第18話 橘平、父の同僚に会う

文字数 2,022文字

 まさかこの二人が、橘平の父と同じ職場。驚き以外の何物でもない。それ以外の感情が表出しないほどだ。

「え、ちょ、お二人は村役場の方なんすか?」

 桜が立って空席になった少年の隣に、向日葵が座る。

「そうそう!あのおんぼろ役所で働いてまーす」

 橘平には全く想像ができなかった。
 日本刀の君がシャツとスラックスで村役場にいる?

「葵さん、俺が知ってる役場の人じゃない。かっこよすぎる」
「なんだそれ」

 保守的な職場で村唯一の金髪がデスクワークをしている?

「髪染めろって言われないんすか?」
「言われたよ~無理矢理染めようとしてくる奴いたけど倒した。最近はもうみんな諦めてくれたからOK」

 村ではある意味目立つ二人が村役場にいる。
 二人が社会人なのは分かっていたがが、どんな仕事なのか考えもしなかった。
 まさか橘平の父と同じ村役場。本当にイナカの世間は狭いな、狭すぎるな、と橘平の脳内はちかちかしてきた。

「バケモン、役場では妖物って呼んでるんだけどね」

 桜が緑茶の入った湯呑を各人の前に置く。

「そのほか畑を荒らす野生動物などなど。私らは村役場の害獣駆除班なのさ」
「二人だけでバケモン退治してるんですか?」
「ううん。有術使えんのって、私らだけじゃなくて、うちらの親戚筋は使えっからね。全員じゃないし、能力の大小、使い道はそれぞれ違うけど。まあそいつらで固まってる部署があるの」
「野生動物対策課」

 葵は新聞を読みながらも一応話を聞いているようで、言葉をはさむ。

「そーいう名前のね。ってかさ、親戚しかいないから超つまんない!家かよ!出会いがないのマジで~お嫁にいけないよ~イイ人紹介して~」

 言いながら橘平の腕に自身の腕をからませて、向日葵は話を続ける。

「きっぺーパパと課は違うけどさ、ちっちゃい職場だからよく顔合わせるの。優しい人だよね」

 ふわりと、向日葵からも「優しい」香りがした。橘平は朝、向日葵が洗面所でフローラルな匂いのヘアスプレーを付けていたのを思い出した。

「私の髪の色、とやかく言わないオジサンってきっぺーパパだけだよ!」
「へー、そうなんすか」

 父親が職場でどんな人か。興味を持ったことも考えたこともなかったが、第三者から「優しい人」だと聞くと、意外とうれしかった。
 役場では、有術や妖物については二人が所属する部署の人間、つまりその親戚筋のみが知っているという。
 橘平の父含めほかの職員たちは、そういう能力が昔の人にはあって今も受け継がれていること、現代でも妖の類がいることなどは全く知らない。そして、部外者にはその存在すら知らせてはならないことになっているという。
 つまり、外からの認識は単なる「野生動物対策課」。今までに知ったことは橘平も口をチャックで、とのことである。

「でも二人と橘平さんのお父様が顔見知りなら、すんなり受け入れてもらえそうで良かった。正直言うと、今日ちょっと探したからって、手掛かりが見つかるとは思ってないの。もしかしたら何度か八神家に伺うかもしれないし、ご家族と仲良くできればいいな」
「大丈夫よん、すでに私が仲良しだから八神かちょーと。給湯室でばったりあうとねえ、コーヒー淹れてくれんのよ~まじ優しい~課長みたいな旦那さん見つけよ!」

 さっきから「出会いがない」とか「お嫁にいけない」とか、「課長みたいな旦那さん」などと騒ぐ向日葵。橘平は「葵さんに興味を持ってもらうためにわざと言ってるのか?」などと推測しつつ、当の葵に目を移した。
 新聞を読みながら、静かに緑茶を飲んでいた。休日のお父さんのようだった。
 向日葵のアピールは全く功を奏していないようだ。小さいころから側にいすぎて、向日葵に対して何も感じないのかもしれない。
 悔しい。
 雑なようで丁寧。こき使おうなどとは言うものの、絶対そうはしない。弟のように優しくしてくれる、姉のような女性。
 橘平は初めての姉、向日葵の幸せを願い始めていた。

「向日葵さん!」

 少年は、ぎゅっと、隣に座る女性の両手を包んだ。

「お?!え、なに?!」

 なんであんな無味乾燥な二枚目に思いを寄せるのか。橘平にその理由は理解できないけれど、向日葵が望むなら。

「素敵な人、見つけてください。俺、応援しますから!結婚式呼んでくださいね!」

 葵にしっかり聞こえるよう、橘平はわざとはきはきを喋る。

「へあえ?!ああ、ふん…」

 予想外の励ましに、向日葵は耳まで真っ赤になってしまった。
 橘平はさてどうだと、彼女の想い人を目の端で確認する。
 あくびをしていた。

「…向日葵さん、手のひらだしてください」
「ほい」

 だされた右手に、橘平は指で何かを書いた。

「くすぐった!何?」
「お守り、書きました。神社に書いてあったやつです。良い人が見つかりますように」

 向日葵は心がぽかぽかしてきた気がした。やっぱりこの子は本当に良い子。お守りには橘平の心がこもっていると感じた。
 そしてその様子は、しっかりと見ていた青年だった。
  
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