第8話 橘平、超能力者に出会う

文字数 3,316文字

「はい、好きです」
「わかった~!剥くから待ってて~」

 ぱたぱた音を立てながら、彼女は台所へ戻っていった。
 悪神を倒す動機。
 桜の表情は硬く、まだ言いにくい事情があるようにも受け取れた。彼女との信頼関係が築けていけば、話してくれるかもしれない。
 橘平は動機を知りたかったが、今はその時ではないのだと話題を変えた。

「一宮さんもリンゴ好き?」
「はい」
「そっかー。赤と青どっち好き?」
「青。しゃくしゃくして美味しいです」
「俺も青好き。美味しいよね。赤も好き」

 リンゴの話から好きな朝食メニューの話に移った時、向日葵がティーカップの載ったお盆を持って現れた。ほの甘い匂いが部屋に漂い始める。その香りに橘平が反応する。

「あ、いい匂い」
「向日葵さんの特製ミルクココアだからね、あたりまえよ~」

 後から部屋に入ってきた葵は、うさぎリンゴの載った皿をテーブルに置いた。真っ赤な耳が、ぴんと立っている。

「可愛いですね、うさぎ。向日葵さんが切ったんすか?」
「そだよん」

 橘平はいただきます、とフォークでうさぎをサクッと刺し、口に運んだ。甘酸っぱさが口に広がる。

「あ、そういえばなんすけど」

 フォークを皿の端に置き、橘平は3人に尋ねる。

「仲間入りさせてもらったってことは、森のバケモノ退治、一緒に行ってもいいんすよね?」
「はい、ぜひ一緒に!」

 桜は心の底から嬉しそうに答えた。その笑顔に、橘平も嬉しい気持ちが体中に広がる。

「ありがとうございます。それで疑問なんだけど、どうやってあんなバケモン倒すんですか?作戦あるんですか?」

 笑顔から一転。桜は上下の唇軽く噛み、視線を泳がせていた。

「えー、それはどう説明すれば…」
「ちょーのーりょくだよ、ちょーのーりょく!」

 向日葵がリンゴをしゃきしゃきさせながら、居酒屋の雑談のように話す。
 しかし内容が「超能力」。酔っぱらいのたわごとではなく、リンゴを食している人間が言っているのだ。

「ひま姉さん」
「どうせ説明しなきゃいけないんだから、森に行く前にキチンとね。超能力で倒すのよ、きっちゃん」

 巨大なバケモノや冬の桜があるのだから、超能力もあるのかもしれない。彼らの話は不思議な事ばかりだ。
 映画か漫画か、などとつっこんでも、現実だと返されるだけだろう。

「まあ簡単にいえばそういうことだ」
「ど、どなたかが超能力者…?」
「俺ら三人とも。超能力じゃなくて『有術』。そういう特殊な力を使えば倒せる。かもしれない」
「はあ。ってことは一宮さんも?あの時なんで使わなかったんですか?」
 話を振られて、ぴくっとした桜は、まごまごする。
「あ、あの時はびっくりして余裕がなかったのもそうなのですが…あの怪物に目がなかったので…」
「め?eyes?」
「はい。私の能力は、その、相手の目を通して攻撃するものといいますか」

 橘平はあの怪物の顔を思い出す。確かに、口と鼻はあったが目はなかった。
 目を通してどう攻めるのか聞こうとしたが、「あの時私がお役に立ててれば…」「役立たずで申し訳ありません…」と桜がより小さくなってきたので、それ以上追及しなかった。

「私らだってでっかい鬼は相手にしたことないけど、なんとかなるっしょ!ってこと!」

 まだ超能力については受け入れがたかったが、彼らといれば、不思議なことばかりが待っているだろう。橘平はそう思い、「超能力はある」ものとして、質問する。

「そういう超能力って、今まで使ったことあるんですか?平和な村で使う機会なんてなさそう」
「めっちゃあるよ!悪神を封じてるからなのかさ、ちっちゃいバケモンが村の周りに出てくんのよ。そういう時が、私らの出番ね。だいたいネズミとか熊とか猪なんかの姿してるから、もし村民に見られても畑を荒らす動物退治~にしか見えないってわけよ」

 のんびりと過ごしていた毎日の中で、そんな裏の世界があったとは。平和に暮らせているのは、彼らのおかげだったのかもしれない。
 ということは、桜も「ちっちゃいバケモン」程度なら見慣れているのだろう。熊は小さくないが。
 とにかく、あれほどの巨大な化物は初めてなのだ。それに目がない。

「だから力の使い方はOKだよん」
「八神さんのご先祖も、有術を使えたはずですよ」
「そうなの?」
「ええ。遥か昔、『なゐ』に苦しめられていた人たちが神から賜った力だそうです。当時は村人のほとんどが使えていたらしいと。また、悪神に苦しめられていた他の地域も同様だそうですよ。『なゐ』が封印され平和になっていくと、有術を使う必要がなくなってきたため、次第に力は忘れ去られていったのです」

 カップをかちゃりと置き、葵が次ぐ。

「とはいっても、いつまた悪神の封印が解かれるか、新しい脅威にさらされるかわからない。それにちょいちょいバケモンはでるから、一宮なんかの一部の家では有術を絶やさないようにしてきた。俺と向日葵も、そういうように育てられたんだよ」

 村のみんな、同じように生まれて、同じように育って、同じような人生を送って死んでいく。橘平はそう認識していた。
 まさか同じ村のなかで、こんなにも異なった生き方をしている人たちがいるとは思っても見なかった。
 こうした事実を知ることができたのも、頭が生まれ変わったからかもしれない。

「信じられるわけないよな。実際に見てみないと」
「今見せてあげたいけど、そんな都合よくでてこないからなー、バケモンは」
「俺らで手合わせでもして、見せてあげるか」
「えーいやだよ!!殺されるじゃん!!やだ!!」
「冗談だよ」

 この反応は意外だった。向日葵は恐ろしいほどの力強さを持つ女性だ。並みの男の腕なんぞ、簡単に折って引っこ抜いてしまえそうなほどだ。

「葵さんより強そうじゃないっすか。向日葵さんのほうが」
「は?」
「そう!ひま姉さんはとってもお強いんです!!」
「さ、桜さん?」
「うん、私ちょー強いよ。さっちゃんに悪い虫がつかないよーに鍛えたからねっ。素手ならアオなんて瞬殺だし」
「互角だろ互角!」

 向日葵は自信たっぷりに「はーい、葵の強がりが始まりました~」など彼を茶化すも、「でもね、有術は別なのよ。絶対勝てない」と、真剣に話す。

「そもそも、私と葵の能力じゃ質が違うからさ。比べるもんでもないんだけど」
「質?」
「葵のはぶっ殺す系なんだけど、私のはそれをサポートしてあげる能力って感じ」

 つまり、葵は直接バケモノを攻撃できる能力、向日葵のほうは攻撃ができない能力。桜は目があれば攻撃ができる。
 これだけの情報では意味がよくわからない。やはり見てみない事には、橘平はなんとも理解しがたかった。

「…あのバケモンとお二人が戦ってるところ見れば分かりますよね?」
「そうだな。聞いてもよくわからないだろうから」

 ただ、橘平はここまで話を聞き「超能力の無い自分は足手まといかもしれない」と少し弱気になっていた。
 しかしそれに勝るほど、どうしても彼らに付いていきたいと強く感じる。

「分かりました」

 彼らと、一緒に。

「そんで、いつ倒しに行くんですか?」
「今夜だよ!」

 ファミレスいこ!に聞こえるほどの軽い言葉に、橘平は気の抜けた返事をする。

「へ?今夜?」
「そー、今夜」
「だだだ、大丈夫なんすか?いつも相手にしてるバケモンより強そうなんですよね?いきなり?」
「どのくらい強いかわかんないじゃん。とりあえず行くんだよ」

 今朝、橘平は起きない柑子の代わりに犬の散歩をした。弟はいつもそう。当番を決めても守らない。
 朝ご飯もいつも通り。納豆だった。お昼は母の友人からもらった有機卵で親子丼。
 そしてこの家に来て…バケモノ退治。
 一日の中で、イベント内容の落差が大きすぎる。犬の散歩をしていた時には、ちょっと話を聞きに行く程度にしか考えていなかったのに。
 しかも彼らだって相手にしたことのないような、見たこともないバケモノを倒しに行く。
 橘平は何かしら作戦を立てて、後日、行くものだと思い込んでいた。例えば…。

「…強くなってから行く、とかじゃないんすね」
 向日葵はその発言に、手を叩いて爆笑した。
「少年漫画みたいに修行編でもあると思ったの~?ないから!あはは、面白いね~きっちゃん!」

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