第62話 葵、お誕生日席に座る
文字数 1,449文字
絶妙に遠い位置である。
向日葵はナポリタンの載った皿をテーブルの端と端、いわゆるお誕生席同士に置いた。
4人でいるときは、ソファに高校生たち、お誕生日席に葵、その角隣に向日葵、という席順である。今日もその通りか、もしくはソファ側に葵が座って対面か、と思っていた。
まさかの端同士。ドラマや映画でよく見る、お金持ちの家の食事シーンのようだ。
「なんでこの位置なんだ?」
「変なコトされないよーに」
「なんだよ変な事って」
「今までのコト反省しろ!私の中で、葵の信用度はちょー低いから!いただきます!」
多少は、向日葵の言う「変なコト」もチャンスがあればと考えていた葵は心の中舌打ちしつつ、「いただきます」味に期待せずナポリタンを口にした。
想像していたのは「ただのケチャップ味」だった。
しかし、口の中に広がったのは甘く懐かしい、そしてバターのコクが効いたナポリタン。細かくなってしまったウインナーでも十分、肉のうまみは感じられ、ケチャップ味とよく合う。
「…おいしいかも」
「かもじゃないよ、すっごく美味しいよ」
顔をパスタから向日葵に移す。もう外はとっくに暗くなっているというのに、彼女だけは昼間のように明るい。名前通りだ。
「向日葵の言うとおり作ると美味しいんだな」
「わたし天才だからそれもあるんだけどお」くるくると麺をフォークにからめる。「やっぱり気持ちだよ。ちゃんと、私をお客様だと思って作ってくれたのね~ありがと」そう言ってナポリタンを口に入れた。
もぐもぐと美味しそうに食べる向日葵を見て、「橘平君のカレーよりうまいか?」その言葉がのどまで出かかった葵だが、高校生相手に対抗しているようで恥ずかしくなった。その代わりに、
「一人で食べるより、向日葵と食べる方がおいしいな」そう伝えた。
向日葵は赤くなっているだろう顔を隠すために、ひたすら皿を見てパスタを食べ続け、頭を別の方向にもっていくために、適当な雑談をし続けた。
◇◇◇◇◇
夕食を終え、洗い物も済ませた向日葵は帰り支度を始めた。
「ほいじゃ、お邪魔しました」
「もうちょっといれば?」
「今日は古民家カフェのお客だから。食べたら帰る」
「カフェならゆっくりしていいんだぞ」
「…私はすぐ帰る派なの!」
そう言って向日葵は大股で玄関に向かった。
上がり框に腰かけてパールのビジューが付いたフラットパンプスに足を入れると、向日葵は葵の方を振り向き、手を差し出した。
「あくしゅ、しよ」
「握手?なんで?」
向日葵の瞳が潤んだように見えた。
「私ができるのはここまでなの」
「…手を繋ぐ、じゃだめなのか」
「握手。政治家みたいな握手しよ」
差し出された手のひらから、彼女なりに葵の事を思っているのを感じた。今はまだ、彼女からは、ここまでなのだ。彼女の精一杯を受け止め、葵は固い握手を交わした。
「ばいばい」
向日葵は引き戸をあけ、手を振って帰っていった。
葵は握手した右手をじっと見つめ、ゆっくり握り返す。向日葵の「精一杯」がまだ手に残っているような気がした。
たった半歩でも一歩でも、彼女から歩み寄ってくれたことが心から嬉しい葵だった。
◇◇◇◇◇
ソファに胡坐をかいて座った葵は、幸次からのお土産を開封した。
ダイヤモンド風のペンダントトップがついた、シンプルなペンダントだった。
「向日葵がもらってたのと似てる?」
それ以上は気にせず、お守り模様を確認した葵は、空になった小袋を通勤バックに入れた。
◇◇◇◇◇
そして翌週、桜と葵は「お守り」の効果を実感することになった。
向日葵はナポリタンの載った皿をテーブルの端と端、いわゆるお誕生席同士に置いた。
4人でいるときは、ソファに高校生たち、お誕生日席に葵、その角隣に向日葵、という席順である。今日もその通りか、もしくはソファ側に葵が座って対面か、と思っていた。
まさかの端同士。ドラマや映画でよく見る、お金持ちの家の食事シーンのようだ。
「なんでこの位置なんだ?」
「変なコトされないよーに」
「なんだよ変な事って」
「今までのコト反省しろ!私の中で、葵の信用度はちょー低いから!いただきます!」
多少は、向日葵の言う「変なコト」もチャンスがあればと考えていた葵は心の中舌打ちしつつ、「いただきます」味に期待せずナポリタンを口にした。
想像していたのは「ただのケチャップ味」だった。
しかし、口の中に広がったのは甘く懐かしい、そしてバターのコクが効いたナポリタン。細かくなってしまったウインナーでも十分、肉のうまみは感じられ、ケチャップ味とよく合う。
「…おいしいかも」
「かもじゃないよ、すっごく美味しいよ」
顔をパスタから向日葵に移す。もう外はとっくに暗くなっているというのに、彼女だけは昼間のように明るい。名前通りだ。
「向日葵の言うとおり作ると美味しいんだな」
「わたし天才だからそれもあるんだけどお」くるくると麺をフォークにからめる。「やっぱり気持ちだよ。ちゃんと、私をお客様だと思って作ってくれたのね~ありがと」そう言ってナポリタンを口に入れた。
もぐもぐと美味しそうに食べる向日葵を見て、「橘平君のカレーよりうまいか?」その言葉がのどまで出かかった葵だが、高校生相手に対抗しているようで恥ずかしくなった。その代わりに、
「一人で食べるより、向日葵と食べる方がおいしいな」そう伝えた。
向日葵は赤くなっているだろう顔を隠すために、ひたすら皿を見てパスタを食べ続け、頭を別の方向にもっていくために、適当な雑談をし続けた。
◇◇◇◇◇
夕食を終え、洗い物も済ませた向日葵は帰り支度を始めた。
「ほいじゃ、お邪魔しました」
「もうちょっといれば?」
「今日は古民家カフェのお客だから。食べたら帰る」
「カフェならゆっくりしていいんだぞ」
「…私はすぐ帰る派なの!」
そう言って向日葵は大股で玄関に向かった。
上がり框に腰かけてパールのビジューが付いたフラットパンプスに足を入れると、向日葵は葵の方を振り向き、手を差し出した。
「あくしゅ、しよ」
「握手?なんで?」
向日葵の瞳が潤んだように見えた。
「私ができるのはここまでなの」
「…手を繋ぐ、じゃだめなのか」
「握手。政治家みたいな握手しよ」
差し出された手のひらから、彼女なりに葵の事を思っているのを感じた。今はまだ、彼女からは、ここまでなのだ。彼女の精一杯を受け止め、葵は固い握手を交わした。
「ばいばい」
向日葵は引き戸をあけ、手を振って帰っていった。
葵は握手した右手をじっと見つめ、ゆっくり握り返す。向日葵の「精一杯」がまだ手に残っているような気がした。
たった半歩でも一歩でも、彼女から歩み寄ってくれたことが心から嬉しい葵だった。
◇◇◇◇◇
ソファに胡坐をかいて座った葵は、幸次からのお土産を開封した。
ダイヤモンド風のペンダントトップがついた、シンプルなペンダントだった。
「向日葵がもらってたのと似てる?」
それ以上は気にせず、お守り模様を確認した葵は、空になった小袋を通勤バックに入れた。
◇◇◇◇◇
そして翌週、桜と葵は「お守り」の効果を実感することになった。