第11話 橘平、葵の好みのタイプを知る

文字数 2,767文字

 テーブルの真ん中には、からりとよく揚がり、つやを感じる唐揚げ。ふわっと軽さをかんじる香ばしい香りが鼻を喜ばせる。

「こ、これを向日葵さんが…?」
「そーだよーん」

 これは、絶対、美味い。
 橘平は確信を持って、大きな口で唐揚げにかぶりついた。
 じゅわっと広がる肉汁。テレビで見た、有名店の唐揚げ。橘平はあれを思い出した。もちろん、食べたことはないけれど、きっとこういうことだ。
 いつも美味しい食事を作ってくれる母や祖母らには悪いが、今まで生きてきた中で一番の唐揚げだった。

「すげえうめえ…!」

 涙が出るほど美味しい。ご飯で感動できる。そんな、驚きの美味さであった。

「やーん、ほめて、ほめて!」
「神の唐揚げっす!毎日食いたいこれ!」
「だっしょー!人の心は胃袋で掴めってね。私のこと好きになっちゃった?」
「はい!大好きです!」
「やだ~高校生から告白されちゃった~」と、向日葵はきゃあきゃあ騒ぐ。

 その様子を桜はにこにこ眺める。葵は黙々と米を食らっていた。

「は!?もしや俺が初告白ですか」

 唐揚げ酔いの橘平。こんな冗談まで飛び出す。

「んな訳ないでしょ!こんなにスタイル抜群で美人の向日葵さんだよ?何百人に迫られたことか」
「ははー、盛ってますね。美人?」
「美人にハテナ付けるんじゃない!シツレイな!」

 二人のじゃれあいに、桜は「こんなに楽しいご飯初めて」と笑う。桜に「楽しい」を提供できたなら本望。橘平も向日葵も、同じ気持ちだった。
 調子に乗った橘平はがははと笑いながら、葵にも話をふる。

「もしかして、葵さんも向日葵さんに迫ったことあるんすか?」

 唐揚げを味わっていた葵は、それを飲み下し、鋭い目つきで少年を睨んだ。
 あ、殺される。橘平の動物的な本能が告げる。
 冗談のつもりが、葵には通じなかったらしい。
 しかし恐怖を感じたのは一瞬。すぐに向日葵の明るい声が場を支配した。

「なわけないでしょ~!!さっきも言った通り、素手なら瞬殺。そもそも葵の好みのタイプはね」

 向日葵は立ち上がり、橘平に耳打ちした。

「わ、意外。そんな人が」と口元を両手で隠す。
「おい、何を吹き込まれた、少年」
「うふふ~し・ん・じ・つ」

 席に戻った向日葵は、残りのご飯をもぐもぐ食べすすめた。
 釈然としないながらも、夕飯を食べ続けた葵は、あとで少年に吐かせようと決めた。


 桜と向日葵が夕食の後片付けをしている間、橘平は葵からヘルメットのかぶり方を教わっていた。
 先日は葵が桜を森の近くまで車で送ったらしいが、今回はバイクで移動するという。乗り物は森の近くの茂みに隠しておき、明日取りに来るということだった。理由は「車より隠しやすいからな」とのことだった。
 バイクに乗ったことがない少年は、「これがバイクの…メット…」と若干感動していた。教わったとおりに着脱し「大丈夫そうです」と葵に告げる。

「そうか。じゃあさっきのこと教えろ」

 唐突な話題変更に、橘平には何を指すのか見当がつかない。

「へ?さっきのこと?」
「好みのタイプ。何を吹き込まれた」
「別に大したことは」
「じゃあ言え」

 やけにむきになる葵を不思議に思うも、殺されたくないので正直に答える。

「…外国のアメフト選手のようなでかくてごつい体で、優しくて、男気のある長男タイプ…」

 密談の内容を明かしてしまった。
 また向日葵とケンカになったらどうしよう、と心配する橘平だったが、葵の反応は意外なものだった。

「…マジで真実じゃないか…もっとふざけたことを話したのかと…」

 向日葵はふざけていると思っていた。橘平もそのつもりで反応したのに。
 マジで真実?

「え、真実って…」
「俺が好きな男性のタイプだ」

 葵の予期せぬ言葉に、橘平はヘルメット落としてしまった。

「あ!道具は大事にしろ」
「すす、すんません」

 橘平はヘルメットを拾いながら「ええと、葵さんは男性がお好きな方で」と続けると「男性の、だ。女性はまた別にある」と葵は返した。

「じゃあ女性はどういう人ですか?」
「…よく笑う人」

 そう言って、葵は奥の方へ消えていった。
 入れ替わりに、洗い物が終わった女子二人組が部屋に現れた。二人もバイク用の上着やヘルメットなどを準備する。
 しばらくすると、葵が日本刀と刀袋を手に現れた。慣れた手つきで刀を収納する。

「わあサムライだ…」
「まあ、珍しいよな」
「は、はい。日本刀で戦うなんて漫画みたいでかっけーっす」
「あはは。そーよねえ、現代っ子はそう見ちゃうかもね。そんないいもんでもないから、期待しないようにね~」
 橘平にはファンタジーの話でも、彼らには日常。明るい物言いではあるけれど、橘平は彼らとの落差を感じた。


 それぞれ準備が済み、とっぷりと暗くなった外へ出る。
 葵と桜が駐車スペースに向かった。

「向日葵さんは?」
「なにが?」
「バイク」
「私は免許持ってないよ。運転すんのはさっちん」
「え!?桜さんが運転すんの!?向日葵さんじゃなくて!?」

 すると、二人がそれぞれのバイクを転がしてきた。葵が中型の真っ黒いバイク、桜がぽってりした白と青の小型バイクだった。

「通学のために免許取ったのよ!」

 橘平の驚きに、桜が答える。

「へーかっけー。外の高校だもんな。俺もバイク取ろうかな」
「わーい、取ったら乗せて!海いこーぜ!」
「いいっすね海、ぜひ行きましょ。あ、泳げますか?」
「あら何、水着見たい?」
「いや別に」
「そういうフリじゃないんかい!」
「そう答えると思ったんでふってみました!」

 桜は彼らの漫才を楽しそうに聞いていたが、葵はてきぱきと先に進める。

「ほら、遊んでないで、早く行くぞ」
「ほいほい。きーくん、アオの後ろ乗って」
「え、俺のがチビなのにいいんすか。大きいバイクの方で」
「うん。橘平くんが桜っちにセクハラしちゃうかもだからね~」
「桜さんにセクハラするのは向日葵の方だろ」
「はあ?おい、きっぺー、葵にセクハラしろ」
「え、し、しませんよ」

 そんな調子で、乗り方などを教えてもらいながら出発した。
 向日葵は桜の二人乗りの練習に何度も付き合ってるらしく、慣れた様子でバイクにまたがる。
 ちなみに、葵のバイクには乗ったことがないらしい。「こいつの運転あぶねーから乗れねー」「安全運転だよ!初めて乗る人を不安にさせるな」ということらしい。
 雪が降ってもおかしくないほど寒い夜。人っ子一人いない、雪が残る田舎道を2台のバイクが走っていく。
 初めてのバイク。乗り始めは恐怖が勝ったが、慣れてくると体で感じる速度が心地よく、楽しくなってきた。いつもの通学用自転車では味わえない風。
 これからあのバケモノにまた会うのか。そう考えると恐怖と心配はある。でも、初めての経験は新鮮でわくわくした。
 さらに嬉しいことに、葵は安全運転だった。橘平の初バイクは安全安心のうちに終了した。
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