第14話 橘平、模型を直す

文字数 3,142文字

「わ~!!間に合ったー!!」

 向日葵は桜と橘平を一緒に抱きしめ、半泣きで叫ぶ。

「だいじょぶだいじょぶ!?生きてる?ケガしてない~!?」
「向日葵、まだ『なゐ』が」
「あー!!そうだ!!」

 葵以外は巨大な怪物を無事に倒せたことで、安堵しそうであった。
 しかし、本来の目的はそれではない。「なゐ」の消滅だ。再び気を引き締め、彼らは桜の木の方に視線を向けた。
 先ほどの怪物が木々をなぎ倒してくれたおかげで、4人のいる場所から桜の木が見えるのだ。
 次第に桜の花びらが次々と落ち、緑の葉に変わる。瞬く間に葉は落ち、あっという間に枯れ木になっていった。

「理科の番組見てるみたい…」と桜がつぶやくと、すぐに橘平が反応する。
「確かに!朝顔がハイスピードで咲いてくやつとかね」
「そうそう!」
「教育的な番組のね。ずいぶんなつかしー話題だわ。みたみた、学校でそーいうの」
「授業中、起きてたことあるか?」
「あるよ!失礼な!」

 軽く雑談を交えつつしばらく様子を見ていたが、何かが現れる気配はない。木の方に行ってみるかと、まず葵が日本刀を手に立ち上がった。

「桜さん、足大丈夫?」
「うん、あっ」

 桜は立とうとするも、痛みでまたしゃがんでしまう。

「そかそか、転んじゃったんだよね。じゃあ」

 向日葵がおぶろうとすると、橘平がそれよりも早く桜の方に自分の背を向けた。

「はい、おんぶ」
「え!?じ、自分で歩けるよ!!」
「立てもしないじゃん」
「うふふ、さっちゃん、甘えちゃいなさいよ。こいつ年下でしょ」

 向日葵たちに迷惑をかけたくない。
 その発言もあったように、桜はあまり人を頼りたくない、頼るのが苦手、といったふうだった。

「なんだ、橘平君の方が年下だったのか。もしかして中学生?」
「高1です」

 ううう、と小さく唸るも、桜は「えい!」と橘平の背に乗った。うんしょ、と橘平は立ち上がる。

「すいません、橘平さん…」
「いいって。それにさ、悪神って桜さんしか倒せないんでしょ?これ以上けがしたらどーすんの」
「そーだよお、さっちゅん。甘えるときは甘えなさい」

 全くの役立たずで、足まで痛めてしまって。
 桜は橘平におぶわれながら、悔しくてみじめな気持ちを噛みしめていた。
 しかし、「なゐ」の消滅までくじけていられない。悪神だけは私しか倒せないのだからと、桜は気持ちを切り替えた。

 
 ゆっくりと警戒しながら、4人は桜の枯れ木に近づいていった。
 神社のミニチュアはどこにも見当たらなかった。怪物とともに消滅したのだろう。用心しながらあたりを見回したり、木や地面を観察する。

「悪神とかでてこなさそうっすね」
「…先生から聞いていたのは、神社を壊せばヤツの封印が解けるということだったんだが」

 向日葵が桜の太い幹に触れ、「もしかしたら、先生はそこまでしか知ることができなかったのかなあ」と枯れ木を見上げる。

「つーことは、それ以外に封印の秘密があるかもってこと?」
「可能性はあるよね」

 橘平の耳元に、子猫のような愛くるしい声が広がる。

「『なゐ』を直接封印したのは一宮の先祖なんだけど、どう封印したとか、詳しい言い伝えが全然残ってないの。他にも封印の仕掛けがあるのかもしれないし、実は別の場所にも封印があるのかもしれないし」
「ねー!!なんかあるよ!!ここに!!」

 声の方に注目すると、向日葵がゆるいゼリー状になったバケモノの死骸の側にいた。死骸は徐々に小さくなっていて、今では家庭用の子供プールほどだ。
 葵はべちゃっとゼリーに足を入れる。プールの真ん中あたりに小さい物体が浮かんでいる。それを拾い上げた。
 物体は手のひらサイズの置物のようなものだった。よく見ると神社の形なのだが、真ん中できれいに割れて半分になっていた。

「また神社だ。今度は半分」
「半分ということは、もう片方の死骸に片割れがあるのかしら…」

 桜の言葉通りで、広場の外の死骸の中にも、半分の神社が落ちていた。向日葵が拾い上げ、葵が持っていた方と割れている面をくっつけた。

「あ、ちょうどペアみたいだね~ボンドでくっつける?」
「違うだろ、さすがに」
「だよね~うーん、でもこれが手掛かりっぽいしねえ…」
「橘平さん、降ろしてくれるかな。神社をよく見たいから」

 橘平の背から降りた桜は、半分の神社を隅々まで観察した。
 先ほど壊した神社には、お伝え様の神紋が描いてあった。この神社にも神紋、もしくは何かヒントが隠されているかもしれない。二つを並べてみたときに、あっと気づいたことがあった。

「これってお伝え様の本殿だ!」
「え、そーなのさっちゅん?」
「うん。さっき壊したのは拝殿のミニチュア、これは本殿のミニチュア。本殿は普段見られないから、あんまり知らないよね。神紋とか家紋とか…なさそう」

 半分に割れている方から中身をのぞくと、八角形と丸のような形が小さく彫られていた。

「何かの記号かしら?うちでは見たことないなあ」

 桜は三人にこの模様を示す。葵と向日葵も同様に分からない、という顔だった。
 橘平だけが「あ!!」と答えた。

「お守りじゃんこれ!」
「え、なにきーくん知ってるのこれ?」
「はい、これうちに伝わるお守りの模様なんです。あ、おまじない、って言ったほうが分かりやすいか」
「どんなおまじないなんだ?」
「例えば、自転車にこの模様を書いておくと事故が起きないとか、教科書にかけば成績が上がるとか。あ、上がんなかったけど」
「へえ、八神家ってそういう言い伝えがあるんだ」
「八神の人が書かないと効果ないんだって。迷信だと思うけどさ」

 よく見せて、と橘平は桜から神社を渡してもらった。模様部分をよく見る。確かに八神家のお守りの模様だった。

「うんうん、そうだそうだ。俺、今も癖でよくこれ書いちゃうんだよね」といい、神社の割れた面を合わせて桜に返そうとしたとき、

 かちゃ
 と、橘平の手のひらで何かがはまる音がした。
 手の中のものを眺めてみると、神社が継ぎ目なくくっついていた。
 つまり、元の形、一つになったのである。

「え?!」
「わー何なんで?!さっき私と葵で合わせたとき、くっつかなかったよー!?何したのきー坊!?」
「な、何もしてないっすよ!勝手に…えど、どうどうしよう、くっついちゃった…直ったの?」

 神社を破壊して出現したバケモノから出てきた神社のミニチュア。ということは、これもただの置物ではないはずだ。何かしら特殊な力が働いているに違いない。
 それをあるべき姿に戻した。有術を使える桜たちではなく、ただの村人のはずの橘平が。
 この現象を前に、葵は向日葵の言葉を思い出していた。

 一般人じゃないよ、八神橘平君。私たちみたいに「使える」。
 確実にね。

 これはもしかして、少年の有術だろうか。それに八神の模様。もしかしたら「なゐ」に辿り着くヒントは一宮家ではなく、八神家にあるのかもしれない。
 そう睨んだ葵はまだ「どうしよう」と慌てている橘平に「じゃあ明日、八神家に行くから」と声をかけた。

「え、おれんち??葵さん俺んちくんの?」
「そーだよね、ほかに手掛かりなさげだし。行くべ!」
「ほえ、向日葵さんも?ってことは」

 明日はきーくんち~楽しみ~と向日葵がいつもの軽い調子で言いながら、桜の両手を持ってぶんぶんふっている。

「私も楽しみ!」

 桜も来るようだ。

「でも、俺きょうは優真んち泊ってることになってて。明日、友達じゃない人が三人も家に来るってさ、どう言い訳すれば」
「えー、優真君と遊んでたら私らに出会って仲良くなって、そのままお茶に誘っちゃった的な??そんなんでよくない??」
「向日葵さんならそれで通るかもしんないけど!」

 また言い訳を考えなければならないのか。
 橘平はとんでもない犯罪をおかしている気持ちになった。
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