第3話 家族のお出かけ

文字数 2,499文字







 おれは物陰でじっとしながら、家族の行く末について考える。



 妊娠中の妻。食べ盛りの子どもたち。



 おれ以外はみんな無傷なので活動に困ることはないが……



 野生で生きていけるほど、(たくま)しくはない。



人間が子猫以外眼中にないのなら、うちの子たちは救われるのだろうか?




 だったら、子どもたちだけでも人に託すか?



 いや、できれば家族バラバラになりたくはない。



 だが、状況は差し迫っている。



 このままでは……遠からず餓死してしまう!



おれはともかく、妊娠中のイザベラだけでも救われればよいのだが……




 しばらくすると、イザベラがやって来た。



 おれが眠っているかもしれないと気を遣ってくれているらしく、その足音は徹底して抑えられている。







起きていたのね。

体の具合はどう?



少し休んでよくなった。

これなら地下道を出ても問題はあるまい



無理はしないでね。

数日休んでよくなる程度のケガではないのだから



そんなふうに心配そうな顔ばかりしないでくれ


大丈夫。

おれは死なないよ。イザベラ



あなた……


約束よ。

これからもずっと、あなたのそばにいさせてね




 しばらく見つめ合った後、イザベラは残念そうな顔で、視線をおれの顔や体にめぐらせる。



その傷跡、残ってしまいそうね 



ライバルボスの攻撃は苛烈だったからな。

首回りなら毛で隠れるから、傍目(はため)にはわからないだろう


ところで、子どもたちは?



非常食を他の猫たちに配っているわ。

あなたも、これ食べて




 イザベラはすぐそばの太い管のほうへ移動した。



 その下に隠してあったモノをくわえて持ってくる。



 もしものときに備えて、イザベラがゴミ捨て場を漁って取ってきてくれたものだ。



よく噛んで食べてね




 おれの足元に、小さな乾燥小魚(ニボシ)が置かれた。



ありがとう。すまないな



いいのよ、これくらい。

あなたがわたしのために盗んでくれた魚に比べたら小さいわ



おまえは妊娠中だから、できるだけいいものを食べさせてやりたいが……




 逆におれが食事を世話してもらうことになるとは……なんてザマだ。



 ……と、嘆いたところでどうにもならない。



 食糧確保のため縄張りを拡大する夢は、破れてしまったのだ。



 今後は新たなる目標に向けて奮起しなくては――!



ところで、非常食の残りは?



あと少しだけ




 現状みんなの食糧は、このパサパサになったニボシしかないということか。



 こんな町はずれの場所で、急に食料が山ほど得られるわけもない。



 やはり餓死は目前に迫っているとみて、間違いはないだろう。



 シケたニボシを噛んでいると、イザベラや子どもたちに不自由な暮らしをさせているとつくづく痛感させられる。



町にいる人間調査はどうだった?



それがね、思いのほかスムーズに事が運んだのよ


おかげでいくつか候補が見つかったわ



それはなによりだ!

さすが仕事が早いな


ではどんな人間か、さっそく見に行こう!



う~ん、一緒に行きたいのはやまやまだけど……


ケガをしたまま外へ出てるのは危険だから、あなたはここで休んでいて



そうはいかないさ。

多少の痛みを(こら)えてでも行くつもりだ


おまえだって無理をしてくれたのだし。

連日慣れないことをして、疲れただろう?



いいのよ。

あなたのケガに比べたら、たいしたことじゃないわ




 そうは言うが、イザベラは人間恐怖症だ。



 彼女にしてみれば、町を探索して人を調査をするのは大変なことだっただろう。



 それから地下道を出て、廃工場の敷地内を歩いていると、



あれ? 


お出かけ、ニャウ?




 裏口付近で娘のメデアと、息子のイソルダにばったり出会った。







 おれのかわいい子どもたち。



 イザベラの連れ子で血の繋がりはないが、愛おしさに変わりはない。



ふたりとも、ちょうど工場から出てきたところのようだな



みんなに非常食を配り終えたの?



うん


ウニャウ



おまえたちも一緒に町へ行かないか?



えっ……!?




 おれに問いかけられて、メデアの顔にわずかな緊張が走る。



……お母さんも、行く?



もちろん同行するわよ



じゃあ……行こうかな




 嫌々とまではいかないが、メデアはあまり乗り気ではなさそうだ。



 正直なところ、メデアはあまりおれになついてない。



 イソルダのほうは、同じオスとしておれに憧れをいだいてくれているところもあるが、なついているかというとやはり微妙だ。



 わりと露骨に、おれに気後(きおく)れしているような態度を示してくることもある。



お出かけ~……?


みんなで町に何しに行くの?



イザベラが事前に入手してくれた情報を頼りに、人間調査へゆくのだ



あー……

早くここ出て別の住処(すみか)探さないとヤバいもんね



そうだ。

だからそのために〝良き人間〟を見つけなければならん



良き人間なんて……そんな簡単に見つからないでしょ



そうネガティブなことばかり言わないの。

みんなの未来がかかっているのだから、見つかるまでさがすつもりよ



人間さがしの冒険、ニャウ!



うむ。

おれたちの面倒を見てくれる、良き人間に出逢えればよいのだが……




 メデアの言うように、そんな簡単に見つかるわけがないとおれも思う。



 けれどもイザベラの言うように、みんなの未来がかかっているのだから見つかるまで捜すべき、とおれも思う。



とにかく話もまとまったことだし、出発しよう!




 風は適度に涼しくて、陽射しは暖かい。



 家族みんなで出かけるには、悪くない陽気だ。



 歩み出した矢先、やわらかな空気の中を泳ぐように、一匹の蝶が羽をヒラヒラ舞わせているのが目についた。



あっ、蝶々だ!


捕まえたい、ニャウ~♪




 メデアとイソルダは蝶を追って、塀の上に跳び乗る。



 道を塞ぐ壁も跳躍ひとつで思いのままだ。



蝶を追いかけるのに夢中になって、迷子にならないでね



はーい


はーい



フフッ。おれもおまえたちといると心が弾むから、無邪気にじゃれつきたくなるな




 抗争の果て、万事休すと思ったが、未来が(つい)えたわけじゃない。



 おれには命をかけて守りたい者達がいる。



 大切な家族。

 みんなを想うだけで生きるエネルギーが湧いてくる。



 たとえ、すべてが思いどおりにならなかったとしても――



みんなのために行動することは、無駄じゃない!




 こうして家族全員のお出かけが始まった。






















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登場人物紹介

紅 

ねこねこファイアー組の元ボス猫。

亡き友人であり部下でもあったオス猫に、妻のイザベラとその子どもたちを託され、結婚することになった。

夫婦仲は良好で近々子ども産まれる予定だが、生活は苦しく、落ち着ける居場所を求めている。

ワケあって住処を離れることとなったので、家族と共に町へ向かうが……。


イザベラ 

紅の妻。メデアとイソルダの母猫。

メデアとイソルダは、亡き夫とのあいだにできた子ども。亡き夫はねこねこファイアー組の幹部のひとりだったが、ニャニャ丸組との抗争により深手を負い、他界した。

知性的な猫であり、ドアノブに手を伸ばして開けることもできる。

メデア 

紅夫婦の娘。

生まれたての頃は甘えん坊だった。弟に冷めたツッコミを入れることが多いが、逆にからかわれることも。

紅が父猫になるまではボスとして遠巻きに眺めるだけだったので、なかなか同居になじめなかったが、共に行動することで次第に心をひらいてゆく。

イソルダ 

紅夫婦の息子。

幼いころから体つきが丸く、運動嫌いが拍車をかけ、筋肉量の少ない体形はぷよんとしている。

スコティッシュフォールドのミックスだった父猫の影響を受け、片方だけ折れ耳。

口癖に「ニャウ」を多用する。調子に乗って姉のメデアをからかい、反撃を浴びることもしばしば。

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