第17話 賢い猫 vs 罠

文字数 1,967文字





 雨の日は退屈だ……。



 いつまで経っても止まない雨は、おれたちのいる緑地公園にもしつこくつぶてを放ち続けている。



おなかすいた


空腹、ニャウ



結局、いつものパターンねぇ



どこに行っても、暮らしはちっとも楽にはならんなぁ


なにか食べ物を探してくる



待って。

あなたの傷は癒えてないわ


無理はしないって、約束したでしょ?



こんな傷、たいしたことはない。先日住宅地を駆けたときだって、まずまずの走りだっただろう?



そうだけど……、

度重なる移動で疲労も溜まっているし、探索に必要な五感も鈍っているでしょう?



見抜かれてしまっていたか



あなたのことは、なんでもお見通しよ




 愉快そうに笑って、シッポを揺らすイザベラ。



 それを見て安堵したのか、子どもたちは元気な声を張りあげる。



じゃあ、あたしたちがゴハン探してくる!


ネズミ捕り、ニャウ!



よしなさい。

食事なら、わたしが確保するから



どうやって?



あの捕獲器の中に入っているキャットフードを獲るのよ。

そうすれば、おなかは充分に満たされるでしょ




 捕獲器は、公園のトイレの裏側に設置されていた。



 数は2つ。



 そのどちらにもキャットフードが入っている。



 ニオイから察するに、猫オタの家で食べたものと同じような粒状のモノや、魚のすり身のようなモノが入っているらしい。



捕獲器に近づくのは危険だ。

やめておいたほうがいい



危険なのは重々承知しているわ


だけど、お願い。

わたしにやらせて!


ただでさえわたしはあなたたちが縄張り争奪戦を繰り広げているとき、たいした役にも立てなかったのだから



そんなことはないさ。

様々な知恵を貸してくれたじゃないか



でも、アイデアを提供しただけよ


みんなが戦っている最中、わたしは倉庫で護衛に守られているだけだったんだもの……




 イザベラは以前、ジロリ組との抗争に不参加だったことに対し、引け目を感じているようだ。



だからこんなときくらい自分で動いて、あなたたちの役に立ちたいの


それにわたしは野良猫なんだから、もっと強く(たくま)しくならなくちゃならないでしょ?



しかし……




 おれの視線は捕獲器へと移る。



 はじめに人間が設置したものとは、構造がやや異なるようだ。



 最初の捕獲器は、踏み板式の置きエサだった。



 しかし今回は違う。



 キャットフードがこんもりと詰まった袋が、上からぶら下がっているのだ。



 幸いそのエサは、トイレの屋根のでっぱりのおかげで雨水に浸ってはいない。



 一定の鮮度は保たれているようだが……



もしもあの捕獲器の中に閉じ込められたら、さすがのおれでも助けてやることはできんぞ



わかっているわ。金属は頑丈だもの。

たとえライオンでも噛みちぎるのは無理よ


でも、大丈夫!

うまくやってみせるから



わかった。

おまえがそこまで言うのなら




 こうして、イザベラの笑顔に押し切られるかたちで捕獲器の攻略が始まった。



それじゃ、行ってくるわね




 雨に打たれながら、イザベラはやや早足で捕獲器のほうへ向かっていく。



 その体が捕獲器へ近づくと、行動は慎重になった。



 まずは隈なくスメルチェック。



 次いでじっと目を凝らし、集中を保ったまま内部をじっくりと(うかが)う。



見るからに怪しいモノはないみたいだけれど……




 調査に時間をかけ、しばらくしてから再びイザベラは動き出した。



 前回と同じ要領で、そろーりそろーりの歩調を保ったまま、囲いの中へ足を踏み入れる。



お母さん、大丈夫かな


心配、ニャウ



こうなった以上、無事を祈るしかない




 とはいえ、期待より不安でいっぱいだ……。





 捕獲器の中を移動中、イザベラはそっと片手を上げた。



 目の前には、金具にぶら下がっているキャットフード入りの袋がある。



 それを指先でちょんとつつく。



あら?

触っても異常はないようね


てっきり吊り下げ式の捕獲器は、この袋と罠が連動しているものかと思ったけれど……




 もう一度、上げたままの前足で袋をたたく。



 何かが起きそうで、何も起こらない。



もしかして、人間が罠を仕掛け忘れたのかしら?

だとしたら、ラッキーだわ




 そうは言いつつも、イザベラは様々な感覚を働かせて、周囲を注意深く調べた。



 ようやく納得したようにまばたきをすると、キャットフード入りの袋に前足の爪をひっかける。



 やや力を込めて、手前にグイと引き寄せた。





 ガシャーン!





 すべては一瞬の出来事だった。



 悲劇が彼女の身に襲いかかる。



 けたたましい音と共に、捕獲器の扉は閉ざされてしまった。



なにっ!?

罠が発動しただとっ!?



――ああ、やってまったわ!


この袋を強く引っ張ると、罠が発動してしまう仕組みだったのね……!




 イザベラは慌てて袋から手を離す。



 が、逃げ道は完全に断たれてしまっている。



お母さん!


幽閉、ニャウ!?




 そんな……!



 イザベラがこのままずっと閉じ込められてしまうなんてっ!



イザベラァ!




 おれは全速力でイザベラのもとへ走った。





















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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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