第105話 時は来た!
文字数 3,085文字
動物病院に向かう途中のこと――。
車に乗せられたおれは、ナントカバッグの中に入ったまま後ろのシートに座っていた。
車が停車するたび、前の座席にいるオーハラと
なんだこの重たい空気は。
深夜の墓場か。
衝動的にバッグの扉を拳で叩く。
ガシッ! ガシッ!
車の走行音にまじって、ふたりの鼻をすする音が聞こえてくる。
おれが要求の意を込めて鳴くと、オーハラと桃寧はその都度「うんうん」と頷きながら憐れむような目を向け、瞳に涙を滲ませる。
しばらくして――。
おれを乗せた車は、ようやく病院らしき建物に到着した。
動物病院に連れて来られたおれは、医者のもとに預けられた。
医者と助手は、おれをバッグから診察台の上へ移す。
医者は診察台に表示された数字に目を留める。
笑みをこぼしたまではいいとして――
いきなりおれの股間に手を入れてくるとは何事だ。
言ったそばからプスリとやられた。
体に針を刺されたのはわかったが、何を注入されたのかはわからない。
ダメもとで問いかけるが、返事はなかった。
医者は曖昧な笑みを浮かべると、おれの体に布のような網をかぶせ、その中にすっぽり納めてしまった。
だんだんと意識がぼやけていく。
悔しまぎれにあくびをかまして、おれはその場に丸くなった。
妙だな。強い眠気を感じるぞ……。
鳴いて呼びかけると、医者が反応した。
おれはまぶたを閉じ、深呼吸を繰り返す。
雑念が払われ、頭がカラになると、みるみる眠気が広がっていった。
人間たちの声は、もう遠ざかっている。
完全に眠りの世界へ落ちてしまうまで、さほど時間はかからなかった。
…………。
……………………。
ふと、気がつけば……
おれは闇の中にいた。
突如暗闇に、イザベラの姿が浮かびあがる。
その身にほのかな光を発していても、
イザベラの左右に、メデアとイソルダも現れた。
おれは悦に入って、高笑いしまくっていた。
やがて暗闇が霧散してゆく。
明るさを感じ、ハッとして目を開けると――
見慣れない部屋。異様なニオイ。
ギョッとして跳び起きようとするが、体の動きがやや鈍い。
おれはいつの間にか、例のカゴバッグの中に戻されていたようだ。
起き上がると、もれなくバッグの天井に頭をぶつけてしまうところだった。
ということは――
急ぎ両股をひらいて確認する。
そこにドーンと存在していたモノはすっかり縮こまっていて、自己主張する気力も失せているようだった。
早く家族に会いたいと願わずにいられない。
だが、心のどこかで不安が
もしかすると、去勢をした自分は家族に受け入れられないのではないだろうか――?
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