぁ?


神猫様はボス猫だから、もしその縄張りにいた猫を捕まえでもしたら、よくも仲間を捕獲したな~って怒りそう



ん~、どうかしらねぇ……


なんとも言えないけど、捕獲したコもうちでしっかりお世話してあげれば、きっと神猫様もわかってくれると思うわよ



おーい。まだかい~?




 家の外からトラヒコが呼びかける。



じゃあ行ってくるね



いってらっしゃい


井伏(いぶせ)くんとばかり話して、トラヒコさんをのけ者にしないであげてね



ははは。

お父さんや井伏さんより、捕獲する猫に集中するから大丈夫!




 桃寧(もね)は家を出ていくと、外にいるトラヒコや猫オタと軽く話をして、停車してある車に乗りこんだ。



 車が走り出す音が聞こえると、オーハラは玄関を去ってリビングへ移動する。



……




 おれはそのあとをそろりそろりとつけていた。



 無性に腹が立って仕方がない。



 日々養ってもらっている恩があるから牙を()きはしないが、ヘタに隙を見せられると、ガブリと噛みついてやりたくなる。



残念でしたー。

我が子をかわいがれるのもいまのうちだよ


どうせみんな、この家から追い出されるんだからね!




 先日、ツートン・ゼロから聞かされた言葉は衝撃だった。



 それ以来、オーハラたちへの不信感が募って、どうにも解消できずにいる。



 いまのように怒りが沸々と(たぎ)るときもあれば、心が沈んで重苦しさに辟易(へきえき)するときもある。



 始終煙に(いぶ)されているようなモヤモヤ感は、尽きることがない。



親分(おやぶん)




 そばにみつきが寄ってきた。



 数日前の一件以来、みつきはやけにおれにくっついてくる。



みつき。

わかっているとは思うが、子猫の里親の件はくれぐれも話さないでくれ


とくに、イザベラには聞かせたくない



はい、心得てございまする



せっかく苦労して産んだ子どもたちを奪われるとは……!


クゥゥゥ!

こんなにひどいことがあっていいものかっ……!




 キッチンに立つオーハラの後ろ背を睨みつけながら、爪を噛んでいると、



あの……親分様



なんだ?



あ……いえ。

なんでもございませぬ




 話しかけられたので視線を向けたが、みつきは(ひる)んだように顔を伏せてしまった。



 会話のない部屋に、ジャーッとオーハラが洗い物をする水音だけが響く。




 そこへファーマがやって来た。



なんや怖い顔して


あんまいかつい顔しとると、子猫らが泣くで




 ファーマは廊下を歩いてリビングへ入ると、ダイニングテーブルの横にある椅子の上へぴょんと跳び乗る。



 おれはそれを見上げて反論する。



まだ子猫たちの目は開いておらん



あ、せやったか



あと3日か5日も経てば目がひらくと、イザベラが言っていた


ところでファーマ。

子猫の里親の件は事実なのか?




 2階にいるイザベラやメデアとイソルダたちに聞かれたくない話なので、声を落としてはいる。



 が、オーハラがガチャガチャと食器洗いをしているおかげで、さほど周囲に気遣う必要はなさそうだ。



ありゃ、知ってもうたんか。

せっかく気ぃ遣って言わへんかったのに



では、真実なのだな?



真実っちゅうか、子が生まれたら里親を捜す


それがここの慣例みたいなもんなんや



おのれ、非道な……!

この家にいる限り、おれは子どもたちと引き離されるというわけか


ならばいっそのこと、子どもたちを連れて家を出るか――



であれば、みつきもお供いたしまする!



やめといたほうがええと思うで。

一時の感情に流されて判断するんは危険や




 声を弾ませるみつきとは真逆に、ファーマは年長らしく説教めいたことを言ってくる。



その程度の理屈くらい、おれにもわかっている


だが……子どもたちを奪われるのは受け入れがたい!




 プイっとそっぽを向き、おれはその場から走り去った。



 目的もなく、ただ闇雲に廊下を疾走していく。



 その後ろをみつきが追ってきた。



親分様ぁ!



ひとりにしてくれ



拙者(せっしゃ)がいたら、迷惑でございまするか?



いや、迷惑ではない




 率直な感想を述べると、みつきは機嫌をあからさまに良くする。



ふるるる~ん♪



ならば拙者も親分様と一緒に、家を駆けまわりたく思いまする!



ははは、そうか。

みつきは元気がいいな



元気だけが取り柄でございますから



では、共に走ろう!



はいっ!




 みつきとふたり、走ることに没頭して床を蹴っていると、メデアとイソルダが階段を下りてやって来た。



 おれは足を止め、(たたず)むふたりを見ながら問いかける。



どうした、おまえたち



お母さんが呼んでたよ。

一緒にお昼寝しましょうだって


ぬくぬくタイム、ニャウ~♪



ああ、わかった。

みんなで団子になって寝よう


そういうわけだ。

おれはイザベラのもとへゆく



……さようでございまするか


では、拙者はこれにて




 みつきはおれにゆっくりと背を向けた。



 その表情はさきほどと打って変わって、(もや)がかかったように覇気が失われている。








あれ? 

なんかみつき、元気ない……?


気のせい、ニャウ



フオオォォォォォン!



ウニャウ。

気のせいじゃない、ニャウ……



ついさきほどまで、元気そうに走り回っていたんだが……




 おれは小首をかしげ、トボトボと去っていく彼女の後姿(うしろすがた)を見送った。




 やがて夜になり、虫の()が盛んになりはじめた頃――。



ただいまぁ~




 玄関ドアを開け、まずは桃寧(もね)が家の中へ入ってきた。



 外にはトラヒコや猫オタもいるようだが……



 庭の横に止めた車の付近で、まだ何かをやっているらしい。



遅かったわね。

猫の捕獲はうまくいった?



うん、それがね。

すごく大変なことが起こって――




 桃寧が語りはじめた矢先のこと。



 猫オタが大粒の涙をこぼしながら、玄関に飛びこんで来た。



約2週間かけて、ようやく捕獲に成功しましたぁぁぁぁぁぁぁ!



捕獲……成功……?




 おれは人々には近づかず、階段付近でそれを見ていた。



 たしかにニオイが違っている……。



 猫オタの体からは、普段とはまったく異なるニオイが漂っていた。
















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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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