第17話 橘平、腐った牛乳を飲む

文字数 2,372文字

 非日常から一夜明け、橘平は起床した瞬間から、吐きそうなほど頭を悩ませていた。桜からあの話を聞かされた時よりだ。

「今日三人が家に来るんだよぉ…親になんて言えばいいんだ…」

 半分に割れた神社には、八神のお守りの模様が描かれていた。ヒントは八神家にありそうだ。行くしかない。
 それは橘平にも十分理解できるのだが、今まで同年代の友人しか遊びに来たことがないのに突然、年上二人がくる。同年代の見知らぬ女子も来る。

「あ、今日出かけてたりしないかな…いやー、今日はでかけないよーわぁー」

 学校や祭り、親戚づきあい、地域の集まり。
 年齢の異なる人たちと交流する機会はもちろんあるが、家に来るほどとなると同年代のみ。村唯一の金髪と美青年、それと小動物系女子という、これまでの友人たちにいないタイプばかりだ。家族が不思議がっていろいろ質問してきたら…取り繕えるのだろうか。

「ただいまー!!」

 橘平以外の三人は、早朝からバイクの回収に向かった。向日葵が車を出し、他二人がバイクで帰ってくる、という形だ。
 一足先に桜と葵が、そのあと向日葵が帰宅。向日葵はすぐに朝ご飯を作り始めた。
 良い香りが家中を漂っている。「絶対美味しいやつ」なのに、橘平は楽しみにできなかった。朝ご飯を一日の始まりとして何より大事している少年であるのに。
 今日、3人が八神家に来る。
 それに思考は支配され、五感は消失していた。美味しい朝ごはんなのに、感動できず無表情で黙々と食べる。

「どしたの、きっちゃん?具合悪いかな?」
「え?元気…ですよ?」
「ならいいんだけど。じゃあご飯不味いかな?」
「なんで!?うまいです」
「怖い顔で食べてるから…お口に合わないのかと」

 そう言われて初めて橘平は、この場に相応しくない様子で朝食を食べていることに気が付いた。
 あわてて、向日葵の朝食を褒める。

「め…目玉焼きさいこーっす!黄金比!調味料なくてもうまい!」

 と、目玉焼きと米を一緒に食べ、飲み込む。

「この味噌汁だって…みそ…み…みそしる?」

 昨夜の夕食は、すべてのメニューが今まで食べた中でも一番の味だった。
 もちろん味噌汁もだ。
 しかし昨夜の味噌汁がしぼりたての牧場牛乳だとすれば、今朝の味噌汁は消費期限が1か月切れた腐敗乳だった。

「やっぱ微妙?」
「うおお、そ、そんな…そんな…」

 この味の落差はおかしい。向日葵こそ昨日の疲れが出ているのかもしれないと、橘平は心配になった。

「…向日葵さんこそ具合悪いんじゃないんですか?味覚を失うほど」
「…俺だよ作ったの…」

 腐敗乳の作者は葵だった。

「残していい…ごめんな」

 彼女より先に帰宅した葵は、気を利かせたつもりで「味噌汁でも」と作ったのであった。
 葵が作るとは予想もしていなかった橘平は、固まってしまった。しかも微妙。美味いか不味いでいえば、不味い。
 が、すぐに頭を切り替え、味噌汁を一気に流し込んだ。

「おい、橘平君!?」
「葵さんの作った味噌汁飲んだら背が伸びるかなって!!思いました!!」

 この行動に向日葵は爆笑し、桜も声をあげて笑った。葵は恥ずかしさを隠すために無言で食べ続けた。

 
 朝食後、橘平は改めて三人に確認した。

「今日、まじで、うち、来ますよね?」

 葵は味噌汁の恥ずかしさがまだ抜けないのか、少し強い語調で彼に当たる。

「当たり前だろ。ほかに手掛かりがないんだから」

 それぴりっと感じた橘平は、なるべく葵を刺激しないように話を続けるた。

「あれっすよね、ベタに蔵とか物置とか探索しますよ、ね?」
「ご迷惑おかけします、橘平さん」
「お、親になんてせつめーすればいいと思います?三人のこと」
「マジメだなあ、きっぺーも。適当にその辺で仲良くなったでいいでしょーよ」

 何度も言うけど、あなたのキャラなら許されるでしょうよ!
 と橘平は心の中で強い突っ込みをいれつつ、「めっちゃ仲良し感だせば怪しまれないか?」とも考えた。いつどこで仲良くなったことにしよう、と設定を考え始めたころ、葵が質問した。

「優真君の家ってどこ地区?山の近く?」
「え?ああ、はい。大四家なんで東っす。その奥のほう。山近いです」
「じゃあ、俺らが優真君ちの近くの山で害獣駆除していた。たまたまそこへ遊びに来ていた橘平君たちが…」

 向日葵がテーブルに体を乗りだす。

「クマはクマ」
「そうだな。熊に襲われていた。で、俺らが助けて」
「ありがとうございます!ぜひお礼にウチにきてくださーい!って感じできーくんチにきちゃった!」
「って感じでどう?」
「ああ、なるほど熊に襲われてお礼に…は?」

 何を言い出すんだこの人たちはと、橘平は二人を凝視した。そんな言い訳が通るのか。

「く、くま?ご、ごまかせるか…?」

 乾いてぼろぼろになりそうなほど開いた眼で逡巡する少年の姿に、あくまでも冷静に葵は答えた。

「覚えてるか。動物の形なんかをしたバケモノを退治してるって話」
「え?ああ、はい、有術の話の…」
「そういう類だけじゃなく、一般的な害獣駆除、例えば畑を荒らす野生動物とかだな。実際、それの対処もしてるんだよ、俺と向日葵は」
「そそそ、だからフツーの話なワケ」

 橘平たちが山に遊びへ行くことは、子供の頃に比べれば減った。けれど、無いわけではない。
 しっくりくる言い訳も考え付かなかったので、橘平は「じゃあ、そう言い訳します」と当たって砕けてみることにした。
 葵が新聞を開く。

「てかさ、きー君、八神幸次さんの息子っしょ?役場の。福祉課課長の」
「え?ああ、はい」
「じゃあなおさら、私らに理解あるからOKだわ。ラッキー」
「ひま姉さん、橘平さんのお父様と知り合いなの?」
「あれ、言ってなかったっけ?私ら、きっぺーのお父さんと同じ職場だよ~」

 その一言に、橘平の脳内から昨夜の出来事が吹き飛んだ。 

「へーそうなんだ。あ、お茶淹れてくるね」
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